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 サーシャさんの手芸の腕前は、とても前衛的で芸術的なものだった。


「あっ。これかわいいですね。鍋敷きですか」

「うふ……。マフラーよ」


 さっきからどれをとって何を言っても、私の発言は失礼千万。こ、これはまずい……。

 幅広のテーブルの上にずらっと並んだファンシー雑貨の数々は、形は個性的だけれど、どれも心のこもった作品だと思った。それでやっと私の鈍い頭にもひらめきが舞い降りた。


「サーシャさん。あの、もしかして赤ちゃんが?」


 レースのブランケットを手にしたサーシャさんが、今日一番の笑顔で振り返る。


「そうなの! いま五カ月目よ。もう少ししたらお腹も目立つようになるみたい」

「わあ。おめでとうございます」

「ありがとう」


 愛おしそうにお腹の辺りに手を添えて、サーシャさんは柔らかに微笑んだ。


「妊娠が分かった時はね、とっても嬉しかったわ。だってダーリンと私の愛の結晶ですもの。うふふ。愛の結晶なんてちょっとクサイ言葉だけど、私達にしてみればすごく大事で、重い言葉よ」


 ゆっくりと席に腰を下ろし、その手で生み出した作品の数々に目を向ける。


「新しい命を宿すっていうのはね、私達の時の終わりが近づいている事を意味しているの。役目を引き継ぐ時期がやって来たって事なの」


 目を細めて微笑むサーシャさんの表情は穏やかで、私にはその感情を読み取る事が出来なかった。

 千年という長い長い時を生きる守り人様。その時が終わるという事。それは人の死と同じ意味なのだろうか……。


「守り人はね。世界の均衡を保ち扉を守る為に存在しているの。ガルクループには必ず、四人の守り人が存在するように出来ているのよ。もし一人が欠ければ、それを補うように命が生まれる。役目を終える時が近づけば、役目を引き継ぐ為に命が生まれる。そうして遠い過去から永遠に続く未来にまで、守り人の力は絶える事なく、続いていく。守り人は「人」ではないわ。「神」という名前がついた、機能の事よ。世界を監視し影響を及ぼし、潤滑に流転していくように備えられた装置の事よ」


 まるで諳んじているように紡ぎ出される言葉は、とてもサーシャさんが語っているものだとは思えなかった。そこに今までのようなあたたかさがなかったからだ。私は黙って斜向かいの席に腰を下ろした。


「ってね! これは私の考えた事じゃないのよ? 守り人の歴史にある言葉なの。暗いわよねぇ! だってそんなの哀しいじゃない!? 赤ちゃんが出来る事はとっても幸せな事よ。時が終わるのだっていずれは来る事だし、それに何より私にはダーリンがいるもの。最後の最後まで、うーんとうーんと愛してあげるつもりよ。この子も、ダーリンもね!」

「サーシャさん……」


 強い人。強くて優しい人。その明るさには芯に強さがあったのだ。

 こんな人が傍にいてくれるのなら哀しい事なんかひとつもない。サーシャさんの明るさは『白銀』の守り人様の為なのだと分かった。


「あの、聞いても良いですか?」

「ええもちろん。どんどん聞いて!」

「あの……守り人様の半身になるってやっぱり大変な事なんでしょうか。ヨーコさんが見つかって、それでかみさまの半身になってくれなんて、ものすごく都合が良いというか……」

「う~ん。多分それ程大変じゃないと思うわ」

「え……」

「だって私、騙されたんだもの」


 一瞬意味が分からず、そばかすの散った可愛らしい顔を凝視してしまった。肩をちょっとすくめてサーシャさんが笑った。


「ひどいのよぉ! ダーリンったらね、私に何の説明もなしに白銀の珠を渡してきて、何も知らない私に承諾の言葉を言わせちゃったのよっ! 気が付いたら半身になっちゃってたってわけ」


 あまりの事に、絶句……。

 私の驚いた顔がおかしかったのかサーシャさんが面白そうに声を上げて笑った。それにつられるようにして私も気の抜けた笑顔を作る。


「私はね、人だった頃に心臓の重い病気にかかっていたの」


 それを治してあげようと言われ、サーシャさんは『白銀』の守り人様から珠を受け取った。それはいわゆる詐欺行為。後で聞いてみればそれは、かみさまの一目ぼれだったのだそうだ。……何とも激しい恋心です。ただサーシャさんも『白銀』の守り人様の事が好きで、お互いに心を開いている間柄だった事は確かだ。それはやっぱり最低条件のようだ。

 白銀の珠──新しい命を体内に取り込んだ時点で「人」の枠から外れる。三日間眠り続け、次に目覚めた時には「神の半身」として世界に生まれるのだという。生まれ変わる為の深い眠りについた時に、守り人の歴史を学び守り人の力を得て、守り人の伴侶としての知識が備わる。

 半身として生まれた自分は、今までの自分と同じなようで、何かが少し変わっていたのだそうだ。それは多分経験しないと分からない感覚なのだろう。


「だからねぇ。タロちゃんも騙して渡しちゃえばよかったのよ」


 とてつもない力技だとは思うけれど、それも一つの手段ではある。うん。多分。


「ねえユイネちゃん。もしヨーコちゃんに会えたら伝えて欲しいの」


 私の手にサーシャさんのすべすべの手が重なる。真っ直ぐに私を見つめるサーシャさんの大きな瞳。


「何も心配いらない。大丈夫よ。あなたは決して一人じゃないわ。きっとあなたなら、タロちゃんと一緒に歩んでいける」


 ぎゅっと手を握られて何故か私の心臓がばくばくと騒ぎ始める。その大きな瞳に吸い込まれそうになり、私は何とか声を振り絞った。


「……わ、分かりました。サーシャさんの言葉はきっと必ず、ヨーコさんに伝えます」

「ありがとう」


 ふわっとサーシャさんの良い匂いが近づく。おでこにちゅ、と可愛らしいキスをされた。


「うふふっ。これはおまじないよ」


 赤面しつつ、すぐ目の前で微笑むサーシャさんを見つめる。柔和な笑顔はとってもあたたかい。


「あなたが自分の殻を破れるように」


 あ……。

 やっぱりこの人は私の心を見抜いていた。私の心の、醜い部分を見抜いていたんだ……。


「ありがとうございます」


 自然と感謝の言葉が口をついて出た。優しい人。

 私もいつか、こんな人になれたら良い。


「ゆいね! これみてっ」


 大声に振り返ると、そこにはマフラーの毛糸をめちゃくちゃに解いて絡まるふーちゃんがいた。


 のおぉぉっ!



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