表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/85

054

「ふん。ではこうしよう。俺はここに残り、お前とテルを向こうへ戻す。世界を渡る為に眠らせたお前を、向こうの世界で目覚めさせなくてはならんからな」

「分かりました」

「だがそれにはひとつ条件がある。何度も言ったとは思うが、異世界へ繋がる扉を開閉させるには莫大な力を要するのだ。俺の力がまだ完全に戻っていない現状、お前の気が不可欠だ」


 はい。私は無言でひとつ頷いた。


「だからだな、それ以降お前から直接気を得られないというのは俺にとってはかなりきつい状況になるわけだ。そうなると前もって通常よりもたくさんの気を蓄えておく必要がある」


 うーん。気って蓄えられるものなのか……。


「よってだな、その、何だ。あの、あれだ……」


 ん? タロさんが突然もごもごと口ごもった。珍しい事もあるものだ。ぼうっとタロさんを見ていると居心地悪そうに視線を足元に落としたり、ごほん、と咳払いをしたりして落ち着かない様子。どうしたんだろう。そんなタロさんを見てセウンリヒさんもぽかんとしている。


「もう。タロちゃんてば気持ち悪い」


 テル君が私の腕にきゅっと抱きついて呟いた。


「な、なにぃっ」

「しょうがないから僕が言ってあげるよ。だからね、たくさんの気を得る為にはやっぱり儀式が必要って事だよ」

「……儀式?」


 あれ。妙な胸騒ぎがする。


「うん。前に言ったと思うけど、気っていうのはお互いに心を開いている同志じゃなきゃ送られない。お互いに好き同士の相手じゃなきゃ成立しないものなんだ」


 好き同士、という言葉に何故だか恥ずかしくなるけれど、私は頷いて先を待った。


「だけど、そうじゃなくてもたくさんの気を得る為の手段があって、それがお互いの体液を交換するって方法だ。まあひとつの儀式みたいなものだって思えば良いよ。でね、その儀式を心の通じ合った相手とすれば、より強くて大きな力が生まれるわけ。何て言ったら良いのかなあ、より濃厚な気が得られるようになる。だから守り人にとったら半身っていう存在はすっごく大きいんだ。守り人はその相手を得る事によって初めて神の力の全てを手に入れると言っても良いね。……まあ『紅蓮』は相手が半身じゃなくても大丈夫みたいだけど」

「そ、それってつまり……」

「つまりね」

「ユイネ!」


 突然名前を呼ばれて、びくっと肩が震えた。いつの間にかすぐ傍に大きな影。タロさんが寝台に手をついてぬっと顔を近づけてきた。ちょ、ちょ……。


「ちょっと!」

「これは儀式だ! そうだ! たかだかディープキスだぞ」


 やめてー!! はっきり言わないでっ!


「あのっ、ちょっと待ってください!」

「今更往生際が悪いぞ。これが唯一の手段だ。お前の意見に合わせてやってるんだ! 目をつぶれっ」


 思いきり背を反らせるとぐっと両肩を掴まれて押さえ込まれる。心なしかタロさんの鼻息が荒い気がする。いや、きっと気のせいだ。だってタロさんはかみさまで気が必要なだけで、色欲なんか一切なくてヨコシマな下心でこういう事をするのではないと分かっている。分かってはいるけれどもっ!


「せ、せめて歯を、歯を磨かせてください……」


 目をつぶってしまったら最後のような気がして、じっと間近にある男らしい美貌の顔を凝視した。かなりの至近距離に迫った鋭い黒の瞳。


「……お願い、します」


 気押されて蚊の鳴くような声しか出なかった。で、でもこればっかりは主張しなくては。だって酔っ払ってそのまま寝てしまったんだから、これは私にとっては死活問題なのだ。

 お互い身体が固まってしまったかのような沈黙が、数秒。それからタロさんが勢い良くぐわっと身体を反転させて、背を向けてうなだれた。


「だ、駄目だ……出来ん」


 その呟きに私はまた固まった。ああ……どうしよう。やっぱり私、口臭かったんだ……。

 でもそれ以前にこんな私なんかと、その、アレだなんてやっぱり嫌に決まってる。かみさまだから、気が必要だから仕方ないにしても、相手がヨーコさんならともかく……。あ。まずい。思ったよりもショックだ……。


「恐れながら。……あの、少々よろしいでしょうか」


 おずおずとセウンリヒさんが声をあげた。


「なんだ」


 一気に疲弊した様子のタロさんが言うと、おじさまは立った状態で両手を掲げて一礼をする。


「では本日テル様とユイネ様には、ネディ・サーシャ様との懇談をしていただきましょう。タロ様には『鎮魂の儀』と『沈静の儀』の神事を二つ、人の王との謁見、合間に書類も片付けていただきます。翌日に最後の神事、『豊饒の儀』を執り行っていただきます。さすれば概ねの役務を終える事が出来ましょう」

「……おい。なんだそれは。俺を殺す気か」

「滅相もございません。しかしこのように致しますれば、翌十の刻にはタロ様もご一緒にユイネ様の世界にお戻りいただけるかと存じます」

「え。でもそれじゃあ、またタロさんが神殿を留守にしちゃうって事になりませんか」


 私はセウンリヒさんの提案に驚いた。この大神官さんは、タロさんをまた異世界に送り出そうと言っているのだ。タロさんがいなくなるとまた仕事が溜まったり色々と大変だろうに……。


「ええ。わたくし共とて、タロ様の健やかなる安息を心より願っているのでございます。そもそもわたくし共は、『漆黒』の守り人様に身命を捧げてお仕え申し上げる事に、何らの異論もございません」


 穏やかに微笑んでいるおじさまは私に向かってひとつ頷き、言葉を続けた。


「おそれ多くも、わたくし共が動く事により守り人様に少しでも御恩返しが出来るのであるとするならば、わたくし共はそれを誇りとしそれを命とし、それに無上の喜びと最上の幸福を感じる次第でございます」

「……お前はくどくどと物を言いすぎる」

「はっ。申し訳ございません。……ですから、タロ様」


 真っ直ぐにタロさんに向き直り、大神官さんは朗々たる声で宣言する。


「本日はわたくしの言うとおりに動いていただきますので、どうかご承知を」

「何だと!?」

「すべてはユイネ様とあちらの世界へお戻りになる為、でございます」


 くすくすとテル君がこっそり笑った。タロさんがじとっとセウンリヒさんを睨みつけるけれど、セウンリヒさんも毅然とした態度でタロさんを見つめている。


「くそっ! さっさと行くぞ!」


 どすどすと音が立ちそうな歩幅でタロさんが部屋から出て行き、セウンリヒさんが素早く一礼をして顔を上げた。


「……ありがとうございます。ユイネ様」

「え……?」

「女官長フティ、参りました!」


 素敵なおじさまは微笑みを残して去り、入れ違いにフティさんが部屋にやって来て、私は呆然としたまま寝台から降りた。どうして……。


「おはようございます。ユイネ様。湯殿のご用意が出来ておりますので、ご案内致します」

「おはようございます。あ、ありがとうございます。……あ」


 そういえば当たり前だけど替えの下着とか持ってきていない。どうしよう。借りるのも悪いし、何より洗濯してもらうのも申し訳ない。と、その時。


「はい。ユイネの事だから、色々気にすると思って僕が持ってきといたよ」

 

 テル君が差し出したのは見た事のあるトートバック。私のものだ。受け取って中を見ると、タオルの下に替えの下着が何セットか入っていた。


「テル君……すごい。色々ありがとう。お世話かけます」


 何ていうか、色々細やかな気遣いがとてもありがたい。さすがはテル君。伊達に可愛らしい天使ではないのだ。茶色のつやつやの髪にうるうるとした大きな黒い瞳。長いまつ毛にすべすべの頬。微笑む口元は愛くるしくて、その美しい造形につい見惚れてしまう。あれ……何やら違和感。何だろう。


「……テル君?」

「うん?」

「背、伸びた?」


 その違和感は目線の高さだった。寝室のひんやりとした大理石みたいな石廊の上に立っている。テル君の頭は私の顎辺りの高さにあったはずだ。だから私が少し見下ろす感じになるはずなのに、今、テル君のつぶらな瞳は私と同じ位置にあった。


「あ。ほんとだぁ」


 嬉しそうにテル君が笑った。ああ……可愛い。


「これって……成長期?」


 私の言葉に天使がまた声を上げて笑った。

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


52話の後書きで、うそ予告をしてしまいました。申し訳ございません。

思いのほかタロさんが乙女になってしまったせいで話が進みませんでした。

いえ、作者の力量不足ゆえにございます。すみません。

次話こそ、サーシャさんの登場です。


では、読んでくださる方々に心より御礼申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ