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第7話(了)


    ***

    ***



 ライラが目を覚ますと、すでに夜になっていた。


「……えー……?」


 あまりの事に呆然としていると、「起きたのか」と声がかけられた。


「ずいぶんよく寝ていたな。世話役には伝言しておいたから、心配するな」

「ええと、ええと、わたし、どうしてここに」

「どうしても何も、お前が俺の部屋を訪ねてくるのは日常茶飯事だ」


 それは確かにそうだったので、ライラは素直に納得した。

 ガルゼルは寝台に腰かけて、何やら書類をめくっている。


「いつもの机でお仕事は?」

「そう思ったが、こんな状態ではな」


 ガルゼルに左手の小指を見せられて、一気にライラは覚醒した。そうだ。そうだった。


「あ、あの、わたし、ルーさまにお話が」


 言った後で、「違った、ガルゼルさま」と言い直す。ガルゼルはわずかに目を見張った。


「……どうしてその名を」

「ええと、そろそろ呼び名を変えないとって言われて。ルーさま……ガルゼルさまのご迷惑になるから」

「要らん。元に戻せ」

「え、でも」

「俺がそうしてほしいと言った。戻せ」


 前のままでいいとガルゼルが告げる。ライラはぱっと笑顔になった。


「分かった、ルーさま!」

「それで、これはなんだ」


 改めて聞かれ、ライラは顔を赤くした。よく考えたら、ガルゼルが目を覚ました後の事はまったく考えていなかった。


「ええと、ええと、庭で知り合った女の人に、赤い糸の話を教えてもらって」

「女の人?」

「可愛くてきれいな女の人です。二十歳くらいで、黒髪に黒い目をした人」

「心当たりはないが……新しい女官か?」

「その人に、赤い糸の話を聞いたんです。それで……それで、わたし、ルーさまにもそれがあればいいなと思って」


 もじもじと身じろいだが、ガルゼルは訳が分からないという顔だ。それもそうだろう。人間の国の伝説を、獣人である彼が知っているはずもない。ちなみに、ライラも知らなかった。


「人間の国には、赤い糸があるんですって。その両側に、運命の人がいるって言ってました。それはね、番とはちがうんですって」

「――――」

「だからね、赤い糸なら、ルーさまにもあるかもしれません。そうしたらきっと、ルーさまも寂しくないでしょう?」


 そう言うと、ガルゼルは大きく目を見張った。


「あのね、ルーさま。わたしは子供だけど、大人の話も聞いてます。だからね、ルーさまのことも聞きました。詳しい話は知らないけど、番を失ってしまったって。それはすごく悲しくて、とっても辛いことだって」

「ライラ……」

「でもこれがあれば、ルーさまは幸せになれるでしょう?」


 笑いかけると、ガルゼルは呆然とした顔をしていた。


 何か言いかけてやめ、口元を押さえた後、両手で顔を覆ってしまう。その鼻先に赤い糸が触れて、彼は弾かれたように顔を上げた。


「……この匂いは……」

「そうだ、その女の人から伝言です。『幸せになってください』って」

「……!」

「どうか、幸せになってください。私はそれを願っています。……そう言ってました」


 ガルゼルは言葉もなくそれを聞いていた。


 何度か胸を喘がせて、食い入るように赤い糸を見る。小指ごとそれを握りしめ、彼は肩を震わせた。


「……そうか……」


 そうだったのか、と。


 その目から涙が伝い落ち、赤い糸を濡らしていく。

 赤い瞳に映る、赤い糸。涙で濡れたその色が、息を呑むほど綺麗だった。


「……お前に、話しておかないといけないことがある」

「なんですか?」

「長い話だ。俺がどうやって番を見つけ、どうやってそれを失ったのか。お前には少し早いが、いつか聞いてほしい」

「いいですよ、ルーさま」


 ガルゼルの膝に飛び乗り、ライラは彼に笑顔を向けた。


「わたしが全部聞いてあげます。だって赤い糸ですから」

「そういえば、お前が糸の先にいるのは問題ないのか?」

「えっ……ええと、ええと、もちろんですよ!」


 ふんっと胸を張ると、ガルゼルはぷっと噴き出した。


 赤い顔に気づかれてしまっただろうか。だとしても、それくらい構わない。

 この人が幸せになるためなら、なんだってしてあげたいのだ。


 赤い糸が結ばれた指を、ライラは彼の小指に絡めた。

 いつか、これが本物になるといい。

 今は無理だと分かっている。けれど、いつか――きっと。


 わたしはこの人の番になりたい。

 違う。番でなくても構わない。この人を幸せにしてあげたい。


 この人の寂しさを埋めて、空っぽの穴をふさいで、悲しみを全部消してあげたい。


 この人のすべてを抱きしめてあげたい。

 わたしはこの人の、最愛になりたい。



 ――だからどうか、ルーさま。



 その時は、どうか幸せになってほしい。


お読みいただきありがとうございました!


*ブクマありがとうございます。世話役の女性は、以前監督役の女性だった人です。使用人の大掛かりな入れ替えのため、世話役となりました。


*これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました!


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