プロローグ 噂の5人組
エドルカ王国フィオングルム領の冒険者ギルド、西門ファルール支部は、連日多くの冒険者や依頼者、酒場の客などで賑わっているが、今日この日は皆一様に、示し合わせたかのように声量を落とし、敵意も嘲りもなく、ただ一点に好奇心ばかりを向けているような、異様な空気感に包まれていた。
彼らの視線の先では、先日からこの場に顔を出し始めた冒険者パーティーの5人組が談笑している。
それだけを聞けば、何もこんな場所では全く珍しいことではない。冒険者は元来、命の危険と隣り合わせな職業だ。日々消えていく顔も多い中、どんどんと新しい顔も増えていく。冒険者ギルドにおいて、人の流動性が高いのは、家を買うときにローンを契約させてもらえる冒険者がいないくらいに周知の事実だ。
しかし、彼らがギルド内の視線をこぞって集める理由はそれではなかった。
噂によると、あの集団のうちの5人中4人が上級の資格を持った冒険者であるらしい。
まず一番目立つのは、防具越しでも全くと言って良いほど翳りを見せない肉体美を持つ、筋骨隆々な大剣使いの男だ。
冒険者ギルドでは、ただでさえガタイが大きく、筋肉に自身を持つ男たちの人口が多いのだが、そんな彼らでさえ、この男に羨望や憧れを込めた視線を送っている。
噂では、彼は元は他国で活躍する有名なA級冒険者だったようなのだが、何があったのか、数年前から突然このエドルカ王国での目撃情報が増えているようだ。
そして次は、妙に所作の綺麗な60代前後の男。危険の多いこの仕事で老人を目にするのは珍しいことに加え、好き勝手に憶測を立てる輩が彼の所作を見て、元貴族なのではないかと噂を広げていることも目立つ要因になっている。
しかし彼は、年齢による肉体的な衰えなど微塵も感じさせない体捌きをし、短剣や毒を得意とする近接タイプであるらしい。仲間たちに穏やかな笑みを向けている様は、完全に好々爺にしか見えないのだが、あれでいてこの老人もA級の冒険者だ。
その老人の横で静かに視線を落とし、おそらく依頼を吟味しているのであろう男も例に漏れずランクはA級である。目深にフードを被り、全身シンプルな色の装いであるため、あまり目立っている様子は少ないが、そのフードから覗く彫刻の如き美貌や珍しい白髪を偶然目にした者は、その後暫く惚けたように動かなくなるという。
加えて、彼の冒険者証を確認したギルド職員だけが知る事実だが、彼の登録名はディトフリート。
強大な力を持つ冒険者として大陸一有名な”アンデルの悪魔”ディトフリートである。
現在より三年と一月前、アンデルという小国の中で国民が喰種に変異する伝染病が流行した。国土が大峡谷に囲まれている地形だったため、各国がその事態を把握する頃には国民の80%がすでに侵食されている状況だったのだが、小国とは言え国一つの大騒動である。各国がその対応の押し付け合いを続けている中、一番に動いたのは、「アンデルを救ってくれ」という小さな少年の依頼を受けたディトフリートだった。子供が依頼したものであるため報酬も採集依頼にすら届かない小銭程度。誰もが見て見ぬふりをすると思われたのだが、どんな理由があったのか、そんな無謀と思われる仕事を請け負ったのはA級の冒険者であった。
しかしこの男の解決の仕方はとても人間業ではなかった。彼は最もシンプルに”殺す”という手段を取ったのだ。要した期間は一ヶ月。たったそれだけの時間で、彼は国土の全ての喰種を一掃した。もしかしたら中にはまだ喰種に変異していない者もいたかもしれない。しかし症状は出ていなくとも感染していることに変わりはない。誰もが理解はしていようとも賛否両論はある。その噂は数日のうちに大陸全土に広がり、A級冒険者の力の恐ろしさと共に、恐怖と畏敬の念を持って”アンデルの悪魔”という名が広まったのだ。
そしてそんな男の肩に恐れもなく腕を乗せてもたれ掛かっているのは、4人目の茶髪の青年。これまでの3人に比べて、愛想とコミュニケーション能力を持ち合わせた人物だ。
彼は集団の中で最も話しかけやすい雰囲気を纏っているし、実際に興味を惹かれて話しかけた連中には笑って話に応じている。少々女好きの気があるのか、受付嬢を口説こうとカウンターに張り付き、パーティーメンバーの老人に短剣の柄で頭頂部を殴られては引きずられていく様子を見かけるが、基本的に陽気で良いやつ、というのがギルド内での印象だ。
冒険者ランクはB級と、他3人と比べて劣っているように見えるが、更新日を忘れていてランクが下がってしまっただけで元はA級らしく、実力に関しては他を黙らせるものがある。
最後の5人目。
実力者に囲まれた一人の新人冒険者。
この人物こそが、このパーティーを異様な集団にしている最大の要因だ。
歳の頃は10歳にも満たない子供に見える。少年のようなショートパンツと軽装で、腰には一本の短い杖を挿している。低い位置にある一本の三つ編みや声から少女なのだろうとあたりはつくが、顔立ちは全く記憶に残らないほど地味な容貌だ。
何故この凄まじい面子の中にこんな子供が混ざっているのか。
彼らの推薦で冒険者登録を果たし、長年パーティーを組まずソロで活躍してきた彼らをまとめたパーティーのリーダーとなっているこの少女は何者なのか。
忌避されている白髪を気にする様子もなく晒し、最も異質で奇妙な空気を纏う謎のこの子供まで、彼らと肩を並べるほどの実力があるのか。
この噂の5人組を観察する面々は沢山の疑問を囁き合う。
「……なあ、…あの集団がどうかしたのか?」
一人、彼らを初めて目にしたのであろう冒険者の男が、ギルド内の異常な空気感に驚き、近くにいた男に問いかけた。
「ん?…ああ、お前は最近まで他領に行ってたんだっけな。…あれは最近できた新しいパーティーなんだが、メンバー構成がやけに豪勢でなー」
「そんなに実力者揃いなのか?」
話しかけられた男は、顎を撫でつつ、会話が彼らに聞こえないように少し声をひそめて返答した。
「実力者ってどころか、A級3人に、ほぼA級1人と謎の新人だ。…過剰戦力って言うか、天変地異でも相手取るんかね」
「え、A級3人ッ!?」
「あ、バッカお前声でけぇよ」
この支部ではここ数年彼らの出入りが少しずつあったため感覚が鈍りがちだが、本来A級クラスの人材は国に2人いれば良いといった割合だ。大国になればなるほど戦力の量を増やしていくが、この国エドルカは豊かな土地に恵まれているものの、国土の広さで言えば38ある国の中で半分よりは上といった程度。
数十年にわたって大した戦力を抱えていなかったエドルカで、王都でもない一領地の小さな支部にこれほどA級が偏ってしまうのは異常事態なのだ。下手をすればここの領主家が王家から叛意有りと思われてしまうかもしれない。
そんなことまで想像した2人はゴクリと唾を呑んだ。
「…んー、…なんかここの冒険者たちマナー良すぎない?…全然絡んでこないじゃん」
多くの人々の視線の先で、噂の的である5人組のうち、白髪の少女の残念気な声が聞こえてくる。
そちらに耳を傾けていた誰もがそれを聞いて、良すぎるのか?と内心首を傾げた。
「良すぎるってほどでもないだろ」
聴衆たちの心の疑問を代弁するように、フードを目深に被った美貌の男が頬杖をついて返答する。
「えー?普通、新人冒険者には洗礼みたいなのがあるんじゃないの?…ほら、こんなちんちくりんが冒険者だと?舐めるなよ!とか、ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってろ!とかいって良い感じに弱いチンピラ顔の先輩冒険者がいびりにくるはずでしょ?」
「…どこの普通だよそれ、冒険者は信頼で仕事が成り立つものだからな。…一握りの馬鹿はたまに見かけるが、基本的にはマナーを守る奴らの方が多いと思うぞ」
「そーなんだ!?まともな人って冒険者稼業なんてやらないイメージだった!」
この会話を聞いていた全員の思考が、"それ特大ブーメランだぞ"というツッコミで一つになる。
そしてそのパーティーメンバーは、全員呆れたような目をしつつも、笑みを滲ませて楽しそうに笑っていた。
受付で若い女性職員にナンパを仕掛けていた茶髪の青年も、パーティーが集まっているテーブルに戻って、何やら少女に向かって揶揄いの言葉を飛ばし、途端に2人で口喧嘩のように軽口の応酬をはじめている。
それぞれ性格に大きな差があるのであろうが、誰もが互いを認め合っているような仲の良いパーティーのようだ。
そんな和やかな空間の中で、彼らの観察に徹していた者たちが、一人、また一人と各々の会話に戻っていく。
彼らを初めて見たこの冒険者は、これから、彼らが何か大きなことを起こしていくのかもしれないと童心に帰って心が踊った。
物語のような勇者一行とは似ても似つかないが、それに近い何かを持った集団だ。
「…あのパーティー、パーティー名は何て言うんだ?」
期待を込めて、隣で酒を呷り出した男に訊ねると、男は笑いを噛み殺すように眉をあげて答えた。
「はは、…『盗賊団』だそうだ」