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1 転生先で推しが浮気されていた

「ミカエルと結婚すれば、王妃の力であなたを支えることが出来る。……だから、私のことを待っていて」


悲恋を感じさせる台詞を聞くのは3回目だった。

その日は、この国の王子と結ばれることになった男爵家の令嬢の婚約披露パーティだった。


通常、王子と結婚できるのは爵位が上の家の令嬢達だ。

だから、男爵家の娘との婚約が決まったときは国中に激震が走った。


なんでも、王子が通う王立学園で出会い、優秀な生徒だったことから学園の生徒会に入り、そこで親交を深めたのだという。

王子だけでなく、国の四大貴族の令息達とも仲が良かった。

爵位が下位にかかわらず、今では王妃を除いてこの国でもっとも影響力のある女性だった。


かわいらしく、理知的で、ちょっと抜けていて。

皆が彼女を好きだった。……一人を除いては。



バルコニーでワイングラスを傾けながら、ニナ・ロシュフォールは闇夜に逢瀬を重ねる二人を見ていた。

隠れているつもりなのだろうが、ニナがいる位置からはバレバレであった。おまけに盛り上がって声もでかいので会話が筒抜けである。


浮気カップルのお決まりの台詞のようなことを言っている

そのうちの一人が、そう。話題の男爵令嬢クララ・パスカルだった。


彼女が「私を待っていて」と言った相手はそうそうたるメンバーだった。


モーリス・ボーヴォワール

ジャン・スアレム

ミシェル・ラコスト


3人とも四大貴族の令息達だった。

見目麗しく、才能にあふれた四人が同世代に生まれたことは国の中でも慶事とされ、同じく同年齢の王子を盛り立ててくれるだろうと期待をしていたが……。


どうやら、彼らの共通点は年齢だけではなく女の趣味も同じだったらしい。


ニナはため息をつきながらワインを口にする。

「このゲームにハーレムエンドなんて無かったわよね?ミカエル王子と婚約したのに……」


疑問を口にしながら、思わず天を見上げる。

「とりあえず王子ルート確定させて、でも他の攻略対象もキープしとくとか?クッソふざけてる」


思わず手に力が入り、持っているグラスにヒビが入った。


ハーレムエンド

王子ルート

攻略対象


そう。この世界は恋愛シュミレーションゲームの中だった。




藤川 明日香はブラック企業で働く社畜だった。

業務量が膨大なことに加えて、パワハラ上司、性悪な同僚、憎たらしい後輩と人間関係も最悪な会社だった。終電で帰り、休日は寝て過ごす日々。

そんな明日香の唯一の癒やしが、スマホでやる恋愛シュミレーションゲームだった。

『運命のコンパス ~世界をあなたと切り開く~』というタイトルのゲームは、SNSで話題となり多くの人がプレイしていた。


ゲームは通勤電車の中で出来る手軽さで、忙しい日々の中に入り込み、いつしか明日香の日常の一部になっていた。

攻略対象と恋愛をすることももちろんだが、その重厚なストーリーも気に入っていた。

平和な国にある日突然降りかかる災害や困難。それを攻略対象と共に立ち向かい、最後には恋に落ちる。

攻略対象のルートごとに見える物語が違うため、全ての攻略キャラクターとのエンディングをクリアするプレイヤーが大半だった。

辺境伯とは他国との戦争の前線に立ち、魔道士とは国を守る召喚獣を探しに行き……と、攻略キャラクターごとのルートで一つのゲームが出来るのではないかというくらいボリュームがあった。


だが、このゲームで唯一の欠点と言われているものがある。


王子ルートだ。


他の4人の攻略対象に比べて影が薄い。

前線に立ち、物語を進めていく4人と違い、王子は王道恋愛シュミレーションゲームのストーリーだった。

普通の恋愛シュミレーションゲームのキャラクターだったら、人気になっただろう。けれど、重厚なストーリーが話題になり、それを目当てにゲームを始めたプライヤー達には物足りなかった。

攻めたキャラクターデザインや好きな人にはどうしようもなくツボに入る性格設定の4人と違い、王子はよく言えば王道。悪く言えばありきたりだった。


学園で出会い、国の一大事に王子として取り組む彼をサポートしつつ、甘い恋愛を楽しむルート。


前線で立つ彼らと違い、起伏がないストーリーに、いつしかSNS上では『暇つぶしルート』と揶揄されるようになった。


人気が無い王子ルート。

けれど、明日香は一番好きだった。


普段、せわしなくしんどい生活をしているからかもしれない。

4人の攻略対象は魅力的だったが、彼らの性格設定は会社の人間を思い出させた。

俺様キャラはパワハラ上司、ツンデレキャラは性悪な同僚、ミステリアスキャラは何を考えているかわからない後輩……。

ふとした台詞で奴らの顔を連想してしまい、ゲームの話としては面白いが、彼らとの恋愛は楽しめなかった。


もう止めようかな、なんて思いながら最後に期待せずにプレイした王子ルート。

それが明日香を癒やしてくれた。


いつも微笑む彼との穏やかな会話。理知的で、国の有事に冷静に対応している姿。

それをサポートするのが楽しくて、何度も繰り返し遊んだ。


楽しみ尽くした後、他の人の感想を知りたい!とSNSで検索して愕然とした。

王子ルートの酷評ばかりだったのだ。

楽しくない、魅力がない……と悪い感想ばかりだった。

良くて、裏ストーリーとして補足がてらプレイするのはいいかなという感想くらいだった。


(え、この世で王子のこと好きなの私だけ?)


ショックを受けながら歩いていた深夜の帰り道、運転操作を誤った車にひかれ、藤川明日香は死んだ。

死ぬ間際、遠くなる意識の中で考えたのは、「彼の魅力を皆分かっていない」ということだった。




そして、目が覚めるとその『運命のコンパス ~世界をあなたと切り開く~』の登場人物に転生していた。


目覚めた時は、阿鼻叫喚だった。


「ここどこ!?なんだ、この豪華な部屋!?あなたたちだれ!?なんで髪色グレーになってんの!?白髪!?」


明日香は目に映るものすべてに大騒ぎをしていると、何事かと駆けつけた人に見覚えがあった。


「アラン・ロシュフォール……」


明日香のつぶやきに、当のアランは怪訝な表情を浮かべる。


「何を騒いでいるんだ、ニナ。頭でも打ったか?」


そう言われて、よろよろと鏡に向かって歩く。目に映ったのは『そういえば、なんか見たことあるな』という顔。

アラン・ロシュフォールのルートをプレイしていると何回か出てくる彼の妹。


ニナ・ロシュフォールだ。


状況を理解仕切れず、脳の処理能力を超えて三度も気絶する内にようやく自分の状況を受け入れることが出来た。

明日香は『運命のコンパス』の中の脇役令嬢、ニナ・ロシュフォールに転生した。


そして、目が覚めた時はゲームのエンディングを迎える間近だということも。


家族の食事の際に、それとなく攻略対象のアランと話すうちに得られた情報からの推測だ。


話を聞いていれば、ゲームの主人公であるクララ・パスカルは、王子を選んだらしい。


暇つぶしルートと言われ、不人気の王子キャラ、ミカエル・ド・フレー。

もうまもなく、二人の婚約が発表されるパーティーがあるのだという。攻略対象であるアランと共に、ニナも出席する予定なのだとか。

ニナは二人の婚約を知って、心の中で主人公のクララに喝采を送った。


(見る目あるじゃん!!!!!!!)


声を大にして叫んで、主人公を抱きしめたかった。

転生前でも、ミカエルのファンは一人も見つけられなかった。初めて出会うことが出来るかも知れないミカエルを好きだという人。

嫉妬や妬みは浮かばなかった。ようやく同好の士に出会えたという嬉しさのほうが勝っていた。


実際、パーティーで二人を見たときは感極まって涙があふれてきた。


何より、ミカエルが目の前に存在して、息をしてしゃべっている。

ニナの体に叩き込まれていた貴族マナーをフル動員して、なんとか挨拶をしたが、記憶が正直無い。

おそらくぎこちない動きになってしまっただろうが、ミカエルは表情を崩さすに声をかけてくれた。


ニナは碌な会話も出来そうも無く、このまま失態を犯して二人の門出を邪魔する訳にはいかないと、頭を下げてその場を離れた。

ふわふわとした感覚が抜けず、火照った顔を冷ますためにバルコニーに出る。


ミカエルもクララも素敵だった。

穏やかな王子と、誰もが引きつけられる輝きを放つ主人公。

その二人を皆が祝福している。


『暇つぶしルート』なんて揶揄されていたミカエルなんていなくて、世界の中心で輝いてる彼の姿を見られたことが何より嬉しかった。



……それなのに。


そのバルコニーの下で、主人公のクララは堂々と浮気をし出したのだ。

初めは聞き間違いかと思い、ニナは青ざめて震えていたが、それが三人にもなると怒りで震えていた。


パーティーの主役が長い時間離れるのはまずいからか、短時間でそれぞれをブッキングしたためか、場所を変えずに入れ替わり立ち替わり攻略対象がやってくる。

誰一人として被らなかったのには、スケジュール管理能力の高さにアッパレだ。

クズの能力だが。


頭に来すぎて、ため息をついた。

転生したのは、ミカエルと主人公二人の幸せな姿を見るという、神様からのプレゼントだと思ったのに。

まさか、こんなものを見させるなんて。


これ以上ここにいられない。このままだと、怒りで我を忘れて、グラスを二人にぶん投げてしまいそうだった。

ため息をつきながら振り返ると、ニナの体は硬直した。



そこにいたのは、ミカエル・ド・フレーだった。



彼は静かな表情でニナを見つめている。

月明かりに照らされた姿は、清廉さを醸し出していて見惚れてしまう……が、今はそれどころではない。

彼が今来たばかりなら、下のゲス二人の会話を聞かせてしまうことになる。


ミカエルの傷ついた顔を見るのは嫌だ。


ニナは咄嗟にミカエルのそばに寄って、何か理由をつけてバルコニーから立ち去ってもらおうとしたが、一歩遅かった。


「クララ!会いたかった!」

「アラン!私もよ!あなたに抱きしめられるのを待っていたの!」


ニナの耳に届いた二人の声。

最後の相手……ニナの兄、アラン・ロシュフォールが来たようだった。

どう聞いても恋人同士の会話を聞いてしまい、ニナはミカエルの顔を見ることが出来なかった。

婚約披露パーティで、婚約者が浮気しているなんて。それも、浮気相手は親友であり、将来自分を支えてくれる忠臣。


どうしよう。どうすればいい。


ニナは混乱して、ぐるぐると考えた頭で口を開いた。


「我が愚兄が申し訳ございません。責任もって首を切り落とします」


そう言って、持っていたグラスをバルコニーの手すりにたたき付けた。


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― 新着の感想 ―
>スケジュール管理能力の高 >さにアッパレだ。 >クズの能力だが。 クズの能力ではありません。能力の使い方がクズなのです。 では。
グラス「待ってたぜ、この時をよォ!?」
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