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 どうせなら、すべて覚えていない方が良かった。どうしてだかいくらお酒に酔ったとしても記憶だけは毎回はっきりとしているのだ。自分が何をやらかしたのか、自分が一番良く分かっている。

 何ていうかもう……お天道様の下を歩けません。恥ずかしすぎて。おそれおおくて。

 まさか異世界に来て、かみさまの神殿でそのかみさまの前で、リバースするなんて……。ひどい。もう色々と。

 せめて日本の、自分の良く知っている居酒屋とかで友達の前ならまだよかった……。

 そんな訳で大きすぎる寝台の上で目が覚めてからも、もぞもぞと何度か寝返りを打つだけで起き上がる勇気がなかなか出てこなかった。横目でちらりと様子を伺うと、隣ですやすやとテル君が眠っていた。なんてまあ……可愛らしい天使。その横にお酒臭い私がいるのが申し訳なく思ってしまうくらい、まばゆい寝顔です。タロさんはもう起きているようで、寝台の上にも部屋にもいないようだ。うーん。いつまでもこうしている訳にはいかない。よし、とひとつ気合を入れて身体を起こした時だった。


「タロ様。どちらへ行かれるのです。どうかお待ちください」

「どうかあともう一日、こちらにお留まりくださいませ」

「まだ神事が山ほどございます。タロ様、どうか」

「朝っぱらから五月蠅い奴らだ! 散れっ!」


 だんだんと声が近づいて来て、勢い良く寝室の扉がばたんと開かれた。


「お。起きたか」


 かみさま然とした凛々しい格好のタロさんに、セウンリヒさんに他、神官さん達がぞろぞろと。神官さん達は起きている私に気付き、さあっと流れるような動作でひれ伏してゆく。


「お目覚めでございますか。ユイネ様」


 凛としたセウンリヒさんの声。今日も真っ白の法衣をびしりと着こなし、髪を後ろに流してすっきりとした精悍な顔立ち。そんな彼には素敵なおじさま、という形容詞がふさわしい。寝起きの私は恐縮しまくり、急いで寝台の上で正座をして深々と頭を下げた。


「お、おはようございますっ」

「ユイネ」


 タロさんの声にぎくりとして、咄嗟に大きな声を出した。


「タ、タタ、タロさん! も、申し訳ありませんでしたっ!」


 しん、と辺りが静まり、次の瞬間タロさんの大きな笑い声が白くて美しい寝室に響き渡った。


「ん。なぁに。うるさいなあ……」


 がはがは笑うタロさんの声で、テル君がむっくりと起き上がった。


「くっくく! その様子じゃあ昨日の事を覚えているようだな。この回廊から聖なる湖に向かって吐くなんぞ、並の度胸ではないぞ! そんな不届き者はこの数百年の間にお前だけだ。さすがだな。ユイネ!」


 腕を組んで仁王立ちしている美しい大男は、にやにやと意地悪な笑みを浮かべて、わざと、そんな事を言った。……凶悪です。

 私は何の反論も出来ず(実際それは事実であるわけで)顔に熱が集中していくのを感じながら、また俯いて出来ればここから消え去りたい気分で、口を開いた。


「……も、ほんと、反省してます。すみません。もう当分お酒は飲みません」

「あれしきの事で何を言う。俺の晩酌に付き合うのはお前の義務だ」


 ええと。それ、何ですか。いつからですか。


「ユイネ様。今暫くお待ちくださいませ。女官長が参りますゆえ」


 いつの間にかセウンリヒさん以外の神官さん達の姿がなくなっていた。テル君が優雅な伸びをしつつ、ねえ、とタロさんに声をかけた。


「今日はサーシャのところへ行ってくるよ。僕とユイネの二人でね」

「俺も行くぞ」

「タロちゃんは駄目でしょ。仕事がまだたくさん残ってるんだから。ねえセウンリヒ」

「ああ! ティエルファイス様! 左様でございます! まだ神事があと三つに、人の王との謁見と、それにお目通りをいただきたい書類が……」

「そんなものは後回しだ!」

「なりませんっ。タロ様、お願いでございます! どうか!」

「……セウンリヒ。それ以上言うつもりならば命を差し出せ」

「はっ! もとよりわたくしのこの粗末な命、この地におわします『漆黒』の守り人様に献上させていただいております。いやしくも剣で一突きせよと申されるのであれば、ここで、この場で速やかにっ」

「ああ、あのっ! ちょっと待ってください!」


 話がとんでもない方向に行きそうになったので慌てて割って入った。どうしてこんな話になってしまうのか。多分九割五分、かみさまなのに大人げないタロさんのせいだとは思う。


「私に良い案があります」


 挙手をして発言するとタロさんにものすごい眼力で睨みつけられた。ひいっ、と目を逸らして先を続ける。

 昨日も思った事だ。世界を守り人々を見守る『漆黒』の守り人様が、そうやすやすとこの神殿を離れてはいけないのだ。だからやっぱりそのサーシャさんのところへはテル君に行ってもらうようにして、私だけ元の世界に戻してもらうのがベストだ。その事を説明して後を続ける。


「私があっちの世界でヨーコさんを必ず見つけます。それからタロさんに連絡しますから。それならちゃんとこっちで仕事が出来るでしょう? そうすればセウンリヒさんやフティさん達の負担も減ります」


 むっとタロさんの口元がとがった。


「却下だ!」

「……どうしてですか」

「どうしてもだ! 言っただろう。俺はお前の気でなければ受け付けん。お前の気がなければ守り人の力がそのうち弱まっていくのだ。そうなれば世界を守る云々ではなくなるからな。俺もまた向こうへ戻る」

「で、でも」

「それにお前のようなぐずにヨーコ探しが務まるとも思えん!」


 ふぬ、と大きく息を吐き出して胸を反らせる。く、くそう……。


「それは大丈夫ですっ! ちゃんとやりますから」

「駄目だ」

「タロさん……」

「……そんなに俺が邪魔か」


 タロさんらしからぬ言葉に思わずどきっとした。けれど当の本人は思いきり不機嫌そうな顔で、いつもと何も変わらない様子だった。




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