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「おかえり! どうだった?」

「テル君ただいま。うん。すっごく楽しかったよ」


 出迎えてくれた天使のように綺麗な男の子に照れながら報告して、お土産のプリンを渡す。


「タロさんは? 熱下がった?」

「もうすっかり良くなってるよ。でもふて寝してるんだ。ほんと子供なんだから。もう夕飯にするから叩き起こしてきてくれない?」

「うん」

「あ。ユイネ」


 呼び止められて振り返ると、テル君がきゅっと抱きついてきた。つやつやの茶色の髪がすぐ目の前。華奢な身体がぴとりと私に寄り添っている。ああっ。天使に抱き締められていると思っただけで、くらくらしそうになる。


「ど、どうしたの。気が足りないの?」

「ううん。ワンピース姿のユイネがとっても可愛いから」


 ぬあにぃっ!? 瞬間、鼻血を吹き出すんじゃないかってくらい顔が赤面したのが分かった。


「かかか、可愛いのはテル君でしょうっ」

「うん。良く言われる」


 私を見上げてにっこり笑い、テル君は鼻歌まじりにキッチンへと向かう。

 ああ……。テル君。私は胸キュンしすぎて死んでしまうかも……。


 扉のない寝室(のような、目いっぱいに高級ベッドが敷き詰められている部屋)を見やると、たしかにタロさんが大きな背をこちらに向けてごろんと横になっていた。Tシャツにスウェットで、美しい黒髪はまた一つに束ねている。私がタロさん、と声をかけようと口を開きかけた時。


「ユイネ。俺は熟睡中だ。そんなところから名を呼んでも絶対起きんぞ」


 ……随分とふてくされてらっしゃる模様。


「起きてるじゃないですか……」


 ぼそりと呟く。仕方なく高級ベッドの上を膝で移動して、背を向けているタロさんの横に正座して座った。


「タロさん。起きてください。晩御飯です」


 沈黙。


「タロさん。機嫌直してください。お土産はメルバースのプリンですよ」


 少しだけ、肩が動いた。私はむふっと笑って後を続ける。


「はあ。タロさんが起きないんじゃ、私が全部食べちゃおうかなあ。仕方ないなあ」

「阿呆っ。俺をガキと一緒にするな! 食い物なんぞにつられるかっ」

「あ。起きた」


 タロさんは私を鋭い目つきで睨みつけ、むっと口を尖らせて起き上がった。


「もう具合、良いんですか?」

「問題ない」


 じろりと凄みのある黒い瞳がまた私を睨み、それから右の手首を掴まれた。一瞬びっくりするけれど、気を得る為なのだと分かり、素直にそのままにしておく。


「今日、梅雨明け宣言したのにずうっと雨だったんです。笹本さんと出掛けるのに雨だなんて、ちょっと残念だなって思ってたんです。だけど最後にとっても綺麗な虹がかかって……」


 心が晴れやかになるくらい、素敵な虹。


「すっごく嬉しかったんです」


 私はにっこりと笑った。そうしようと思っていなかったのに、とっても心がほかほかしていて、自然に出てきた笑顔だった。


「タロさん。ありがとうございます」


 じいっと私を見つめるタロさんは、少し不思議そうな表情をして呟いた。


「あんなものが嬉しいのか」

「はい。どんなものよりもずっと」


 本当に嬉しかったから、私はそれをきちんとタロさんに伝えたかったのだ。するとタロさんが麗しいお顔をくしゃっとさせて笑った。大きな身体に整いすぎなくらいの美しい顔を目の前にすると、今でも緊張してしまうし苦手だ。でもこの笑顔は、良い。とても。すごく。


「それなら毎日見せてやろう」

「そ、それじゃありがたみがなくなっちゃいます」

「何だそれは」

「ああいうのは、いつも見れないから良いんです。たまあに素敵な事が起こるくらいが、良いんです」

「ふん。そんなものか。じゃあ次はいつが良い」


 ふと思いついた事を、私は無意識に言葉にしていた。


「あの。じゃあ今度、私の誕生日とか」


 言ってしまった後に、思いっきり恥ずかしくなって俯いてしまった。もう全身の血管がぶわっと広がったのかと思うくらい、恥ずかしさに身体がかっと熱くなる。

 ああ。私なに言ってんだろう。恥ずかしい。こんな事を言うなんて、人に自分のお祝いをお願いするなんて、穴があったら入って出ていきたくないくらい、恥ずかしい……。


「なるほどな。それは良い」


 だらだらと変な冷や汗をかきつつ、その声におそるおそる顔を上げてタロさんを見やった。

 私の小さな心臓が、どごん、と大きな鼓動を打った。

 タロさんがとっても嬉しそうな笑顔を私に向けていたのだ。呼吸をするのも忘れて、呆然とその可愛らしい笑顔を見つめた。

 どうしてだろう。どうしてタロさんがこんなに嬉しそうな顔をするのだろう。私が言った言葉に対して、タロさんが喜んでいる。

 何故だか分からなかったけれど、私も何だか嬉しくなった。


 もしかしたら異世界のかみさまは、人を導くように生まれついているのかも知れない。人を愛して慈しむのが当たり前のように、最初から定められているのかも知れない。だからこそ彼らは世界を守るのだ。その異能を駆使して、自らの痛みを顧みずに、自らの守る世界に住む者達の為に、永い永い時を生き続けるのだ。何て深い愛情だろうか。

 ああ……。胸がぐっと締めつけられるようで、泣きたくなってくる。


 その時、タロさんの美貌の顔面がゆっくりと近づいてきた。またしても私の小さな心臓が飛び出しそうになって、身体が金縛りにあったみたいに硬直する。咄嗟にぎゅっと目をつぶった瞬間、


「あだっ! あだだっ! タ、タロさんいたいっ」


 どういう訳かタロさんが私の肩に、噛みついていた。


「ちょっ……何ですかっ! 噛みつかないでくださいっ」

「腹が減った」

「そ、そこっ。そこ食べ物じゃないですからっ! あだだだっ! ちょっと本気で噛まないでっ」

「わ! 何やってんの馬鹿タロっ」


 テル君に助けてもらい、私は肩で息をしながら思った。


 やっぱりタロさんが何を考えてるのかちっとも分からない……。

 かみさまって複雑すぎる。



*



 それからすっかり機嫌の直ったタロさんとテル君とで夕食を囲みデザートのプリンも食べて、いつも通りのくつろぎタイムへとなだれ込んでいった。私はソファに陣取ってテレビをぼんやりと見ていて(その実は昼間のデートを思い起こしてにやけていたんだけど)、タロさんとテル君はテーブル席でお茶を飲んでいた。そんな普段と何も変わらない穏やかな時に、事件は起こった。


「タロちゃん!?」


 背後でテル君の緊張した声が聞こえた。その尋常ではない声色に寒気が走る。慌てて背後を振り返ると、椅子から崩れ落ちるようにして倒れ込むタロさんの姿が見えた。


「タロさんっ」

「来るな!」


 びくりと私の肩が震えた。タロさんの怒鳴り声に身体が固まり、どんどん呼吸が浅くなる。タロさんの大きな背中が丸まって、そこから黒い煙のようなものが漂い始めた。


「タ、タロさん!」


 タロさんの身体から出てきた黒い煙はどんどん色が濃くなって、ゆらゆらと揺らめきながら成長していく。怖くて恐ろしくて、自分の口元がかたかたと震えているのを感じた。


「タロさんッ!!」


 





 


 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

やっと恋愛ももいろな感じが出てきましたでしょうか。長くかかってしまいました。

今後もゆるーく、じれーっとした感じで進んでいくかと思います。

さあタロさんの一大事。


いつも読んで下さる方々、ありがとうございます。書き続ける原動力です。

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