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 この神殿は、湖の上に浮いていた。正確に言えば湖の上に建てられていた。目の前に青々とした山が連なり、真っ青な空にうろこ雲。湖面がきらきらと輝いて、石の廊下にそれが反射している。芸術的な彫刻が施された支柱が並ぶ白い回廊。それがずうっと先まで続いていて、複数に道が分かれてそれぞれの部屋を繋いでいた。何とも複雑な造りをしている。


「は、はへ」


 綺麗。とっても。


「ユイネ様。こちらに」


 振り返って私を見つめるフティさんに慌ててついていく。歩きながら下をのぞくと、透き通った綺麗な水で、底に沈む砂利さえ見える程だ。小魚の群れがすうと横切った。


「おしゃかな! ゆいねっ。おしゃかながおよいでるっ」

「うわぁ。ほんとだ! すごいねっ」

「ここは少し標高の高い場所にある神殿にございます。神事以外では一部の限られた方々にのみ出入りが許されております。さ、ユイネ様、こちらへ」


 着替えなら自分でします、と言いたかったけれど断念した。何せ私が知っている服の形をしていないのだ。どちらかと言えば着物に近く、それでいて洋服のような動きやすさもあって、何よりその生地の素晴らしさと言ったらない。白の上に薄い山吹色の服、最後に臙脂色の透き通った羽織りもの。ぼさぼさの髪を梳いてくれて髪を結いあげて髪飾りも付けてくれているみたい。左腕に銀色のブレスレット。良く見ると精巧な作りをしている。それとセットものなのだろうか、銀色の首飾りが下げられる。足元は指先の出るサンダルみたいなもので、それにも小さな光る石が散りばめられている。女官さん達は紐のない革靴のようなものを履いていた。

 最後に手早く顔を拭われ、ぱぱぱ、とお化粧が施された。もちろんの事私は始終恐縮しっぱなしで、はふはふと呼吸しながらなるべく大人しくしていようと心がけた。身体がかちこちだ。

 支度を手伝ってくれているのは女官長のフティさんとあと二人の女官さんで、その二人はついさっき扉を開けてくれた人達だった。二人は私と同年代くらいの女性だ。けれど凛とした雰囲気で堂々としている。そのうちの一人が、あまりに緊張している私に声をかけてくれた。


「ふふ。ユイネ様。そこまで緊張なさらずとも大丈夫でございますよ」

「はあ……もう心臓が止まっちゃいそうです」

「まあ」

「ユイネ様。しばしの間こちらでお待ち下さいませ」


 私の世話を終えたフティさんが、さっと一礼をして部屋を出て行った。それからテーブル席に案内されると豪華なティーセットがあらわれて、お茶とお菓子があっという間に並んだ。紅茶に似た飲み物と、クッキーに似たお菓子。甘さ控えめだけれどとても美味しい。ふーちゃんも席についてクッキーをぼりぼり齧って、ずずず、とお茶を飲んでご機嫌だ。その様子を見て、食べれるんだ、とぼんやりと思った。


「お味はいかかでございましょう?」

「あ。とっても美味しいです。ありがとうございます」


 脇に立つ二人の女官さんにお礼を言うと、その二人が顔を見合わせてにこにこと笑った。二人も髪をお団子にして清潔感あふれる印象。きらきらと輝く瞳は、日本の同年代の女性にはないような真っ直ぐさがあった。フティさんはびしっとした印象だったけれど、彼女達には何故だか親近感が持てる。多分年が近いせいなのだろう。


「あ、あの。この神殿にはどれくらいの人が働いてるんですか?」

「はい。神事をつとめる神官が七名。政務や国務をつとめる神官が十四名。わたくし達女官が二十四名でございます」

「そ、そんなにいらっしゃるんですか」

「ユイネ様。この神殿はずっと人手不足でございます。他の地におわします守り人様にお仕えしている神官や女官達の人数は、ゆうに百を超える事でしょう」

「えっ!?」


 私の驚いた顔が面白かったのか、女官さんがくすりと笑った。


「このようにお客様がいらしたのも随分久しぶりの事でございます」

「ええ。とても嬉しく思います」


 ははあ……。何となく分かった。


「タロさんって気難しいから、大変じゃないですか? それにわがままだし……」

「タロさん?」


 あ。しまった。


「あ、『漆黒』の守り人様です」

「異世界ではタロさん、とお呼びするのですか」


 興味津々、という表情の彼女達。そりゃそうだ。異世界、なんて多分一生縁のない場所なのだから。何だか楽しくなってきた。


「まあ……。何だか子犬のようなお名前ですのね」

「ヒィト! 何て無礼な事を」

「あは。たしかにそうですよね。すみません、私のセンスが悪くって……」


 タロさんの名前を命名した経緯を話すと、年若い女官さん達はくすくすと笑った。タロさんががみがみ怒って名前を教えてくれないものだから、犬にも通用するような名前をつけてしまったのだ。こんな事になるんなら、もっとかみさまっぽいものにしておけば良かった。


「ではタロ様とテル様は、ずっとユイネ様のおうちに?」

「はい。テル君はとっても料理が上手なんです。タロさんは気が向いたらお風呂掃除をしてくれたり……」

「ええっ!? も、守り人様が!?」


 それから会話が弾んで、一気に打ち解けてしまった。私のいる世界の事をとても熱心に聞いてくれて、楽しそうに笑ってくれるので、私も嬉しくなって一生懸命に話した。この神殿はやっぱり人手不足のようで、たくさんの仕事をみんなで分担してこなしているそうだ。一人で何役もつとめる人もいて、女官長のフティさんも大神官のセウンリヒさんもいつも忙しくしているという。それなら人を増やしたらどうだろいうという提案に、残念な笑顔を作って答えてくれた。


「ユイネ様もおわかりでしょう? この地におわします『漆黒』の守り人様は、とくに繊細でいらっしゃいます」


 やっぱり……。短気で俺様で頑固だというのを、繊細、と表現するあたり、さすがです。


「でもかみさまがずうっと留守にしていたら色々大変じゃないんですか? 今も仕事が溜まってたみたいだし……」

「ええ! それはそれは大変でございます。ユイネ様。このような事をなさる守り人様は、タロ様くらいでございます!」

「それには本当に、悩まされるばかりでございます。ユイネ様」

「本来なら定められた良き日に滞りなく行われるはずである神事すら延期になったり……」

「守り人様の恩恵を拝受する国土からはたくさんの要望書が」

「視察巡行もちっともしてくださらないから」

「再三、人の王が謁見を要請されて」

「断る言い訳を考えるのには毎度苦労して」

「タロ様にお伝えしても聞いてくださらないし」

「テル様も代理はあきあきだとおっしゃるし」

「あはっ」


 思わず笑ってしまった。すると女官さん達はお互いの顔を見合わせて、口元に手を添えた。


「ひどいかみさまですね」

「ええ。本当に」


 そう言ってうふふと笑った。

 

 なんだ……。やっぱりタロさんは贅沢者だ。みんなに愛されてる。

 あれ。そういえば、言葉が分かる。すごい。ガルクループで日本語が通じる。

 



 



 

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