5 浮気現場に遭遇
やってきたのは王都の商業地区だった。
ドレスやアクセサリー、スイーツショップや紅茶専門店……多くの貴族が訪れる場で、国の流行が一同に集うところだった。
今日はミカエルはお忍びの格好をしている。ゲームでも主人公と街へ出るシーンがあるが、それとは違う格好だ。
先日の改造会議の案を採用して、きっちりと上まで止めたシャツのボタンを一つあけて抜け感を出し、ズボンも彼の長い足が引き立つデザインになっている。
お忍びならば目立たない格好をするところだが、どうせ彼の特別なオーラは隠せない。
それに、この商業都市はゲームでのデートスポットだ。
高位貴族達の遊び場としても有名なので、『どなたかがお忍びで来ている』と認識されるくらいだろう。
ニナもいつもよりは抑えたドレスを着ている。
元々が脇役だった彼女が落ち着いたドレスを着れば、それはモブキャラと変わらない。
攻略対象や主人公達とは違う存在なのだ。
転生しても、結局別の世界の人間。皮肉ではあるが、それでも良いと思った。
ミカエルが笑ってくれるなら、何だって良い。
ニナはミカエルに笑いかける。
「まずはスイーツショップに行きましょう!ここは季節のフルーツを使ったタルトが有名のようです」
店に入り、個室に通される。
今日行く店にはすべて事前に連絡をして、個室を用意してもらっていた。
「毒見役の方には事前に入っていただいております。では、楽しみましょう!」
ニナはミカエルに色んな種類のケーキを用意していた。それを一口サイズで特別に作ってもらい、お茶も色んな種類のものを準備してもらっていた。
前世のアフタヌーンティーのようなものをお願いしたのだ。
「すごいね。城の行事でも見ないものもある」
「王城のものは国の伝統に沿ったものが多いですからね。この店のものは、他国での流行も取り入れているようです」
「ニナは物知りだね」
ミカエルの賞賛に、ニナは照れて顔が赤くなる。
「さ、さぁ!気になったものをお取りください!」
「わかった。でも、ニナも一緒に食べよう」
そう言って、ミカエルはケーキを一つ自分に、もう一つをニナに差し出した。
下見に来ていて、すでに知っている味だけれど。
一口食べて、口の中に広がった味は以前とは比べものにならないくらい美味しかった。
店を出て、二人でそれぞれ感想を言い合う。
「気になるものはありましたか?」
「そうだね。僕はベリーを使ったものが好みかな。それに、花の香りがする紅茶も初めて飲んだけれど口に合った。ニナは?」
「私は柑橘系のタルトがさっぱりしていて好きでした!」
『好き』を語るミカエルは、ゲームで見たときよりもほんの少し幼い表情をしていた。いつもの完璧な王子様スマイルより、なんだか危うささえ感じる。
ニナは思わず心臓が高鳴って、咄嗟に視線を外す……が、そこに信じられないものを見つけてしまう。
ゲームの主人公クララ・パスカルと、ニナの兄アラン・ロシュフォールが仲睦まじく歩いている姿だった。
思わず絶句してしまったニナの視線に気がついて、ミカエルもそちらに目を向けてしまう。
「……あぁ、二人も来ていたんだね」
その声がどことなく沈んで聞こえて、ニナの怒りが沸点に到達する。
(あのクソ兄貴、何してんだよ!)
大声で怒鳴るところだったが、なんとか押しとどめる。
二人はお忍びの様子だったが、見目麗しい外見だ。自然と目立ち、街の人の視線が集中してしまっている。
だが、それを楽しんでいるのか、それとも互いしか目に入らないのか。どう見ても恋人の距離感で、腕を絡ませながら店に入ろうとしていたが。
ようやく自分達に向けられる視線に気がついたのだろう。
二人の視線がこちらに向いて、驚愕の表情が浮かんだ。
中央にある噴水越しに、互いの視線が交差する。
張り詰めた静寂が流れたが、一番先にそれを破ったのはアラン・ロシュフォールだった。
「ミカエル、ニナ、二人一緒で一体何を……?」
困惑の表情を浮かべながら、クララを連れ立ってこちらに歩いてくる。
一体何を、とはこちらの台詞だ。
王太子の婚約者と二人で歩いているなんて不敬にもほどがある。
ニナとミカエルは二人だけでは無く、使用人や護衛騎士も連れているが、クララとアランはどう見てもデートのように見える。
ニナは精一杯の笑顔を見せながら逆に質問をする。
「お兄様こそ、クララ様とお二人で何をしていたのですか?」
いつも控えめな妹から直球の質問をされるとは思わなかったのだろう。アランは狼狽した。
「ぼ、僕はクララに頼まれて買い物に出たのだ。今後、王太子妃として忙しい日々を過ごすだろう?その前に、学生らしいことをと」
「学生らしいことが、護衛もつけずに二人で外出することですか?」
「僕の力があるのなら護衛などいらない」
ちょっとした兄弟喧嘩のようになってしまった。
その二人のいがみ合う空気を壊したのは、黙っていたクララだった。
「ご、ごめんなさい!私がわがままを言ったばかりに……!ミカエルに何かプレゼントをしたかったの。この前のパーティーですれ違って二人の時間が取れなかったでしょ?だから、そのお詫びをと思って……」
そう言って、クララが差し出したのは、ゲーム上でミカエルが好きなものだった。
高級チョコレート。
この街の有名な店のパッケージで包装されていて、確かにゲームで見たことがあるものだった。
そもそも二人の時間が取れなかったのは、自分が攻略対象と浮気していたからだろうとツッコミたかったが、この中で一番立場が低いニナが口を挟むことは出来ない。おそらく、放っておいて好感度が下がったのを挽回しようとしているのだろう。ついでに、浮気デートも楽しもうというところか。
(この主人公、大分性格悪いな)
ゲーム上ではチョコレートをプレゼントすると、ミカエルの好感度が上がる。受け取って、華が咲くような笑顔を向けるが……。
「ありがとう。でも、今甘いものを食べたばかりだから、後でいただくよ」
ミカエルが言うと、そばに仕えていた使用人の一人が静かに動いて、クララから包みを受け取って下がった。
エンディングを迎えるほど好感度を高めた主人公からのプレゼントを、自分の手で受け取らないなんて。
あっけに取られたニナだったが、それはクララも同じだったらしい。
おずおずと口を開いた。
「あの、ミカエル怒ってる?アランとはね、ただの友達だよ?もうすぐ学園を卒業するでしょ?そうなったら、彼らとは簡単に会うことは出来ない。だから、こうして最後の思い出を作っているの」
そう言ってうるうると目に涙をためてミカエルを見つめる。
そばで見ていたニナもひるむ可憐さだった。主人公パワーとはこういうことなのか。
けれど、それはミカエルには通じなかったらしい。
「そうか。楽しかったかな?」
「……えぇ!こうしてミカエルにも会えたから、より楽しい思い出になりそう!よかったら、ミカエルも一緒に行かない?……よろしければ、ニナ?さんも」
おぼつかなく呼ばれ、自分は名前覚えられていないんだなと冷静に受け止める。脇役だから当たり前だけれど、一応アラン・ロシュフォールの妹ということで何度かイベントには出てきたとは思うが、覚える必要も無い存在だと思われているのだろう。
仕方ない、と思う反面、腹立たしくもなった。
藤川明日香として生きてきたが、ニナ・ロシュフォールとして生きてきた日々も頭や心に残っている。
優秀な兄に比べて、ニナはロシュフォール家でいないもの扱いされていた。
時期当主として期待されていたアランは英才教育を施されて親からの愛情も一身に受けていた。
けれど、ニナは女だから教育はそこそこに社交の場に連れて行かれるだけだった。
けれど、ニナの部屋にはいくつかの本があった。領土運営の基礎、農作物の特徴、お金の管理や計算方法などの本がそこかしこに隠されていた。
おそらく、ニナ自身はそういったことに興味があったのだろう。
華やかな未来を約束され、周りに頼る者も多い兄と違い、公爵令嬢として何か出来ることがあるかを堅実に考えていた。
日記には、家族とわかり合えないことの悲しみと失望が記されていた。
そんなニナ・ロシュフォールから見て、クララは憧れだった。
しがらみにまみれて、親の言いなりに生きるしか無い自分に比べて、彼女は自らの持つ特別な力で道を切り開いていった。いつも笑顔で周りを引きつける力は、ニナには持たないものだった。
アランが時折クララを連れてきて、ロシュフォール家でお茶をすることがあった。
自分にはあまり笑顔を見せない兄が、クララには優しく微笑む姿を遠巻きに見るしかなかった。
時折、ニナはお菓子を差し入れがてらクララに話しかけることがあった。邪魔されたくないアランにすぐに追い出されてしまう。
追い立てられるニナに、クララは時折こちらに笑顔を見せてくれた。
それで、ニナは勘違いをしてしまったのだろう。
自分はクララとほんの少しは仲良くなったのではないかと。
けれど、彼女は名前すら覚えていなかった。
自分はニナ・ロシュフォールではない。けれど、もう一人の自分という感覚は芽生えている。
だから、ニナをないがしろにされることに怒りを覚えた。
「……いいえ、結構です。お二人の邪魔をする訳にはいきませんから。アランお兄様と一緒に帰ります。ねぇ?お兄様」
突然話を振られたアランは驚いて声を上げる。
「ぼ、僕も?」
「当たり前でしょう。王太子様と婚約者様の邪魔をするわけにはいきませんから」
隣に立つミカエルのことを考えた。
浮気相手と三人でデートなんて考えられないだろう。
横目でチラリと見たが、ミカエルの表情は変わらなかった。いつものように完璧な王子様スマイル。
彼が何を考えているかは本当のところは分からないが、それでも自分事として考えれば、この状況を変えたいと思う。
自分が悪者になっても構わない。
「王太子様の邪魔をするなんて、ロシュフォールの次期当主としてそんな行動する訳無いわよね。クララ様もご迷惑だったのでは?でなければ、婚約者がいる身で二人で街に出るなんてことはしないでしょうから」
遠回しに浮気してんじゃねぇよ、と言ってやる。
アランも意図が分かったのだろう。怒りで目が燃えるのがわかる。
おそらく、彼の中ではクララと相思相愛だ。それを浮気相手のように言われたことに怒りが沸いたのだろう。
事実そうなのだが、自分が見えていないのだ。
アランは生まれてからずっと大切にされ、家の中心で主役だった。
だから、浮気相手ではなく「自分は悲劇の恋愛の主人公」という認識だったのだろう。
かろうじて王太子の前で声を荒げてはいけないとこらえたが、いつも浮かべる冷静な表情は崩れていた。
ことの成り行きを見守っていたミカエルが声をかける。
「では、今日はここで終わりにしようか。……クララ、この後時間はあるかい?」
ミカエルが極上の笑みを浮かべる。それはゲームで好感度マックスだったときに出る、眉がほんの少し下がる柔らかい笑顔。
それが、自分ではない人に向けられることに、ニナの心臓が小さく疼く。
そうだ。あの笑顔は『クララ・パスカル』のもの。
脇役の『ニナ・ロシュフォール』のものではない。
ゲームでは見られないミカエルの表情を見ることが出来て、そして彼を少しでも魅力的に出来たと思い上がっていたのかもしれない。
ニナは頭を下げた。
「では、私と兄はこちらで失礼します」
「おい、僕は……!」
何か言いかけたアランに、ニナは静かににらみつける。今まで見たことがない妹の表情に、それ以上何も言えずにアランは黙った。
そして、ミカエルとクララが二人並んで歩いて行く姿を見送る。
ゲームでは、隣に歩いていたから彼の横顔しか見られなかった。
だから、二人の後ろ姿がこんなに絵になるなんてこと、ニナじゃなければ気がつかなかった。