7 主人公、クララ・パスカルが考えていること
王城の庭園が、ミカエルとクララがいつも過ごしていた場所だった。
季節の花が咲き誇り、色とりどりに目を楽しませてくれる。
ガセボには使用人達が用意したお茶やお菓子が用意され、最高級の味を楽しむことが出来た。
けれど、今日は違う。
街でクララが買ってきたチョコレートが出されていた。
ミカエルが好きだと攻略本に載っていたものだ。この国の特産品が練り込まれていて、クララ自身も好きだった。
ここのところ、他の攻略対象と過ごす時間を多く取っていたからミカエルを放っておいていた。
もうゲームのエンディング的な婚約式は迎えているから、あとは王太子妃として悠々自適に暮らすだけ。
他の攻略対象の好感度も上げておいたから、王太子妃として困った時もきっと力になってくれるだろう。
そして、違うタイプの男達が全員自分を好きという状況が最高に気持ちよかった。
クララとして転生する前……前の人生で学んだことは、ゲームの世界でも通じたらしい。
色んなアプローチを駆使すれば、自分を好きにならない男なんていなかった。
でも、それが上手くいきすぎた。
浮気相手同士が鉢合わせしてしまい、口論の末に自分が刺し殺されたのだ。
(……何も殺すことないじゃん)
自分は皆の愛に応えただけ。勝手に唯一になれたと思ったのは貴方たち。
どうせ、そのとき一番ひ弱な私に怒りをぶつけただけだ。
そして気がつけば、自分はゲームの世界にいた。
友達に勧められた恋愛シュミレーションゲームで、主人公のクララ・パスカルに転生していたのだ。
普段はゲームなんてしないのにストーリーが中々面白くて気がついたらハマっていた。
ただ、すべての登場人物を攻略する前に転生してしまった。
残るは王子、ミカエル・ド・フレー。
彼のルートは評判が悪く、後回しにしていたのだ。
だったら、この転生した世界で攻略すればいいんじゃない?
そして見事クリアした。
婚約までいって、この国で最高のポジションも得た。
でも、足りなかった。
ミカエルはつまらない男だったのだ。
顔は正統派美形。穏やかで優しい性格の正統派王子様。
とにかく正統派。
でも、色んな恋愛をしてきたから物足りなかった。
だから、つい出来心で他の攻略対象にも手を出してしまった。
その状況が刺激的だった。
ゲームでは必ず最後に一人を選ばなければいけない。
ゲームの進行上、両立は出来ず、基本は一人との恋愛を楽しむしか出来ない。
それが、この転生世界では複数同時進行を解禁出来るのだ。
最高に楽しかった。バレないように工夫して、それぞれが求める愛の言葉を囁いて。
ゲームには無い最高難易度をクリアして、満足感がすごかった。
けれど、終わってしまえば、自分のそばには物足りない王子様しかいない。
本当は満足しなければいけないのに、満足出来なかった。
このままつまらない生活を送るのだろうか、と思っていた時。
思わぬ出来事が起こった。
攻略対象の妹と、ミカエルが街を一緒に歩いていたのだ。
城のお付きの者達を引き連れていたので公務かと思ったが、ケーキ屋に行ったらしい。
そんなエピソードあったか?と記憶を辿っても、そんなものは無かった。
そもそもアランの妹自体、存在があやふやだ。
そして、久々にあったミカエルの様子が違ったところも目を引いた。
少し変わった髪型、服装。パッと見て前と同じように見えるのに、どこか印象が違う。
更に言えば、今の方が断然良かった。
(もしかして、エピローグのイベントが何かあって、ファンサービスがてらビジュアルが少し変わるとか?)
あれこれ考えても答えは出ない。
『ただの王子様』のミカエルが、抜け感が出て彼に似合うスタイリングがされて、自分好みの射程範囲に入ったのだ。
むしろ、他の攻略対象よりも好きなタイプかも知れない。
いつのまにかぼーっとミカエルを見ていたようだ。
ミカエルが静かな声で問いかけた。
「何を考えているんだい?」
我に返ったクララは慌てて笑顔を作って返す。
「ミカエルのことよ。なんだか、いつもと違うなと思って」
ミカエルは少し笑う。その笑顔も、今まで見たものでは無く、少し憂いがあった。
「……新しい自分を探してみたくなってね」
含みがあることを言って、それ以上は口を開かなかった。
わかりやすい王子様が、一筋縄では行かない男になっている。
(これからの人生も楽しめそう)
満足そうに笑うクララに、ミカエルは見定めるような視線を送った。