木雷のまじり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう~、まだまだ寒さが残っているなあ。お湯があったまるのにも、気持ち時間がかかっている感じだよ。
今の我々が暮らしている環境、生まれてからそれしか知らない若い世代はともかく、ちょっと長く生きているとびっくりするほど進化していることを実感する。
たとえば、いまお湯を沸かすのに使っているガスコンロ。元栓を開けて、ぽちっとワンタッチで火をつけることができる。革命ものだとつくづく思うよ。
火は知っての通り、原始時代から人のそばで使われながら、用意するのに難儀するものだった時期が長い。火種を大事にしまっておくことも珍しくなかったという。
人為的に起こすのは難しいが、自然の中においては、ときにいともたやすく燃え盛ることもあるな。落雷などがいい例だ。
雷のスペックは、現代においても非常に高い。雷雲の中は何億ボルトという電気が走っているとも聞くし、昔の人にとってその高性能は神の御業のごときだったろう。
その雷と火について、少し前に不思議な話を聞いたんだが、耳に入れてみないかい?
むかしむかし。
雷が落ちる瞬間を見た、少年がいたという。
雨の降る夜中のこと。皆が寝入る中で、目を覚ました彼はなかなかやってこない眠気に業を煮やし、起き上がって、窓からこっそり外をうかがっていたそうだ。
寝る前は叩きつけるような豪雨も、いまやおとなしくなりはじめている。それでも音はしているし、意識してみれば空を飛ぶ水滴たちもとらえられた。
そのはるか向こうに立つ一本杉。周囲の木々を圧倒し、そびえるその威容は、村の者で知らぬものはおらぬくらいだった。
ふと、遠く雷鳴をとらえる。
雷さまにへそを取られる、ということを少年は個人的には信じてはいなかったが、雷そのものの怖さは熟知していた。
大人たちは光ってより、音が聞こえるまで間があけば雷さまは遠くにおわすと話していたが、いまひとつ信じられない。光が走った直後にこそ、ものは炎を放つのだと、ある老爺から聞いていたからだ。
光と音の開きなど、自分たちの力が及ばないことに安心を見出すため、勝手に決めた目安に過ぎない。雷さまがまことに神であるなら、距離などあってなきがごとしだろう、と。
それを間近で証明される。
次に目の前がまばゆい光に包まれたと思ったとき、一本杉のてっぺんに雷が落ちた……ように思えたんだ。
が、聞いていたような火が灯らない。確かに空中を、木の枝のように曲がりくねりながら走った紫電は、あやまたず杉のてっぺんをとらえたはずなのに。
直後、弱まりながらも続いていた雨が、ぴたりとやんだ。風もまたいっぺんにおさまって、湿りけが発する独特な臭いのみが、その気配を残している。
窓から入り込んでくる静夜の空気を感じながらも、少年は雷の落ちた一本杉をじっと見つめ続けていたのだとか。
翌日。
朝からの家の手伝いが終わり、昼時の腹ごしらえどきを迎えて。
少年は例の一本杉の様子を見に行ったそうだ。昨日の雷らしきものの痕跡を確かめたくってね。
遠くから見ても分かったように、杉は変わらず立ち続けていた。首が痛くなるほど見上げてみても、その枝葉のいずこにも焦げたような気配はない。幹もまた同じで、形を残したまま炭と化している、とか冗談のような姿ではなかった。
ただ、やはり雷はここに落ちたのではないか……と疑える要素がなくはない。
その幹は焦げこそなかったが、細い細いひびを一本、根の張る地面にまで走らせていたんだ。
それこそ髪の毛数本ほどの太さで、よそから来たものが見たならば、別におかしく思わないだろう。
けれども、暇ができさえすればこのあたりを遊び場にしている子供たちなら、ほとんど察せられるはず。このようなひびは、これまで存在していなかったことを。
――雷さまは、何を考えているのだろう。
疑問に対する答えは出ないまま、10日が過ぎ、20日が過ぎ、月が変わるころになると、少年も頭の隅へとどめる程度にしていたのだが。
またその晩も、雨が降るとき。そして少年のみが、眠気を取っ払われて目覚めてしまっていた。
いくら横になっていても、また眠れそうな気にはならない。胸が、頭が、内側から心の臓そのものになったかのように、早鐘をうつ。
起きていなくてはいけない。少年はそう感じ、あのときと同じように窓へ向かった。
あの一本杉を見やることができる位置にある、例の窓だ。
雨が降っている。
あの日のような風はなく、真っすぐに降り落ちる雨。雨どいを垂れ落ち、ときおり壁へぶつかって音を立てていた。
その中にあって、目を凝らしてみると。あの一本杉に動きがあったんだ。
寒さに震える人のように、巨体が小刻みに左右へ揺れている。周囲の低い木たちはなんともないのにだ。
木が寒がる。そのようなことが起こるだろうか? と少年がいぶかしく思っている前で。
一本杉の背が、にわかに伸びたように思えた。けれども、それは違うとすぐ気づく。
杉はどんどん、浮き上がっていた。その本来、地面に埋まっているべき根の部分。その下から巨大な火を焚きながら。
たき火をさかさまにしたような形の噴射をもろに受け、間近の木たちはたちまちその身を焦がし始める。
雨降りの中にあって、そのだいだい色の火は衰えることなく燃え盛るも、肝心の杉の火は絶えない。なおも高度をあげていき、ついには暗い夜空の向こうに、火さえも見えないほど遠ざかっていってしまったのだとか。
多少の時間差こそあれ、火たちは自然と消え去ってしまった。まるで杉を見送るようだったと少年は語ったらしい。
聞いた人々はにわかに信じられなかったが、明るくなってから杉の行方不明になっていることと、周囲の木々や地面の焦げ付き具合から、信じるしかなかったとか。
あの雷は、一本杉が自ら動くのを望んだがために招かれたのかもしれないな。