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 もともと童顔で頑張っても大人っぽくなれないのだと説明してくれる仕草も良い意味で子供っぽくて、それがすごく似合っている。こんな私でさえサーシャさんを眺めていると、守ってあげたいと思ってしまう。……なるほど、これが庇護欲。

 要するに私のイメージしていた人物像と全く違っていた。何百年も生きているからもっと物静かで淡々としていて、びしっとした言葉を使う人なんじゃないかと勝手に考えていた。ガルクループのかみさま達は、人の常識という枠を簡単に飛び越えてしまう。


「ふうん。よーく分かったわ。そのヨーコちゃんが鍵ね……」


 興味深そうに呟いてサーシャさんは紅茶を一口飲んだ。それから私の隣に座って美味しいパイをむしゃむしゃ食べているふーちゃんに柔らかな視線を向ける。


「ふーちゃんも色々調べてみたけど、やっぱり『負』である事には間違いないわ。でもねえ……長ーく生きてる私だけれど、こんな現象初めてよ。一度取り込んで昇華したはずの『負』が形を作って、それも意思をもって生まれてくるなんて。不思議……」

「やっぱり向こうの世界に長く留まった事が関係してる?」

「そうね。『漆黒』……タロちゃんが守る扉とそれに繋がる世界は、四人の守っている世界の中でも場の力が極端に強いところよ。そういう場所は歪みやほころびが出来やすいし、大きな『負』も生まれやすいの。きっとその世界の力が作用して生まれたのね。彼の体調はどう?」

「こっちに帰ってから回復したよ。ユイネもついててくれるからもう大丈夫みたい」

「それなら問題ないわ」

「あ、あの、ふーちゃんはやっぱり昇華しないといけない『負』なんでしょうか? 危険なんでしょうか?」


 サーシャさんは私に向き直り、思案げな表情で首を傾けた。むむっと眉間に可愛らしいしわが寄る。


「ううーん。『負』である限り絶対安全だとは言い切れないのよ」

「『負』って、私よく分からないんです……」

「そうなのよねぇ。私もよく分からないの」


 肩をすくめて、うふふっとおちゃめに笑った。


「よく分からないけど、世界に害を及ぼす『負』の存在は決してなくならないの。世界がそこに在って、そこに命がある限り『負』は生まれ続ける。いくら消しても知らない間に生まれてる。だから私達も存在し続けるの。どうやらそういうものみたいなのよねえ。ああん! もうちょっとうまく説明出来れば良いんだけど! ごめんねぇ」


 サーシャさんは申し訳なさそうに、ダーリンならもっとちゃんと説明してくれるはずなんだけど、と言った。ダーリンっていうのはつまり『白銀』の守り人様の事だろう。うーん。ラブラブ……。


「だからふーちゃんってほんとに不思議! 害のない『負』なんて存在出来ないはずなんだけどねぇ。どうしよう?」


 私は隣にいる小さな女の子を見下ろして、またサーシャさんに視線を向けた。


「あのっ。それならしばらく様子を見るっていうのはどうでしょう」

「そうねぇ……ティエルはどう思う?」

「うーん。難しいなあ。やっぱり昇華させた方が良いとは思うけど……」

「で、でも、今すぐにしなくても大丈夫でしょう?」

「うん。そうなんだけどね」


 サーシャさんとテル君が困ったような笑顔になる。はらはらしながら私は二人を交互に見つめた。何とか昇華しない方向にもっていきたかった。ふーちゃんは生まれたばかりで、まだ消えたくないと言っていた。それに害がないんだったらこの世界に存在していても、良いんじゃないだろうか。私になついてくれているからかも知れないけれど、ふーちゃんを消してしまうなんて、悲しい。ちっちゃくて、それでも精いっぱい生きているふーちゃんには罪はないと、そう思ってしまうのは悪い事なのだろうか。


「じゃ、本人の意見も聞きましょ。ねえふーちゃん? あなたはどう思う?」


 サーシャさんの問いかけに、口元にパイのかすをいっぱいくっつけたふーちゃんが大きな声で答えた。


「あたち、生きたい! まだまだいっぱい! あたちゆいねがすきっ! たくさんたくさん、すきっ!」

「よし! 決まりぃっ」


 ぱちん、と両手を合わせてサーシャさんは明るい声で言った。


「ふーちゃんはこのままでよし! ユイネちゃんと一緒に帰ってよし!」

「ええっ。ほんとに良いの?」

「ありがとうございますっ」

「ゆいねといっしょ! ずっといっしょ!」

「うふふっ。ふーちゃんをお願いね」

「はいっ」


 とっても嬉しくてサーシャさんの手を両手でぎゅっと握り締めてしまった。するとサーシャさんも笑顔を向けてくれた。嬉しさで胸が一杯になる。困惑気味のテル君をそっちのけで、感動……。

 ひとしきりはしゃいだ後、そうだっ、とサーシャさんが瞳をきらきらさせて立ち上がった。


「ユイネちゃんに見てもらいたいものがあるのよ~! 私、最近編み物とお裁縫に目覚めてね。向こうの部屋に置いてあるのっ。見てくれる?」


 言いながら私の手を取って勢い込む。その勢いに飲まれつつ、私は笑顔を返して頷いた。楽しそうにしているサーシャさんの言う事なら何でも聞いてしまいそうだ。一緒に席を立とうとしたテル君に、ダメっ! と鋭い声が飛んだ。サーシャさんだ。


「ティエルはここにいて!」

「ええー。何で?」

「だって見せるの恥ずかしいもん」

「ユイネは良いのに?」

「ユイネちゃんなら良いのっ」


 引きずられるようにして隣の部屋に続く扉の先へ。てててっとふーちゃんが追い越していった。



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