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036(色づく世界のはじっこで)

 しとしと雨が降る。


 世界はぼんやりと滲んで、まるで水彩画のようだ。

 この国土には四季があり、その季節ごとに愛でる草花も変わる。繊細な心が、時節に色彩の命を吹き込む。素敵な習慣だ。

 買い物のついでに公園でひとふさ失敬してきた紫陽花をテ―ブルに生けた。うん。思った通り良い感じ。壁掛け時計を見上げ、そろそろ夕飯の準備にとりかかろうとキッチンに向かう。

 新鮮な鯵が安く手に入ったので、刺身とたたきにしよう。それからさやえんどうの和え物にきゅうりの酢の物。今日は金曜日だから、それを肴にお酒を飲むのも良い。意外とユイネはお酒が飲めるくちだ。近頃は金曜になるとタロちゃんがユイネを誘ってお酒を飲む。今夜はそれにフライもつけよう。コーイチはきっとご飯が食べたいに違いない。

 ちらりとリビングに目を向けると二人は飽きずにテレビゲームを続けている。と言っても、きっとコーイチが付き合わされてるんだろうけど。


「太郎さんって、唯音さんの遠い親戚なんですよね。昔から親交があったんですか?」

「あいつが五歳の頃からだ」


 うん。まあ、間違いじゃないけど。

 二人は仲良く座り、テレビ画面に目を向けたまま世間話をしている。今はレースゲームに興じていて、コーイチの操るレーシングカーがトップを走っているみたいだ。


「へえっ。小さい頃の唯音さんって、どんなでした?」


 タロちゃんはリモコンを操作するたんびに大きな身体を右へ左へ動かしながら、それに答える。


「どうといってもな。単なる幼児だ。まあ目に入れても痛くない程だ」 

「そうですか」


 対するコーイチは慣れた手つきでリモコンを操り、余裕でタロちゃんの相手をしている。茶色のサラサラヘアに撫肩気味の穏やかな風貌。見た目通りの、柔らかな気をまとっている。野心や邪まな部分が少ない純粋な魂。男性にしたらちょっと頼りないくらいだ。

 異性が苦手なユイネが、彼にだけは最初からあまり警戒心を持っていなかった。


「きっと優しくて可愛い女の子だったんでしょうね」


 無意識と思われる、素直な言葉。照れ屋のコーイチには珍しい。


「何て言うか、唯音さんって優しいんですよね。性格もそうですけど、全体的に。髪も柔らかそうだし、穏やかで……雰囲気が優しいっていうのかな。人に緊張感を与えない人なんですよね」 


 ようやくタロちゃんはテレビから隣のコーイチに顔を向けて、眉間にしわを寄せた。


「何だ。ユイネにいやらしい妄想を抱くのは俺が許さんぞ」


 コーイチはその言葉にわたわたと慌てて、黒ぶち眼鏡を押し上げて首をぶんぶん左右に振った。


「そっ、そんなんじゃないですっ!」

「あやしい。顔が真っ赤だ」

「おっ俺は別に、そういう意味で言ってるんじゃないんですって」


 タロちゃんは鋭い眼光でコーイチを睨みつけ、


「ユイネはお前にはやらん」


 と不機嫌な声で告げた。ぷっと吹き出してコーイチが笑う。


「まるで父親みたいですね」

「ふん。あいつは俺のものだからな」


 瞬間、二人の間に奇妙な空気が流れた。笑いを引っ込めて無言でタロちゃんを見返すコーイチ。


「……唯音さんから、今お付き合いしてる人はいないって聞いてます」

「それが何だ。お前はユイネの何を知ってる? 何一つ大事な事は知らんくせに、俺に口応えするな」

「太郎さんのそういう言い方、唯音さんは迷惑してるんじゃないですか」


 今日のコーイチはだいぶ凛々しい。


「何だと!?」

「だってそうでしょう。恋人でも何でもないただの親戚が、どうしてそこまで言えるんですか」

「知るか! 俺のものだから、俺のものだと言っている!」


 それからむっつりと黙り込み、大の男二人は真剣な表情でテレビゲームを再開した。僕は呆れてひっそりとため息をつく。ふがいない二人だなあ。



*



「ちょっ! 太郎さんっ。卑怯じゃないですかっ」

「これは戦略のうちだ! 負け犬めっ」

「……ど、どうしたのあれ」


 仕事を終え帰宅したユイネは、肩をすくめておそるおそる僕に聞いてきた。


「ああ。ほっといて大丈夫。ゲームで喧嘩してるんだよ」


 僕の言葉にちょっとだけ目を丸くして顔をリビングに向け、それから笑った。今日もユイネは柔らかな焦茶の髪を束ねて左肩に垂らしている。たまにはおろしたら? と言ったら今は梅雨時で髪がうねっていやなんだと眉を下げた。そんなのちっとも気にならない。僕は好きなんだけどな。


「うわ。美味しそうっ。旬だもんね、鯵。調理するの大変じゃなかった? テル君、ありがとう」


 嬉しそうにしているユイネが可愛くて、一生懸命に食べる君が見たくて、つい料理に力が入っちゃうんだ。


「ううん。全然平気。ユイネが美味しく食べてくれるから、僕嬉しいんだ」


 にっこりと笑ってユイネを見上げる。少しだけ耳を赤くして彼女は微笑んだ。


 ヨーコの行方は依然分からないままで、ヨーコの消息を知る人物からの連絡もまだない。何回かユイネはお母さんのお墓参りの為に故郷をたずねていたけれど、状況は変化しないまま季節は春から夏へと移り変わろうとしている。一向に進展しないヨーコ探しに最初の頃はユイネもやきもきしていた。だけどタロちゃんや僕がのらりくらりとしているので、最近では流れに身を任せている感じだ。

 ユイネがたくさん泣いた次の日、目を腫らして語った言葉はやっぱり優しさに満ち溢れていた。

 彼女は、自分を育ててくれた家族は大事な存在なのだと言った。


「あ! 唯音さんおかえりなさい。すみません、俺ゲームに夢中で……。手伝います」


 ユイネがテーブルに料理を並べていると、コーイチが傍へやって来た。


「あ、良いんですそんな。ゆっくりしてて下さい。いつもタロさんの相手させてしまってすみません」

「俺は全然……」


 お皿を脇にずらそうとしたユイネの手とコーイチの手が重なった。と思った瞬間、ぱっと離れる。二人はお互いにすみません、と気恥しそうに頭を下げた。見ているこっちが恥ずかしい。


「ユイネ。これも持っていって」


 キッチンから声をかけ、ユイネを呼び寄せる。僕は洗いものを済ませてエプロンで手をぬぐった。


「これ?」

「うん。ね、ユイネ。コーイチと毎日メールしてるの?」


 彼女はサラダボウルを両手で持ったまま首を傾げて僕を見下ろす。


「うん? ああ……そういえば毎日してるかな」

「ふうん……」

「どうしたの? テル君」


 ユイネが鈍感で良かった。


「最近コーイチと仲良いもんね」

「そ、そんな事ないよっ」


 慌てて否定するあたり、ユイネはとっても素直で正直だ。僕は距離を縮めて彼女を見上げた。ほっそりとした身体から良い匂いがする。


「ちょっと妬けちゃうな」


 途端にユイネは顔を真っ赤にして、固まった。


「ふふ。可愛い」

「テ、テル君」

「何?」

「タロさんがお腹空いたって叫んでる」


 おいまだか、と大声が響いた。

 ……まったくふがいない。タロちゃんの馬鹿。のんびりしてたらユイネは誰かのものになっちゃうよ。


 ねえユイネ。

 君のおかげでタロちゃんの守り人の力も、順調に戻ってきてるんだ。まだまだ完全ではないけど、こんなに力が漲っているのは本当に久しぶりの事だよ。だからきっと、そのうち僕も本来の姿に戻れると思うんだ。

 あんまりにもタロちゃんやコーイチが情けなくて任せておけなくなったら、僕が君をさらってしまおう。

 うん。良いアイディアだ。

 視線をふと僕の主に向ける。肩まである黒髪を一つに束ね、威厳のある均整のとれた身体(ユイネに言わせると、威圧感のある容姿らしいけど)に鋭い黒の瞳。男性的な線を描く輪郭。その美貌は異能の神の証。漆黒をまとう神だ。

 これだけ守り人の力が回復しているにも関わらず、少し様子がおかしい。それは彼の一部である僕にしか感じられない微々たるものだ。おそらくは、長くこの世界に留まっているせいだと思う。

 

 僕らの時は限られている。永遠に近い程の時を生きるくせに、限られているんだ。

 たった一人では保てない。抱える孤独に、強すぎる異能の力に、人々の願いに、押しつぶされてしまうから。守り人は完璧な力を持った不完全な神。

 彼はもう永い間、心と身体のバランスを崩したまま世界を守り、生き続けている。

 だから僕らは求めてやまない。

 傍にいてあたためてくれる存在を。その魂を。

 永い時を共に歩む、半身を。




 


 




 


 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


なんだかゆるーい三角関係。

あれ、これっていわゆる世間で人気の逆ハーってやつではないか!?

ユイネは人生最大のモテ期を迎えております。

なのに幸せそうに見えない(笑)


思いは恋に変わり、世界に色が戻る。第三部の開始です。



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