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041

  あれは、『負』だ。無意識にそうだと確信する。


「タロさんっ」

「だめだっ! ユイネ来ちゃだめ!」


 テル君の必死の声に、両手を握り締めてその場で棒立ちになった。そうだ。不用意に近づいて、大変な事態を招いてしまってはいけない。ぐっと奥歯に力を込めた。

 タロさんの身体から切り離された黒い煙はその存在感を増し、ぐねぐねと複雑な動きをしながらうごめいている。気味が悪くて、恐ろしい。見ているだけで心臓がどくどくと騒いで呼吸が浅くなっていく。

 大きく咳き込み、立ち上がろうとしているタロさんとそれを支えるテル君。二人の視線の先には、大型犬くらいの大きさはあるだろう不気味に脈動を続ける、真っ黒の『負』の塊。


「大丈夫ですかっ」


 私は大声で叫んだ。私とタロさん達の間に恐ろしい『負』がのたうっている。


「ユイネ……そこを動くな……良いな」


 絞り出すようなタロさんの声が聞こえ、ぎゅっと心臓が縮み上がった。どうしよう。とっても苦しそうだ。


「……あれ。これおかしいな」


 タロさんの大きな身体を支えて目の前の黒い塊を見つめていたテル君が、ふいに気の抜けた声を出した。


「ね。タロちゃんこれって……」

「……ああ。こんな事は初めてだ。一体どうなってる」

「ねえっ。大丈夫なのっ」


 ぼんやりと『負』を見つめて意味ありげな会話をする二人に、大声で呼びかけた。心配でたまらない。するとテル君が片手を振って、おいでの合図を私に送ってきた。……え?


「そおっと壁伝いにこっちにおいで。大丈夫だから」

「う、うん……」


 いやいや。すんごい勢いでぐねぐねうねうねしている『負』の横を歩いて通り過ぎるのは、ちょっと怖い。何が大丈夫なのかも分からない。でもとにかく二人の傍に行こう。腰の引けた状態のままおそるおそる一歩を踏み出して、なるべく足音を立てないようにつま先立ちで歩き始める。すると、事もあろうにテル君がぷっと吹き出して笑った。


「ユイネ。なにそれっ。なにその格好っ。あははっ」

「だ、だって怖いっ! ちょっ……テル君笑わないでっ」


 自分だって分かってる。ものすごいへっぴり腰で、つま先歩きをしてる体勢がいかに格好悪いか。でも怖くってそれどころではない。ひやひやと汗が噴き出す。テル君の笑い声で、気味の悪い『負』が襲いかかってきたらどうするのっ!? 私の錯乱する胸中なんかお構いなしに今度はタロさんまで笑い出した。


「くっ……ははっ! お、お前っ。それはないだろうっ」


 さっきまで苦しそうにしてたのに……。

 き、と二人を睨みつけて、でもすぐにぐねぐねの黒い塊に視線を戻して、そろりそろりと横を通過。何とか襲われずに二人の元に辿りつき、私はぜいぜいと肩で息をついた。


「何だっていうのっ」

「あ。ほら見てユイネ」

「なによっ」


 テル君が指差した先、大型犬くらいの大きさだった塊が、いまはもっと小さくなっていた。ぐねぐねもうねうねもだんだんと収まってきて何かの形を作りはじめているみたいだ。ひゅっと息を飲んだ。


「あれは『負』だけど、『負』じゃないんだ。タロちゃんの中で昇華させた後に、残骸みたいにちょっとだけ体内に残っていた『負』だよ。だから害はない」

「そ、そうなの……」


 だから「大丈夫」だったの。……もっと早く言ってくれたら、あんな恥ずかしい体勢はとらなかったんだけど。


「自然に消えていくものだから、普通ならこんな風に塊になって出てくる事はないんだけどな」


 タロさんから生まれた害のない綺麗な『負』は、私達が見守っている間に小さく縮んでぴたりとその動きを止めた。それからゆっくりと上下に揺れはじめる。それはまるで、小さな生き物が呼吸をしているみたいな。小さな何かがうずくまっているみたいな。ぴくりと震えて、その何かがむくっと起き上がった。


「あっ」


 私は思わず声を上げていた。そこには真っ黒の長いウェーブヘアーで真っ黒のドレスを着た、小さな女の子が立っていた。ちゃんと肌色をしている。


「あー。ゆいねゆいねゆいねゆいね」


 驚いた事に、その女の子が私を指さして私の名前を連呼した。驚きのあまり腰が抜けそうになって、よろよろと後ずさる。


「何だこれはッ。おい! テルっ。どうなってる!?」

「……僕にも分かんないよ。こんなの」


 目をまん丸にしたタロさんと額に手を当てるテル君。尻もちをついた私に、『負』の女の子がずんずんと近寄ってきた。どうして良いのか分からずあわあわしている間に距離がつまり、がばりと抱きつかれる。


「ひょっ」


 意味不明な叫び声を上げたのが最後。身体が緊張で硬直してしまった。


「ゆいねゆいねゆいねゆいね」


 小さな両手両足が、私の上半身にがっちりとしがみついている。ちょうど女の子の顔が胸のあたりで、ぐりぐりと頬ずりをして私の名前を連呼する。


「ゆいねっゆいねっゆいねっ」

「……あの」


 ぱっと顔を上げた女の子は、とっても可愛らしかった。くりくりおめめにふっくらのほっぺ。三、四歳くらいの女の子。目が合うとにかっと笑顔になった。


「ゆいね!」

「えーと……」


 頭上を見上げる。驚愕の表情のタロさんと、口をぽかんと開けたテル君がそこにいた。



 

読んでいただき、ありがとうございます。

一部改訂しました。

『負』の女の子の外見年齢:四、五歳から三、四歳に変更。

ちっちゃい事ですが意外と重要。


では、いつも読んでくださる方々、本当にありがとうございます。

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