4 魅力改善会議
「まずは衣装の緑を少しだけ変えてみるのはいかがかなと思いまして」
ニナの提案に、また空気がざわつく。
それに意を唱えたのは、王都で一番人気の店を持ち王族専属の衣装係に上り詰めたベアトリスだ。
「緑は王族の色です。それを外すことはありえません」
それに周りの者達がうなずく。
ベアトリスの言うように、緑はこの国の象徴の色で、王族しかまとえない色だった。国の領土に豊かな森が多く、王族の反映を願う巨木が城にあることで、その葉をイメージした色を身につけるようになったのだ。
まだ国が小さかった頃、初代の王がその木の前で国の発展を誓って以来、緑は王族の色と『言われている』。
ニナは話し始めた。
「この場を開いていただくにあたり、ロシュフォールが所有する文献を読みあさりました。その結果、三代目、五代目の王は緑を身につけていない描写があったのです」
ニナの生家、ロシュフォールも建国以来続くの由緒正しい家だ。所有する書物は膨大で、王城に保管されている歴史書の数はひけを取らなかった。
ニナは、臨時ボーナスという名の力で集められる使用人を総動員して、その書籍の中から王族の衣装に関する記述を探したのだ。
そもそも、初期はそこまで緑に対してこだわりは無かったのだろう。
三代目は木の伸びる先は空、として青を好んで着ていたようだし、隣国との戦争が発生していた五代目は戦死者達の喪に服すという意味で黒い服を着ていたようだ。
歴史が積み重なるにつれて、いつの頃からか王族は緑という慣習が出来た。
衣装係のベアトリスは困惑しながらも反論する。
「過去二人いたからといって、今は緑を使うことが慣例です。それを破るのも……」
ニナもうなずく。
「慣例を破るのは難しいですよね。ですが、公的な決まり事を総ざらいしても、『衣装は緑に限る』とは書かれていなかったのです。……私は、緑は止めようと言っているのではありません。少し変えてみようと提案したいのです」
一息ついて皆を見つめる。
先程までは疑いしか無かった視線が、少し変化していた。
続けて話す。
「緑にも色々ありますよね。今の殿下のお召し物は原色の緑。ですが、淡いものや青みがかったものなど緑にも多くのものがあります。それを候補にしてもよいのではと思っているのです」
ニナはミカエルに頭を下げつつ、ミカエルの外見について言及した。
「殿下は髪の色がグレーがかった茶色。目は薄い青。全体として青をベースに淡く優しい色をお持ちです。原色の緑ですと、殿下の美しい色味を覆い隠してしまっているように思うのです」
ミカエルは、前世の知識でいえばブルベというやつだ。
原色カラーだと負けてしまい、本人の印象がぼやけてしまう。同じ緑でも、淡い色の方が彼の雰囲気にも合っていると思ったのだ。
ニナは続ける。
「淡い色にすることで、殿下の魅力がより伝わると思っています。……皆さんもそうではありませんか?」
思うところがあったのか、ベアトリスは口をつぐみ、周りもはっとした顔をしていた。
言いたくても言えなかったことなのかもしれない。
立場があるものだけが言えることもある。だからこそ、公爵令嬢であるニナが口火を切る必要があった。
だが、ニナは内心冷や汗を垂らしていた。
本人の前で今までのそんな似合ってないよね~というようなことを言ったのだ。
好感度は落ちたとか言うレベルではなく、王族不敬罪で処刑される可能性だってある。
恐る恐る振り返ってミカエルを見た。
怒った顔をしているだろうか、と予想していたがそんなことはなく。
「新しいイメージ、楽しみだ。それに、皆が私のためを思って考えてくれるものならどんなものだって嬉しいよ」
そう言って、ミカエルは柔らかく笑った。
ニナはその笑顔を見て、思わず泣きそうになった。
そうだ。ミカエルはいつだって優しい笑顔を向けてくれていた。穏やかな言葉遣いで、いつだって周りを気遣い支える。
今だって、彼の一言で緊張感が和らぎ、自分達の進む道は間違っていないと示してくれる。
涙ぐんだニナを見て、ベアトリスは苦笑した。
「公爵令嬢であるニナ様にお伝えするのは僭越ですが……泣くのはまだ早いですわ。私たちは新しい道を開拓して行かなければならないのですから」
そう言って、ニナにハンカチを手渡した。
その場にいた者が、ニナはミカエルのことを心から思っているのだと伝わったのだろう。今まで口をつぐんでいた者達が次々と口を開いた。
「淡い色、いいと思います。最新のカラーカタログ持ってきます!」
「私も、布の一覧を持ってきます。光沢感も重要ですよね!」
動き出した流れの中で、当然疑問も生まれる。
「でも、華やかな場で淡い色は時に負けてしまうこともありますよね……」
懸念をニナは別案で答えた。
「緑をまとった宝石を身につけるのはどうでしょう?エメラルドなどで緑の華やかさを出すのです」
それにベアトリスがうなずく。
「いいですね。殿下の衣装予算は使い切れなかったものは持ち越されます。現在、宝石を買うのに十分な予算が余っているのでそれを当てましょう」
次々と出てくるアイデアをベアトリスが書き留めてていく。
ミカエルの髪型の試行錯誤まで始まり、その日の会議は夜遅くまで開かれた。
「眉毛まで手を加えられるとは思わなかった」
ミカエルはショーウインドウに写った自分を見ながら、クスクスと笑った。
ニナはそれに頬をかきながら答える。
「すみません、盛り上がってしまって……不敬罪でしたら処罰してください」
「しないよ。自分でも良くなった気がすると思うから」
前回の会議では、ミカエルの眉にまで改善の議題にあがり、「今でも完璧ですが、上の部分を気持ち整えましょう!」「より殿下の魅力が伝わります!」「更に麗しくなるでしょう!」と盛り上がり、ミカエルの髪のスタイリングを担当しているクリストフが震えながらカミソリで整えた。
といっても、すでに美しい眉だったので気持ち変えたくらいだ。
けれど、前よりもミカエルの優しい雰囲気が伝わるようになった。
「……そして、今日は『隙』を作る日だったかな?」
「そうですね。『隙』というよりは『好き』ですけれど」
ミカエルを改造するにあたり、文献を読みあさっていて気がついたことがある。
王族の好みが皆共通していたのだ。そしてゲームで公開されているミカエルの好みも同じものだった。
それに気がついた時に思ったのだ。王族はその立場から個人の情報を開示することはない。
好きなもの、嫌いなもの一つで貴族との関係や、果ては他国との関係にだって影響するかもしれない。
改めてミカエルの好きなものを思い出してみれば、この国の特産物だった。
先日の改造会議を通しても、ミカエルは自分自身の好みは決して言わなかった。
……というより、好きなものが無いように思えた。
改造会議が終了して、二人になったときにニナは訊ねた。
「今日のスタイリングは好きですか?」
「そうだね。今までと違う自分で新鮮だよ」
「候補がたくさんありましたが、どれが一番好きでしたか?」
「どれも魅力的だったよ。皆がたくさん考えてくれて嬉しかった」
ニコニコと笑うミカエルだが、その笑顔が完璧過ぎた。
彼の完璧さは、壁にもなるし、人としての深みが伝わらないと身分不相応にも思ってしまったのだ。
ニナは頭を下げながら提案した。
「次は、殿下の『隙』を作りに行きませんか?」と。
街の視察を通じて改めて国の発展を考える、という名目だったが、ミカエルには本心を伝えていた。
「ミカエル様のお好きなものが増えればいいなと思ったのです。これから更にお忙しくなっていくにあたって、気が休まるようなものがいくつもあればと思い……」
「その心は?」
「ギャップがあった方が良いかなと思いました」
この前の会議を経てミカエルが、心を許しているのをニナは感じていた。
ゲーム終盤に見ていた、こちらに愛を囁くミカエルとも少し違う等身大の姿のようで、ニナは嬉しさをかみしめる。
(ほら、ミカエルはこんなに魅力的)
押さえていた笑みがこぼれてしまったのだろう。
ミカエルがニナに笑いかけた。
「ニナは何が好きなのかな?」
「私ですか?」
「参考にしたいなと思って」
ニナは考え込み、そして無言になった。
ニナ・ロシュフォール。彼女の好きなものなんて知らない。脇役令嬢にプロフィールなんて用意されていないのだ。
では、前世の藤川 明日香は?
明日香もまた、社畜時代が過酷過ぎて体質が変わったのか、学生時代に好きだった甘いものは好まなくなったし、休日楽しんでいた映画や読書とも縁遠くなっていた。
平日は終電まで会社。休日は貯まった疲れを一日寝て消化する。
そんな毎日を送ったことで、好きなものなんて忘れてしまった。
唯一残っていたのは。
ニナは目の前のミカエルを見る。
好きなのは彼だけ。それ以外なんて何も無かった。
「ニナ?」
ミカエルの問いかけに我に返り、ニナはごまかすように笑った。
「すみません、改めて私も好きなものってなんだろうって。ミカエル様に提案しておいて恥ずかしいですね」
その笑顔に思うところがあったのだろう。ミカエルは包み込むような笑顔を向けた。
「では、二人で探しに行こう。新しいことに挑戦するのって久しぶりだから、わくわくするよ」
その笑顔に浄化されて、落ち込みそうになったニナの心が晴れていった。
丁度良いタイミングで目的地に着いたのか、馬車が止まる。
「さぁ行きましょうか!」
再び元気になったニナにミカエルも笑いかけた。