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007

「あの……この珠、お返ししますから。本当にすみませんでした」


 何となく手にしたままの黒くてまん丸の漆黒の珠を、テル君に向かっておずおずと差し出した。そんなに大きくもないソファに並んで座っているので距離が近い。すぐ傍に天使のような男の子がいるっていうだけで、何だかどぎまぎしてしまう。意味もなく赤面。でももう限界。喉からからだし、お腹もすいてるんです。

 とりあえずこれを返して謝って、ひとまず帰ってもらおう。

 テル君は私が差し出した漆黒の珠に視線を落として見つめてはいるが、手に取ろうとしない。


「ユイネ」


 ぎくっと肩が震えた。珠を持つ私の両手を、包み込むようにしてテル君の白くてすべすべの手が添えられる。


「テ、テル君? あの……」

「ユイネ。お願いがあるんだ」

「は、はい?」


 ぐい、とテル君が身体を近づける。反射的に私は身を引いた。


「僕らを救えるのは君しかいない。あいつに、気を分けて欲しいんだ」 

 

 うるうるとしたテル君の瞳が、じっと私を見つめている。心臓がばくばくと物凄い勢いで全身に血液を送り続けている。混乱してショートしそうな頭を何とか回転させて、私は掠れ声を出した。


「え……と。その、それって、伴侶の愛の力でしょう?」

「うん」

「わ、私は伴侶ではないと思うんです……」

「うん」

「だから、その、それってどうなんでしょう」

「くそっ! まどろっこしい!」


 大きな声に驚いて、ひゃっと飛び上がりそうになった。振り返ると人外様が仁王立ちしてこっちを睥睨していた。背が高いだけにやけに恐ろしい。


「どういう訳か、お前の魂はヨーコのそれと良く似ている。容姿はちっとも似ても似つかないがな!」


 そ、そうですか。地味に傷つく。


「そのせいで俺はヨーコを見失ったのだ。漆黒の珠から流れてくる気が、ヨーコのものだとずっと思い込んでいた。今まで珠から微量ながら送られていたあの気は、お前のものだったのだ」


 え……。それって、どういう事?


「ねえユイネ。守り人は特殊な異能の力を保つ為に他人の気が必要なんだけど、誰でも良いってわけじゃないんだ。お互いに好意を持っていなくちゃ気は送られない。相手を好きじゃなきゃ、心を開いた相手同志じゃなきゃ、成立しないんだ。だから守り人の半身であり伴侶と呼ぶんだよ」


 はい。


「今までずっと、あの漆黒の珠を大事にしてくれてたでしょ? そのお陰で僕らは何とか生き延びてこれたんだ。ユイネの気が、珠を通じてガルクループにいた僕らに届いていたんだよ。すっごくわずかなものだったけど、それがあったから僕らはどうにか、扉とこの世界を守ってこれた」

 

 テル君の綺麗な顔が、涼やかな声が、まるでドラマの世界で見るような現実感のないものとして私の目と耳に届く。

 

「僕らはずっと、繋がっていたんだよ。ユイネ」


 じゃあ私がお姉さんからあのお守りをもらった五歳の頃から……ずっと?

 そんな、馬鹿な。


 もやがかかった頭の中で、ちかちかと小さな星が瞬いている。

 窓を叩く雨音が激しくなってきているみたい。ごおおっ、と不気味な風の音が通り過ぎていった。

 蛍光灯の白い光の下、普段と変わらない私の部屋に、二人の男性。一人は宇宙人で、一人は人でもないのだ。良く分からない状況に、良く分からない話。どうやら私の頭はパンクしたようで、ただただテル君の綺麗な顔をぼんやりと眺めていた。


「お前は俺を好いている」


 モデルのように容姿の整った大男が断言した。

 そんな、馬鹿な。


「ち、違いますっ。私、別に……。私、あの珠はお守りだと思って大事にしていただけで!」

「口応えするな!」

「そんな無茶なっ」


 人外様が席をたち、ずかずかとソファに近づいてくる。鋭い視線が私に突き刺さり、両手はテル君に握られたまま、身動き出来ず。人外様は両手でむんずとソファの背を鷲掴み、顔をずいと近づけて言い放った。


「とにかく今すぐ気を寄こせ! 女!」

「いやですっ。困りますっ。それに私、女、なんていう名前じゃありません!」


 自分で自分に驚いた。人外様の言葉に、間髪入れずに反論をした自分に。よっぽどいやだったみたい。


「な、なにぃぃっ」


 ぎゅうと人外様の目がつり上がった。怒られるっ! そう思ってとっさに目をつぶる。けれど、予想していた恐ろしい衝撃はやって来なかった。

 人外様はソファの背に寄りかかるようにしてぺしゃんと座り込んでいた。肩までの黒髪が表情を隠しているけど、何だか苦しそうだ。


「くそ……。お前なぞ、弱っていなかったら片手で握りつぶしてやるところだ」


 弱々しい声で恐ろしい事を言う。

 

「ねえユイネ。最近、ずっと雨が続いているでしょ?この春の時期に、ひどい長雨だ」


 突然話題が変わった。私はテル君に向き直り何度か瞬きを繰り返して、こくりと頷く。


「農家の人達が、大変で……テレビで色々……外国で竜巻とか台風とか、大変で……」


 はっとした。まさかとは思う。


「もう限界なんだ。気が足りない。世界のバランスが崩れかけてる」

「う、嘘でしょう?」


 テル君がくしゃりと笑った。


「ほんとう。あいつが、秩序を乱してる。守り人の力が弱まってる。気が必要なんだ。もうガルクループに戻る力も残ってない。……お願い! ユイネ! この世界を救えるのはユイネしかいないんだっ」


 そんな、馬鹿な。



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