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3 ブラック企業勤めの経験を生かして


ニナが痛む頭を抱えて目覚めた場所は、王城の一室だった。

呆然としつつ、昨晩の自分の失態を思い出して頭を抱えていたところに、訪問者を告げるノックが聞こえた。

恐る恐る応答すると、やってきたのはミカエルだった。


「目が覚めたようだね。気分は?」


そう言いながら、水を差し出す。

王族に水を持ってこさせてしまった。ニナはぶるぶると震えながら受け取る。


「た、体調は大丈夫です……昨晩は大変失礼いたしました」


うなだれながら謝罪するニナに、ミカエルはクスリと笑う。


「昨日の姿とは大違いだね。君とはきちんと話したことがなかったから、どちらが本当の君なのだろう」


「……お酒で気が大きくなっていたようです。申し訳ございません……」


縮こまるニナに、ミカエルは笑いを穏やかなものに変えた。


「そんなに恐縮しないで。……私は、嬉しかったんだ」


「嬉しい?」


「私は立場上、あまりマイナスの感情は出せないだろう。だから、君が代わりに怒ってくれて嬉しかった」


ミカエルはそう言って、少し寂しげな表情をする。

王族は個人の感情を表に出してはならない。立場が上であればあるほど、国に大きく影響が出るからだ。

周りの貴族達がその感情を利用して、自分達のいいように動き回るかもしれない。彼の感情を免罪符にして。


ミカエルはすぐに切り替えて、ニナに問いかける。


「それで、私をぷろでゅーすしてくれるんだったね?」


酔った時の言動を素面の状態で聞かされるのは、どんな場面でも恥ずかしいものだ。たとえ異世界であっても。

けれど、言動を撤回する気は無かった。

口に出した言葉はもう戻らない……というのもあるが、現状を整理すれば我がロシュフォール家の馬鹿兄が王子の婚約者に手を出した状況だ。

良くて爵位を下げられる。悪くて、本人の首が切られるということだ。

そんな家の末路は悲惨なものだろう。張りぼての爵位にすがりついて、悲惨な人生を送るかもしれない。


なら、自分のやりたいようにやるしかない。


そもそも、異世界への転生をしたのだ。自分の最愛の人がいる世界に。

神様の気まぐれとも言えるチャンスを無駄にしたくない。


ニナは居住まいを正して、ミカエルに向き合った。


「昨晩は不躾な言動をしてしまい、申し訳ございません。どのような処罰も受けます。……ですが、もしご慈悲をいただけるなら、ミカエル様が更に輝けるようになるお手伝いをさせて頂きたいのです」


ミカエルはそれに微笑む。


「わかった。……けれど、王城で働くにあたって、まずは君の力量を証明してほしい。王子だからといって、人事の采配には簡単に口を出せないからね」


ミカエルの言うことも最もだ。王城で働くことは、爵位が低い貴族や平民が憧れる職業だった。

主人公達が通う学園でも、爵位が低いが成績優秀な貴族の子息達が王城で働くために切磋琢磨している。公爵家の令嬢だからといって、何の実績も無ければそこに食い込めない。

ニナの記憶をたどれば、彼女は学園でも目立ったことはしていない。ゲームでも攻略対象の兄であるアランとデート中にすれ違う……くらいの登場具合だ。


ニナは真摯に頭を下げた。


「ありがとうございます!結果を残せるよう頑張ります。……もしご満足いただけなかったら」


「満足しなかったら?」


「兄の首を差し出します」


「……首は……いらないかな」





それから一週間後、王城の一室に集められたのは、ミカエル専属の衣装係やスタイリスト達だった。

誰もが古くから王城に仕える者達で、ニナよりも一回りも二回りも上の者ばかりだった。皆実績を積んで、ようやく王子の専属となった。

国を代表する者ばかりだ。


だから、突然やってきたニナに向けられる視線は厳しかった。


ミカエルがそんな空気を打ち払うように挨拶をした。


「皆、突然すまない。今日はロシュフォール公爵令嬢から、私の服などで提案があるということで、話を聞いてもらえればとこうして集まってもらった」


ミカエルの言葉で場がほんの少し緩む。けれど、依然としてニナとの距離は遠かった。

当然だ。


ニナとしては想定内だ。ブラック企業勤めの日々を思い出す。

突然やってきた新人、それも自分達には関係ない職種から実績も無くコネでやってきた。警戒するのも当然だろう。


まずは、彼らに自分は敵意が無いと知らせなくては。

ニナは極力真摯な表情を浮かべて、口を開いた。


「お忙しい中、突然お時間を頂いて申し訳ありません。そして、服の提案という皆さんの領分に口を出す真似をお許しください」


そこまで言うと、ニナは笑みを浮かべた。

本来ならば、ここは頭を下げるべきだろう。けれどそれはしない。


「王家に長く仕えてきたロシュフォール家の者として、皆様のお役にも立てることがあるのではないかと思い、殿下にお願いしてこの場を設けていただきました」


公爵令嬢、ニナ・ロシュフォール。

建国以来ずっと王家に仕えてきた四大貴族の者。


それを含めた言葉に、先程までこちらを見定めるような目を向けていた者達が居住まいを正した。


そう。卑屈な態度を取って侮られては仕事がしづらい。

だから、自分には礼を持って接しなければいけないと線引きをしたのだ。自分の目標はミカエルを今よりも魅力的にすること。

最短でそれを叶えるならば、実績を積み上げて信頼を築くという正当ルートをたどっている暇はないのだ。


けれど、悪感情を与えてもいけない。

ニナは頭を下げる代わりに目を伏せた。


「皆様が日頃、最高の仕事をされていることは分かります。……そして、自分のセンスを発揮するだけで無く、王家の習わしも考えなければいけないことも」


そう。王家の装いには様々な制約がある。

場にあった服装はもちろんのこと、時には過去の歴史にに基づいた服を着なければならない。色や形……好き勝手に着られるわけではないのだ。

ミカエルにもっと似合うものがあるのに。それを着せることが出来ないことに一流の仕事人なら、歯がゆい思いをしたことがあっただろう。

それに共感を示す。


一歩引きつつ、下にはならず、寄り添う。


社畜時代に身につけたものだ。辛い仕事の時間を少しでも楽にするために試行錯誤したものが、異世界でも通用するかはわからない。

けれど、持てるものはすべて使わなくては。


その様子を見ていたミカエルが、助け船を出してくれた。


「ということだ。私も、今後は王となるべく『王子』のイメージから少し変わっても良いのではと思っていた。皆で協力といこう」


それがかけ声となって、その場にいた者達はニナを受け入れる顔となった。

ミカエル改造会議が始まった。



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