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026

 五歳の時、母を病気で亡くした。それから私は父に引き取られ、あの人外様が祀られていた神社のある場所から引越したのだ。母と父に何があったのかは分からないが、私が物心ついた時には既に二人は離婚していた。後になって分かった事だけれど、母は自らを蝕む病気がガンだと知った時点で父に連絡を取っていた。故郷のおじさんとおばさん達にこれ以上迷惑はかけられないと悩んだ結果だったのだと思う。それでも私を引き取りに来た父に、おじさんとおばさんは、うちで私を育てたいと申し出てくれたのだそうだ。

 父に引き取られた私は母の故郷よりは少しだけ都会の町へ移住した。

 そこには新しい母親と、腹違いの妹がいた。


 ただ黙々とやみくもに街路を歩き続けた。薄闇がおりて街灯に明かりがついても、足を止める事が出来なかった。喫茶店やレストランの前を幾度か通りすぎたけれど入る気にもなれず、すれ違う人の姿さえ見ようともせず、自分の少し先の道を見つめて歩き続けた。


 ぽす、ぽす、ぽす、ぽす……。


 スニーカーを履いている私の足音は、頑丈なアスファルトに染み込んでゆく。


 ぽす、ぽす、ぽす。


 大通りに突き当たり、横断歩道の前で立ち止まる。春先の涼しい夜風が通り過ぎ、私の髪を揺らした。

 信号機の赤色が、じんわりと滲んでいる。


 もしかしたら私は、あの頃から何も変わっていなかったんじゃないだろうか。

 上京して一人暮らしを始めて大人になっても、子どもの頃と何も変わっていなかったんじゃないだろうか。

 私は、ずっと…………。


「ユイネ!」


 ぱたぱたと足音が聞こえた。


「ユイネ。どうしたの? どこ行くの? 家はこっちじゃないでしょ」


 きゅっと腕が掴まれ、その感触に視線を腕に向けた。白くて綺麗な指先が見える。灰色のパーカーにジーンズ姿の華奢な男の子。可愛らしい顔がじっとこちらを見上げていた。


「テル君……」

「うん」

「どうして、ここに」

「分かるんだ。ユイネがどこにいるか」


 突然、テル君の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。


「テ、テル君!?」


 テル君が口元を持ち上げて微笑んだ。その美しい表情に息をのむ。天使のような男の子は私の首元に顔を寄せて、その両腕で私の背を包んだ。


「ユイネ……」


 つやつやの茶色の髪が顔に当たっている。柔らかかった。


「ユイネ、帰ろう。晩ご飯、出来てるんだ」


 しわしわになった私の心臓が、とくりと鼓動をうった。

 ……いいの?


「うん。だってユイネのうちでしょ?」


 でも。


「ごめんね、ユイネ。悲しい思いをさせて。泣かないで。……一緒に帰ろう?」


 実際に涙を流しているのはテル君だったのだけれど、それはきっと私の涙なのだろう。

 目を閉じてテル君の温もりに安堵しながら、小さな声で返事をした。


「うん……」


 それからテル君と手を繋いで来た道を引き返して歩いた。もう辺りは夜の闇に包まれていて、結局家に着いたのは一時間以上も後の事だった。帰った途端、お腹をすかせたタロさんに「遅い!」と叱られてしまった。けれどタロさんも食べずに待っていてくれて、夕食は温め直して三人でとった。


「だ、だから、もしかしたら私のせいでヨーコさんが……」


 ものすごく言い出しにくかった。

 夕食後、高級日本茶を味わいつつテーブルを囲んでいるひととき。私は自分の思いついた仮説「ヨーコさんが既に亡くなっているかも説」について、タロさんとテル君に説明した。話の途中でタロさんが怒り狂って暴れ出しはしないかとびくびくしながら。けれど二人の反応は、私が予想していたものとまったく違っていた。ぽかんとした表情で私を見つめ、それからタロさんがテル君を見下ろし、テル君がタロさんを見上げて数秒見つめ合い、また私に視線を戻した。


「何を言っているのか分からんが、ヨーコは生きているぞ。確実にな。いくら守り人の力が弱っているとはいえ、それくらい今の俺にだって感じ取る事が出来る。……まさかそんなくだらない理由で落ち込んでいたというのか?」

 

 ……はい?


 目を見開き、タロさんの色男顔を凝視した。開いた口がふさがらない。ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「くだらないって! ひ、ひどいですっ。分かってるんならちゃんと言ってくれなきゃ」

「ああ……。まさかお前がそんな風に考えるとは思わんからなあ。それに漆黒の珠にはそんな威力はないぞ。あれは半身の体内に入った時に力が発動されるようになっているからな。あるとすれば、お前の気が俺に届いていたくらいで、持っている者には何ら利点はない。お前の気のせいだ」

「そんなっ。だって私、わ、私のせいかと思って!」


 ああ何故だろう。今頃になって泣きそうになってきた。ヨーコさんが生きていると分かってほっとしたからなのか、タロさんの物言いがやっぱり失礼で偉そうで腹が立つからなのか、分からなかった。じわじわと目に涙が溜まってきて、慌てて手の甲で拭った。


「ちょっと! タロちゃんの馬鹿っ。ユイネを泣かせないでよ!」


 テル君が隣に座るタロさんの二の腕あたりをばしん、と平手でたたいた。


「面倒な。俺のせいではないだろうが」


 タロさんにはちっとも効いていないようだ。


「テ、テル君。良いの、もう。ヨーコさんが生きてるんならそれで……」

「ユイネ……」


 やっぱり私の気持ちはタロさんへの怒りよりも、ヨーコさんが生きていたという安心感の方が勝っていたようで、自然に口元が緩んで笑ってしまった。


「本当に……良かった」


 心の底から、そう思った。

 その時、大きな手の平が私の頭の上にぽんと置かれた。そのままわしわしとめちゃくちゃに撫でられ、髪がぐしゃぐしゃになる。


「ちょ、ちょっとタロさん。なにするんですかっ」


 タロさんの腕を押しのけて顔を上げる。


「ユイネ。お前は阿呆なくらいのお人好しだな」


 そう言って、タロさんが微笑んだ。目を細めてやんわりと笑うその表情は、普段のタロさんにはあり得ない程に優しいものだった。だからだろうか。心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走り、身体が硬直してしまった。


「気をつけろ。それでは悪い人間に良いように使われるぞ」

「わ、悪い人間って……」


 ぐいとタロさんがテーブルの上に乗り出し、彫の深い美貌がすぐ目の前に迫る。こちこちに固まった私はその切れ長の瞳を真正面から見てしまった。途端に赤面したのが自分でも分かった。


「俺のような奴だ」


 そして、にい、と意地悪く笑う。やっぱり彼は、かみさまではなく悪魔なのだ。


「顔が赤いぞ」

「あああ、赤くないですっ」


 邪魔者の私。

 だけど、もうあの頃みたいな何も出来ない子どもの私じゃない。

 ヨーコさんが生きているというのが分かって良かった。ヨーコさんとタロさんとテル君の間に割り込んでしまった私。邪魔者は邪魔者なりに、せめて何かで役立つ事が出来ればと思う。


 だってそうしたら、もしかしたら、タロさんとテル君が、ユイネと会えて良かったと、そう思ってくれるかもしれない。

 それならきっと、私という存在にも意味がある。そう思う事が出来る。

 



 



 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


次の更新、なるべく週一を目指して頑張ります。


ユイネ。勝手に巻き込まれた被害者なのに。不運体質ここに極まれり。

今後タロさん視点が入る予定でいます。


いつも読んでいただいている方々、どうもありがとうございます。嬉しいです。


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