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061(想うという事)

「……タロちゃん。早くしないと」

「う、五月蠅いっ。分かっている! 少し黙れっ」

「ゆいねーっ」


 もう……。

 僕はふーちゃんを抱えてため息を落とし、ソファから一歩後ずさった。

 さっきからずうっと同じ体勢で、僕の主は微動だにしない。ソファに横たえたユイネに覆いかぶさる大男。緊張のあまりこれ以上ない程に凶悪な顔でユイネを睨み、耳まで真っ赤にしてがちがちに固まっている。

 ユイネはとっても安らかな表情で深い眠りについている。柔らかな焦茶の髪はいつものように横で束ねられていて、その穏やかな寝顔を眺めていると何だかこっちまで眠たくなってしまいそうになる。

 ユイネの不思議な魅力はこういうところにもあるんだ。ユイネの表情や仕草や雰囲気が、優しくて柔らかくて、相手に緊張感を抱かせない。僕はユイネが一生懸命食事をしている姿がすごく好きだし、ほにょっと笑った時の顔も好きだ。こうやって見ているだけで安心出来る寝顔も好きだけど、今は早いとこ覚醒させなきゃ。普通に眠っているのとはわけが違う。この深い眠りから呼び戻す為には守り人の力が必要なんだ。直接、その力をユイネの内側に注ぎ込む。

 世界を渡る為に眠らせたお姫様を目覚めさせなきゃいけない。それは王子様の役目。こいつは神だけど。

 ごめんね。ユイネ。君のファーストキスってば、実はもうこいつが奪っていたりする。


「タロちゃんが出来ないなら僕がしても良いんだけど」


 ものすごい眼力で睨まれて、肩をすくめる。タロちゃんのどきどきが僕にまで伝わってくるので、結構苦しい。


「これは儀式だ……そうだ、儀式だ……。今までだって何度となくしてきた事だ……落ち着け……心を無にしろ……」


 ぶつぶつと唱えて自己暗示を繰り返す。意を決して、右腕がおそるおそる動いてユイネの頬にあてがわれる。ゆっくりと指先がその肌の感触を確かめるようになぞっていく。さらりとタロちゃんの長い黒髪がユイネの横顔を覆い隠す。


「ユイネ……」


 どく、と鼓動を打ち、胸が締め付けられた。


「ゆいねー!」

「ちょっとちょっと! タロちゃん早くしてっ」


 じたじたと暴れるふーちゃんを何とか押さえ込むのだけれど、渾身の力を込めて僕の腕をぎゅうぎゅうつねるので大変だったりする。はあ。やっと元の姿に戻れたと思ったのにそれはほんの一瞬の事だった。

 でも子供の姿のままでも良いやと思ったりもする。だってユイネはこっちの僕の方が、きっと好きなんだ。あの慌てっぷりは面白かったけど、子供の僕の方が遠慮なくユイネに抱きつけるしね。

 ゆらりと大きな身体が起き上がり、名残惜しそうにユイネから離れていく。その時、僕はタロちゃんを見て絶句してしまった。まさか……。まあ仕方のない事かも知れないけど、こんな気持ちは本当に数百年振りの事だし、神と言われる存在だけれど、タロちゃんだって健康な男性である事には変わりはないわけだし。この方が真っ当な反応なのかもしれないけどさ。

 だけどやっぱりその姿はユイネに見られちゃマズイよ……。


「タロちゃん……それはちょっと、まずくない?」


 僕はいくらか遠慮がちに、タロちゃんの下半身を指差した。


「ぐあっ!!」


 咄嗟に前かがみに長身を折り曲げた時、ユイネの瞼がぴくりと動いた。


「わっ。ユイネが起きるよっ」

「くそっ!」


 タロちゃんが慌ててユイネに背を向けようとした時、ものすごい勢いでリビングボードに激突した。声にならない声を上げてその場にうずくまる。


「ゆいねっ」

「はあー。帰ってきたね」


 うん。まあ結果的に良かったかも。


「だ、大丈夫ですか?」


 ユイネの驚いた声。僕は振り返って説明をした。


「思いっきりぶつかったんだよ」

「くそっ! 痛いぞ! どうしてこんな所にこんなものがあるんだっ!!」


 くすくすとユイネが楽しそうに笑って、タロちゃんが恥ずかしいやら痛いやらでユイネをぎろりと睨みつける。すると口元に手を当てて明らかに笑いをかみ殺して、呟いた。


「タロさんこそ、どうしてそんな所にぶつけたんですか」

「……五月蠅い」


 タロちゃんの大きな背を見下ろしながら苦笑する。ああ……何て心地良いんだろうね。そう思うだろう?

 僕らにとったらユイネといる時間が、全ての事が、とっても愛おしい。またこうしてユイネといられるなんて夢みたいだ。セウンリヒに感謝しなきゃね。

 でもさ、だけどさ、僕らはいつまでユイネと一緒にいて良いのかな。

 ユイネはお人好しでうんと優しいから、ユイネはきっと嫌だなんて言わないから……。

 ねえ僕は、ずっと一緒にいたいんだ。

 ユイネにタロちゃんの半身になって欲しいんだ。ずっとずっと、一緒にいたいんだ。ねえ駄目かな。


 何とか落ち着きを取り戻したタロちゃんがソファにふんぞり返って、ふーちゃんは僕がお茶を入れる動作をじいっと観察して。僕らってみんな、ユイネが好きなんだ。ユイネのいる世界が全てなんだって、また僕はあらためて思ったりして。


「ユイネを呼んで一緒にお茶しよう」

「するーっ」


 でももう、間違えたくないんだ。タロちゃんの思いは僕が一番良く知っている。だから僕は何も言えない。僕らとユイネの間に横たわる深い溝は、どうしたって一足飛びに越えられない。一度失敗しているから、その重さは嫌でも胸に圧し掛かる。もう愛しい人を傷つけたくないんだ。

 このままで良いわけない事もちゃんと分かってる。だけど、あと少し。あと少しだけなら一緒にいても良いよね……?


「ねえユイネもお茶飲むでしょ? 今いれたからこっちおいでよ」


 洗面所をのぞくと洗濯機の前に立つユイネが見えた。どこか呆然としていて少し顔色も悪い気がする。


「ユイネ?」

  

 僕はそっとユイネの腕に触れた。あたたかな感触。僕の大好きなユイネ。タロちゃんの心を生き返らせた人。タロちゃんに大事な何かを教えてくれた人。だから思うんだ。だから願うんだ。まず一番に、


「どうしたの?」


 君の幸せを。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


実を言いますとこの物語の最終部だったりします。一番長くなる部分になると思います。


いつも読んで下さる方々、ありがとうございます。励みになります。

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