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 この地より、災いよ去れ。嘆くなかれ。次なる生を与えん。


 落ち着いた声が身体の奥で響いた気がした。ああ。タロさんはやっぱりかみさまだ。

 その声は厳かで、だけど心地良く慈愛に満ちていて、普段のタロさんからは想像もつかない程の圧倒的な包容力を兼ね備えていた。

 長い長い間、こうやってたった一人で『負』を救い続けてきたんだ。人々の知らないところで、人々を守り続けている。神の力を持つ、特別な存在。なんて孤独な存在だろう……。

 何とか自分を取り戻した私は、ぐずぐずと鼻を啜って顔を上げた。


「ヨ、ヨーコさんは……」


 自分の声に驚いた。がらがらでしわしわの声。


「大丈夫だよ。ひとつも怪我してないし、ちゃんと家に帰した」


 すぐ傍に立っているテル君が私を見下ろしていた。天使のように柔らかな表情。


「彼女の記憶は、迷子のユイネを見つけて一緒に駅まで帰って、そこで別れた事になってる」

「あ、あの人は……」


 派手な柄のシャツを着た若者は、今もうつぶせのまま動かない。顔だけは横を向いていて眠っているようにも見える。


「ふん。放っておけ。どうせろくでもない人間だ」

「そうそう。ただの酔っ払いだよ。このまんま寝かしとこう。夏だし平気でしょ」


 さっきはちゃんとかみさまだと実感できたけれど、二人のこういう言動はとっても身近で、妙な親近感をおぼえる。


「それよりお前だ!」

「わっ」


 突然身体がぐらりと傾いて、両足が宙に浮いた。とんでもない状況に身体が硬直して、見慣れない景色に目がまわって、あまりの事に声も出なくなってしまった。


「こんなにっ! 傷を! この阿呆ッ。無茶もたいがいにしろ!」


 こ、これは多分、お、お姫様だっこというものでは。私には一生、縁のないものなのではっ!?


「あ、あのっ」


 ぎぎっ、とタロさんがものすごい眼力で睨みつけてきたので、ごくっと言葉を飲み込む。男らしくうるわしい顔面がすごく近くにあって、抱きあげられている状況に私の頭は完全に動きを止めた。だけど、ときめくとかどきどきするとか、そんな場合ではなかった。怖い。怖すぎる。タロさんが全力で怒っている。そのとてつもない迫力に震え上がりそうになった。


「す、すみません……」

「守り人でもない普通の人間が、異能の力を無理に使ったんだ! ……全くとんでもない事態だ」

「……え」

「何でもないように見えるがな、お前の生命力は今、極端に弱っているんだぞ。身体には相当の負担がかかったはずだ」


 そういえば……そうだ。地球人で凡人で一般市民で、何の力もない私が、どうしてふーちゃんを昇華させる事が出来たんだろう……。

 ちっ、とタロさんの舌打ちが聞こえて、私はびくっと縮みあがった。


「サーシャの奴め。許せん」

「……サーシャさん?」


 どうして急にその名前が? と思う間もなく、タロさんの鋭い視線が私に向いた。


「お前、サーシャに何かされたろう。お前の使った力はまぎれもなく、守り人の特殊な力だ。それはお前の『中』に温存されていた」


 ええと……。あの時、サーシャさんに会って何をしたっけ。うーん……。


「そもそもユイネ、お前はぼうっとしすぎだ! そんな細工を施されているのも気付かんとはな!」

「す、すみませ……あっ! お、おでこっ」

「なんだ!」

「おでこにちゅっとされて、それで」


 可愛らしい笑顔を向けてくれたのだ。そうして私にこう言った。

 これはおまじないよ。あなたが自分の殻を破れるように。


 サーシャさんは全てを知っていた。


「そっか……」


 ゆるくまとめあげた薄茶色の髪に白い肌。ちんまりとした外国の美少女。『白銀』の守り人様の半身で、とっても明るくて元気で、素敵な人だった。楽しそうに笑うサーシャさんは本当に可愛くて、守ってあげたいと思ってしまう程。だけどやっぱり、峻厳な強さを併せ持っている人だったんだ。

 私は両手で顔を覆った。また泣いてしまいそうだった。息が震える。

 サーシャさんは全てを知った上で私に、ふーちゃんをお願いね、と言ったのだ。それは、そういうことだったんだ……。


「ユイネ」


 タロさんの声がすぐ近くで聞こえた。タロさんの温もりがすぐ傍にあった。


「泣くな」

「……はい」

「決して悔いるな。お前は良くやった」


 そうだ。もう泣かない。ふーちゃんとの楽しい時間は、そんな悲しいものじゃなかった。ふーちゃんからもらったものは、悲しい想いなんかじゃない。もっともっと大切で、あたたかなものなのだから。

 濡れた目元をぬぐい、ゆっくりと大きく、息を吸いこむ。


 

「はい」

「……良し。帰るぞ」


 そこで、貧血を起こした時のように視界が暗くなり私は意識を失った。




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