2話 TOUZOKU
っとまあ、そんな感じで白髪って不吉らしいし迫害されたらどうしよう、とか思ってた時期がありましたね。
まあ、結論から言うと別にそんなことはなかった。というか今めちゃくちゃ愛されて守られて育っておりますよ。父とか兄とか祖父とかに。
うちの一族は基本的に黒髪らしいんだけど、私だけは先祖帰りらしくて白髪。この世界では老化やストレスで髪が白くなるなんてこともないらしいから、本当に白髪は国で数人見るかってくらいに珍しい。オセロで言ったらボロ負けだね。
だけど彼らは私の存在を嫌ったりなんかはしなかった。あまりにもな愛されように、あれ?もしかしてそんなに「白髪=不吉」って一般的な考えじゃないのかな?なんて思ったりもしたが、たまに新しい使用人から妖怪を見るような目を向けられたのでそうでもないらしい。
因みに、そういった類の使用人はいつのまにかいなくなっているので、その度に大事にされていることを認識した。
まあ先に言ってしまったが、使用人がいるのだ。つまり今世はお金持ちである。
それもただのお金持ちでなく、貴族の中の貴族、歴史ある大貴族ってやつだった。
国の中で王族を除いてトップに位置する高貴なお家柄、フィオングルム公爵家の現当主がお祖父様。そしてそこの長男が我がパパンである。つまり私はめちゃめちゃ偉い直系令嬢の美少女エリーゼル様だ。
将来は絶対にモッテモテのナイスバディー。身分の高いイケメンたちを選り取り見取りどころか、千切っては投げ千切っては投げ状態が予想される。まあ、この世界の人間たちがウェルカム白髪な文化だったらの話だけどね。
でも私は特に恋愛などに興味がある質でもなく、周りの主要な人物たちは白髪を気にせず接してくれるので困ることはないかなーという感じだ。
以上、私がこの世界に来てからの半年、何となく馴染んで楽しんでるよ!な報告でした。
そして今、現在進行形で、私は嬉しさのあまり屋敷内を全力疾走しております。
それは何故か。
実は先ほど、私がこの世界に来て半年間全力で頑張ってきたノルマを遂に達成し終えたからです。
いよっしゃーーーーッ!やったぜーーーー!!とブンブン両腕を振り回しながら駆けていく私が目指す目的地は一点。事前に呼んでおいた”友達”がこっそり忍び込んで待っているであろう東門側の裏庭だ。
これだけ騒ぎながら向かっているとその忍び込んだお友達は危ないんじゃないかと思われる方もいるだろうが、この世界は魔法の存在する世界である。なんか凄い不思議現象を起こすこととか、気配や視覚情報を誤魔化すことなんぞは、魔法の実力者や、その人たちが作る魔道具を使ったりなどすればお茶の子さいさいなのだ。
そこらへんの魔法の技術が発達しすぎていてこの世界の文明は現代の地球ほど発展はしていないようだが、これもラノベあたりではよくあるテンプレだろう。
魔法も総合すると、科学と同等レベルですっごく便利。ありがとう、魔法。
まあそんなことは置いておいて、活力が溢れる子供の体で走ったことによってそれなりに素早く裏庭に辿り着いた私は、目的の人物を見つけて、ブレーキもかけず大きく跳躍しながら飛びついた。
「ディトちゃぁぁぁーーーん!!!」
子供の体とは言え、人一人の体重が全力でタックルをかましてきたというのに、目的の人物、ディトフリートは大して慌てた風もなく、慣れたように微動だにせず受け止めた。
相変わらずの素晴らしい筋肉と体幹である。生物として非常に憧れる。
「…今日は一段とご機嫌だな」
最初の方は、こうして飛び込んでいくと「危ないだろ!」と叱られていたのだが、最近ではもう自分が受け止めれば済む話かと諦められている。このディトちゃんは冷たそうな外見とは裏腹にちょっとオカン属性なのだ。
子供の体だと体力が有り余っているし、この素敵な肉体美を前にして飛び込みに行かない淑女は存在しないはずなので広い心で許してほしい。
「…ねぇ! 盗賊やろう!!」
ディトフリートは至近距離で吐かれた言葉に、…とうぞく、…トウゾク、……盗賊?と理解が追いつかず固まってしまう。
唐突も唐突、ディトフリートは話についていけず、しかしついていこうと眉根を寄せて脳に落とし込もうと思考を働かせる。
だがやはり理解ができず説明を促した。
「…………どうしてまた急に」
突拍子も無いことを突然言い出したり、一人で勝手に盛り上がって楽しんでいるのはいつものことなのだが、突然に言い出した「盗賊をやる」というのは本当に理解が及ばない。
「あ、そっか、まだ言ってなかったっけ。…私ね、盗賊になりたくて、そのためにこの半年、父様から与えられた条件をずっと頑張ってきてたの!あ、もちろん盗賊やるためとは言わずに、だけどね」
盗賊になりたくて、とは何だ。
◇ ◇
ディトフリートは説明を聞いても尚疑問の解消が追いつかない状況に首を捻る。
しかし取り敢えず、抱えたままになっていた小さな友人の身体を地面にそっと下ろした。
「条件ってのは、あれか?…ずっとハイスピードで進めてた授業とかか?」
「そう!一番最初にね、外出許可を父様に直談判に行ったんだけど、そこで突きつけられた条件が ”学園初等部の全授業内容習得とマナーの習得” だったの。それくらいならもう家庭教師から内容聞いててそんなに時間はかからなそうって分かってたから問題なかったんだけどね、それをちょっと頑張っても一回の外出だけになってちゃ殆ど意味ないから、もう言われそうなこと全部事前にやっとこうと思って、この半年でマナーと魔法を先生たちが一人前って認めるまで勉強して、学科も高等部の内容までは完璧にして、一応専門学術院の各学部の内容も頭に入れてきたの。
それでさっき父様から “中等部入学までは必ず七時に家に帰ってくる条件で偶数日は好きに出歩いていい” って言質取ってきたんだよ!」
屋敷内で大事に囲われているうちは、この白髪への反応に対しては平穏そのものだが、この屋敷を出てしまえば様々な人間からの好奇や悪意の視線に晒されてしまう。それを危惧している家族は、白髪の愛娘を外に出すことを厭うのだ。
しかし本人の熱意と共にここまでされては容易に止めることも出来ない。各教師たちに確認を取りながらもまだ呆然としている皆んなが驚きから立ち直る前にさっさと言質を取った私の判断は正解だったと思う。
過保護なのが嬉しくないわけじゃないんだけどね、私にはやりたいことがあるから!
興奮のままに一口で言い切った私の視線に合わせるようにディトフリートがしゃがみ込んで首を傾げる。
「半年でそれを終わらせるのはそんなに凄いことなのか?」
「ディト!良い質問だよ!そうさ、家庭教師たちは私を「神童だ!」って騒ぎながら一人も漏れず褒めちぎってたんだから。あの鬼みたいなマクレード婦人も感動して頭撫でてきたんだよ」
まあ神童っていうか、記憶は無くても中身は別世界でめっちゃ教育受けてた大人なんだけど。
一からこの世界で学び直すと言えど、何故か数学とかは地球と形態がほぼ一緒だったし、苦戦したのは歴史や政治経済あたりだ。マナーも魔法も新鮮で楽しいばかりだった。ちなみにこの世界は言語が一つに統一されているらしい。
まあ、この半年内であの膨大な量の勉学をこなすのが大変だったことに変わりはない。
「頑張ったんだな、お疲れさん」
ディトフリートはマクレード婦人と言われてもよく分からないが、まあめっちゃ頑張ってきていたのは見ていたので、その頑張りを労う。
「ふっふっふー、これも全ては盗賊になるという野望のため!」
何も、勉強して皆んなに褒められることが目的ではない。これはただの通過地点というか、スタート地点に立っただけだ。
「…それで、なんで盗賊になりたいんだ?」
純粋な疑問。当然の疑問。絶対に聞かれるであろうことは私自身分かっていたはずの疑問。
しかし、自分の中にその疑問への返答を返す術が見つからず、喜びの溢れたような笑顔のまま固まってしまった。
「んーーー、……何となく?強いて言うなら格好良いから?」
「かっこいいか?」
ディトフリートは煮え切らないそんな返答にただただ困惑する。”何となく”という理由はこの半年の頑張りとあまりにもそぐわない。しかし、目の前の少女の様子を見る限り、本当の理由を隠しているような雰囲気でも無かった。
実際、本人は何も隠していない。
ただ、「盗賊になりたい」というのは前世から引きずったもので、前世の記憶が殆どあやふやになってしまっている現在、何故盗賊になりたいのかも、そう思ったキッカケも綺麗さっぱり忘却の彼方へと消え去ってしまっているのだ。
ただ、予想では、死ぬ間際にでも盗賊関連の映画や小説でも読んでいて、ちろっと「なりたいなー」とか思ったのが強く残ってるだけなんじゃないかなーってな感じだ。
まあなりたいもんは仕方がない。なりたいんだから。衝動がわくんだから。
そんな感じだ。
「とにかくなりたいの!盗賊に!」
両の拳を握って、真剣な話だと伝わるように眉をキリッと寄せる。
「…了解、お前がやりたいことを手伝うって決めてるからな」
目の前の男前がニヤッと笑って首を縦に振った。
自分自身、意味不明な願いを口に出している自覚はあるが、大して深く突っ込んでくることもなく頷いてみせたディトフリートがやっぱり最高な男で、嬉しくなって笑顔で飛びつく。
「やったー!絶対いっしょにやるならディトたちって決めてたんだから!」
「…たちってことは、やっぱりアイツらもか」
「あったりまえさー」
2人揃って共通の知り合いである残り3人を思い浮かべる。
彼らは皆、ディトフリートを筆頭に経営されている”なんでもや”的な職業の人たちだ。しかし、彼らの場合、なんでもやとは言っても某銀髪パーマ頭の甘党侍みたくひもじい感じではない。聞く限りではお金持ち向けの営業をしているため結構ガッポリだったりするらしい。
この4人は、自分がこの世界に来て唯一気を許した、大事な、だいじーな友達だったりする。どうしても血の繋がりがあるような家族相手だと、本来のこの体の持ち主じゃないっていう罪悪感が頭を出してきちゃうからね。
凄く貴重で大切な友達たち。出会ってまだ半年とか全然感じないくらい。友情は時間じゃないしねー。
「うっし、さっそく三人を勧誘に行こうぜー!」