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わたしは番になれるだろうか  作者: 片山絢森


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第6話


    ***



 中に戻ると、城中がざわついていた。


「竜人の……」

「まさか、王族の第一王子が……」

「もうすぐ戴冠式だっていうのに、なんでまた……」

「……どうかしたんですか?」


 世話焼きの女を見つけると、彼女は珍しく呆然としていた。


「ああ……いや。なつかしい人に会ってね」

「それって、もしかして」


 聞こうと思ったが、今はそれ以上に気になる事があった。


「何があったんですか? みんなすっごく慌ててるけど」

「竜人の王子がお忍びで訪問してきたのさ。それなのに、肝心の国王陛下が寝こけててね。とんでもない失礼だってんで、叩き起こそうとしたのに、それはいいって言うもんだから……」


 どうしたらいいか分からずに、右往左往しているそうだ。

 先ほどの様子を見る限り、特に心配しなくて良さそうなものだが、そういう問題でもないのだろうか。

 とりあえず安心させようと、ライラは女に言っておいた。


「大丈夫ですよ。その方なら多分、さっきお会いした人だと思います。もう一度訪れてもいいって言ってました」

「本当かい?」


 女の素っ頓狂な声に、周囲の人間が振り返る。


「黒髪に、藍色と金色の目の、背の高い男の人ですよね? 確かにそう言ってました」

「……よかった……」


 彼らがへたへたと座り込む。


 ライラは知らないが、彼は竜人という種族であり、獣人の中でも特に位が高いそうだ。その彼から直々に、「目を覚ますまで起こさなくていい」と命じられたため、どうしたらいいか分からなかったという。


 そんなにすごい人だったのか。ライラを見る目はやさしくて、黒髪の女の人を見る目はとろけるように甘かったけれど。


 ともかくそれで問題は片づいたのか、ようやく周囲が落ち着いた。


「ルーさまは、まだ寝てるんですか?」

「ああ、そうみたいだね」

「じゃあ、行ってきます」


 ライラがガルゼルの部屋に入るのは認められている。書類など、仕事に関係のあるものに手をつけない事が前提だが、破った事は一度もない。


 部屋に行くと、ガルゼルは先ほどと同じ姿勢で眠っていた。

 さすがに寝過ぎではと思ったが、少し前の会話を思い出す。


 ライラがそばにいると言ったから、安心したのかもしれない。

 ……考えたら部屋からは出てしまったけれど、城の中にいたので大丈夫だろう。

 そんな事を思いながら、眠るガルゼルの顔を見つめる。

 心なしか、先ほどよりも安らいだ表情を浮かべているように感じられる。


 ライラは手首の糸をほどいた。


 小指の糸は結んだまま、一巻きずつ解いていく。それを終えると、ライラはガルゼルの手を取った。

 ガルゼルの左手の小指に、赤い糸のもう片端を結びつける。


 これでライラとガルゼルの糸がつながった。

 自分の作業に満足して、ライラはうんと頷いた。

 寝台の脇に座り込み、ことんと首を預ける。


「わたしがおそばにいますからね、ルーさま」


 彼が起きたら、あの女の人の伝言を届けよう。

 きっとガルゼルは喜ぶだろう。理由は分からないけれど、そんな気がする。


 早く目を覚ませばいいのに。

 自分の小指を握りしめ、ライラはそっと目を閉じた。



    ***

    ***



 目を開けた時、どこにいるのか分からなかった。


「……どうしたんだ、俺は」


 頭の中がスッキリしている。

 ここしばらくの疲れが一気に解消されたようだ。寝不足だったはずの体も軽く、視界も心なしか明瞭だ。

 起き上がろうとして、小指に妙なものが結ばれている事に気づく。


 ごく細い、赤い糸だ。

 なんだこれはと思った時、寝台の脇に眠る小さな影に気がついた。


「……ライラ」


 ガルゼルの寝台に頭を預けるようにして、ライラがぐっすりと眠り込んでいた。


「何をしているんだ、お前は」


 呆れた口調で言ったが、ライラが目を覚ます様子はない。よく見ると、ライラの小指にも同じ糸が結ばれている。何かの呪いかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。


 ライラは幸せそうな顔で、口を半分開けている。間抜けな事この上ないが、子供ならこんなものだろう。もう少し大きくなれば、好きな男でもできるのかもしれない。そうなったら、こんな顔を見られたと知った途端に叫ぶだろう。それはそれで面白い。


(好きな男、か)


 ライラを初めて見た時、ぎくりとした。

 この国ではあまり見ない、黒髪に黒い瞳。それはかつて愛した人間の番と同じだった。


 ガルゼルの猜疑心によって彼女を傷つけ、自らの愚かさのせいで、そのすべてを失った。


 それを思い出すと、今でも身が引き裂かれそうな痛みを覚える。けれど、それすらも罰のひとつだ。一生このままでも構わない。いや、そうする事が唯一の償いなのだ。たとえ彼女がそれを望んでいなかったとしても。


「……お前は幸せになってくれ」


 眠るライラを抱き上げて、自らの寝台に寝かせる。

 そんな真似をしても、ライラが目を覚ます様子はない。完全に安心しきっているのだろう。それ以前に、子供は眠りが深いものだ。しばらくは起きないかもしれない。


 ライラと一緒に暮らし始めて、戸惑う事の連続だった。


 なつかしい色彩で目の前を駆け抜け、なつかしい色彩で笑いかける。

 ザクロを好み、ガルゼルになつき、細かな仕事もよくこなす。

 この城に来たばかりの「彼女」に、ライラはどこか似ている気がした。


 けれど、すぐに違うと気がついた。


 ライラは物おじしなく、誰にでも遠慮なく言葉を発する。口やかましく、小言が多くて、げんなりするのもライラの方だ。それでいて、もうやめろとは思わない。むしろ、あの声が聞こえないと物足りなくさえ思えてしまう。


「彼女」を失った痛みが、ライラといると少しずつ解きほぐれていくようだった。


 けれど、そんな事は許されない。

 自分はまだ償いの途中で、一生許されてはいけないのだ。

 彼女は許すと言ってくれた。それでもまだ、自分自身が許せない。


「……お前もきっと、俺がしたことを知ったら軽蔑するだろう」


 ライラの髪をなで、ポツリと呟く。

 だが、それでも構わない。


 彼女に尊敬の目を向けられるような存在ではないのだ、自分は。それなのに、それを言い出す機会がなかった。


 ライラの黒い目に見つめられると、なつかしくてめまいがした。

 凍っていた心に灯がともるようだった。


 笑いかけられ、「ルーさま」と呼ばれるたびに、胸の中に小さな花が咲いていく気がした。


 番とは違う。彼女を失った喪失感は、一生癒える事がない。あれを何に例えるのか、未だに正解はないだろう。


 まるで心の中に大きな穴が空いたようだった。

 番をひとり助けるたびに、その穴に小さな石が投げ込まれる。角の丸い、柔らかな石が、心に空いた穴をわずかにふさぐ。ここ数年は、それを繰り返しているだけだった。


 けれど、いくら穴をふさいでも、からっぽの穴を埋めるにはとても足りない。

 ライラの存在は、その穴を大きくふさいでくれた。


 恋ではない。そういう感情は少しもない。

 それでも、ライラの存在がまぶしかった。


「彼女」と思わせる色彩で、彼女とはまったく別の存在。

 ライラを慈しみ、大切にする事で、罪滅ぼしをしている気がした。


 そんな事が許されるはずもないのに、そこに救いを求めてしまった。

 なんと愚かで醜悪な自分。身勝手で、図々しくて、救いようもないみじめな男。


 ライラにとっては迷惑だろう。勝手に誰かの身代わりにされて、勝手に安寧を得ているなんて。やめてくださいと言われてしまうかもしれない。それでもここ最近は、そんな事を思うのさえ忘れていた。


 ライラはライラであって、他の誰でもない。


 いずれ自分の元から旅立ち、彼女は恋をするだろう。それまでは、何があろうと守りたい。かつての過ちを繰り返さぬように。


 ライラを起こさないように気をつけながら、ガルゼルは髪をなで続ける。

 どうか、幸せになってほしい。

 それが唯一の望みであり、何よりも願う事だった。

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