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  大変だ。天使だ。天使がいる……。


「ユイネ。可愛いね。良く似合ってる」


 私を呼びに来た女官さんに連れられて通された部屋に、テル君とフティさんがいた。磨き上げられた長方形の立派な石のテーブルに椅子がずらりと並び、色とりどりのお花がセンス良く大振りの花瓶に生けられている。大きく開かれた窓辺にも丸テーブルの席が用意されていて、そこに腰かけていたテル君が立ち上がって私に微笑んだ。脇に控えているフティさんはきちりと美しい礼を見せてくれる。あ。これって夢。夢みたいに美しい光景。

 

「どうしたの? ユイネ」


 つやつやの茶色の髪に色白の肌。黒目がちな大きな瞳がこっちを見ていて、ゆっくりと近づいて来る。ああ……。私、鼻血出てないだろうか。ちょっと心配。

 ふわりと軽やかなシルエット。白地にごく薄く色のついた生地が幾重にも重なり、まるでおとぎ話に出てくる妖精のような姿。肩から手首にまでの袖の部分がうっすらと透けていて、テル君の華奢な腕が見える。青い宝石がいくつも嵌め込まれた太い帯で腰を締めて、足首まである生地はスカートのようにテル君の動きに合わせて優雅に揺れた。足元は私のものと似たようなサンダルで、糸のように細い金色のアンクレットをしていた。


「すごい……ほんとの天使みたい」

「そう? 一応これが僕の正装だよ。もう随分してなかったから細かいところは忘れちゃった」


 そうだった。テル君は念じるだけで服装を変えられるのだ。


「テル君……綺麗……」

「ユイネ。よだれ」

「ええっ」


 慌てて口元を拭った私を見て、あははと天使が笑った。


「嘘だよ。ね、こっちに来て」


 自然な動作で私の右手にするりとテル君の左手が重なる。ひんやりすべすべ。先を越すようにふーちゃんがててて、と駆けって窓辺にあるテーブル席にすとんと座った。


「テル君……」

「ん?」

「ごめんね」


 可愛らしく首を傾げて私を見上げるテル君に、どぎまぎしながら先を続けた。


「こ、こんな天使みたいな子にずっとお料理作ってもらってたなんて……」


 あまつさえ、ひ、ひとつのベッドで眠っていたなんて。罰が当たる。きっと。絶対。


「ふふ。良いの良いの」


 す、と背を伸ばしたテル君が囁いた。


「だってユイネは特別だもん」


 はぐううっ! もう駄目!!


「テル君っ。お、お願いだからあんまりからかわないで。死んでしまうっ」

「あは。ごめんね。つい面白くって」


 ようやく席について、私はふらふらの頭を必死に動かしてテル君に色々と話を聞いた。

 今、ガルクループ時間ではお昼の二時過ぎだという。テーブルの上にはこれまた美味しそうなチーズケーキみたいなものが乗っかっていて、紅茶の良い香りが漂っていた。はぐはぐとケーキを頬張るふーちゃんを見て、テル君も驚きの声を上げた。


「この子、食べれるの。タロちゃんから生まれたのに僕とも違うみたいだ」


 ガルクループには日本にあるような分かりやすい季節がない。標高の高い場所にあるこの神殿の周囲は、年中が初秋の気候なのだそうだ。何て過ごしやすいところだろうか。羨ましい。それから疑問に思っていた事を聞いた。


「そういえばどうして言葉が分かるのかな。私の言葉もちゃんと伝わってるみたいだし。日本語……なわけないよね?」

「ああうん。それはタロちゃんがユイネに……」


 急にテル君が横を向いて、ぼやあっと言葉を濁した。珍しい。


「タロさんが?」

「そうそう。あいつはあれでも神だからね。言葉が通じるようにぱぱっとユイネにおまじないをちょっと、ね」

「へえ! すごい!」


 にっこりと笑顔を向けるテル君。そういえばタロさんの体調は大丈夫だろうか。


「最低でもあと二日はユイネにもこっちにいて欲しいんだ。やっぱりユイネの気が僕らにとっては一番の栄養だからね」

「う、うん。それは良いんだけど……。やっぱりタロさんやテル君が、この神殿を長く離れるのは良くないよね」


 仕事だって溜まってしまうし、セウンリヒさんやフティさんも忙しいと聞いたばかりだ。何より神事も延期にするような留守がちなかみさまの事を、ガルクループに住む人達が疎んだりしないだろうか。勝手な事しやがって、と怒りはしないだろうか。それで良からぬいざこざが起きてしまわないか、それがとても心配だった。

 でも今回の事は最初から、そんなに長い時間留守にしようと思っていたわけではない事は私が一番良く分かっている。だってタロさんとテル君は昔に約束を交わした魂の伴侶を迎えにいく為に、なけなしの力を振り絞って扉を開いてやって来たのだから。そこで再会出来るはずのヨーコさんと出会えずに、見知らぬ私がいたばっかりに、予想外に長く異世界に留まる羽目になってしまったのだから。

 そう思うと私の胸に苦々しい後悔の思いがまた湧き上がってくる。

 私が、もっと必死にヨーコさんの事を見つけようとしていたら良かったんだ。私が自分の事ばかり考えていたせいなのだ……。


「だから、だからね。タロさんとテル君はここにいて少しだけ待ってて欲しいの。私戻ったら、すぐヒロさんに連絡取るから。ヨーコさんを見つける事は、私が責任を持って必ずやり遂げるから」


 タロさんは守り人でかみさまで、私のいる世界と扉を守る大事な仕事がある。それにこの世界でタロさんを待っている人がたくさんいて、タロさんを必要としている人がたくさんいるのだ。異世界の一般人である私と、のほほんと毎日暮らしていて良い訳がなかった。自分の鈍さ加減に、自分で腹が立つ。


「ユイネ……」


 俯いた私の視界にテル君の白魚のように可憐な指先が見えた。そっとテーブルの上に伏せられたその手は、とても優しい慈愛に満ちている。ごめんね。テル君……。


「ばかっ! ばかばかばか! ゆいねをかなしませたらあたちゆるさないっ」

「うわっ」


 幼い女の子の声にはっとして顔を上げる。ふーちゃんがケーキまみれの手でテル君によじ登っていた。


 のおぉぉっ!






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