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六番街一番勝負  作者: 百助蝶子
一章
7/8

望郷

外に出た千金楽は未だ消えきらない居心地の悪さに小さく息を吐いた。


外は変わりなく人々の喧騒に包まれている。それに呑まれるように、彼女は歩みを進めた。


鈴の音の聞き慣れた音がやけに大きく聞こえる気がする。


千金楽は久方ぶりに触れた自身の感情に、自然と眉根が寄った。


声も、笑い方も、彼女に纏わりついて離れない。


千金楽は考えようとして、やめた。


彼女にとって自身の感情は必要の無い、あってはいけないものだった。


ぎゅう、と面を深く被り直す。


彼女の足取りは少し重たい気がした。然しそれすらも気の所為にして、一番街から二番街へと続く石畳を歩いていく。



カンカンカン。


ーーまた、早鐘が鳴りはじめる。


千金楽は、はたと足を止めた。

目の前に形代が飛んでくる。そこには五番街とだけ書かれていた。


「……五番街か」


小さく呟く。


ここからは遠く、歩けば時間が掛かる。


「……面倒ね」


形代を取り出し、それにさらり、と文字を記す。


短く簡潔に。そしてそれを、空へ放った。


白い紙がひらりと舞い上がり、消える。


「……」


視線を上へ向けた。


わずかに空気が揺れ、影が落ちた。


――ばさり。


大きな羽音が二つ。


同じ顔が、屋根の上に軽く降り立った。


「呼びつけるなんて、相変わらず遠慮がないね、姉さん」


松鶴から発せられる棘のある言葉は、いつ何時であろうが変わることは無い。


「急ぎなんだろ?」


鶴松が、にやりと笑った。


「そうねえ、五番街まで飛んでくれるかしら」


「へえ、あんな遠く?」


松鶴が大袈裟に驚いた。


「歩く気は最初からなかったって顔してんな」


「まあ、そういうとこだよね」


二人はカラカラと笑う。


「自分で行く気はないのに、呼ぶのだけは早い」


やんわりとした声音で、容赦なく言う。


「……文句があるならもう良いわ」


「やだね」


鶴松が即答した。


「お前から頼まれるなんてそうそうねえし、面白そうじゃん」


「僕も同意かな」


松鶴が頷く。


「姉さんひとりで行かせるのも、少し不安だしね」


まるで心配しているような口調で、まったく心配していない顔をする。


「乗れよ」


千金楽の目前にふわりと飛び降りた鶴松が自身の背を顎で示した。


「飛ばすからまあ、落ちねえように気張れや」


それを聞きながら千金楽は地を蹴りひらり、と軽くその背へと乗る。


同時に――


ばさり。


風が巻き上がり一気に、空へと浮上する。


提灯の明かりが、下へと流れていく。


「振り落とすなよ、鶴松」


「大丈夫だろ、こいつ軽いから」


軽口が交わされる。


「……落としたら潰すわよ」


ぽつり、と。


「はは、こっえーの」


鶴松が笑う。


「姉さんらしいねえ」


松鶴がやわらかく続ける。


風が頬を打ち、二人の笑い声は空へ溶けた。


やがて。


「――見えてきたぜ」


鶴松が顎で前方を示す。


光が、薄い。


提灯の色が褪せ、早鐘の音が大きくなっていく。


「相変わらず、陰気だねえ」


五番街は一番街に比べ明かりが少ないせいで寂れたように薄暗い。


「……降りるわ」


「了解」


ばさり、と鶴松が地上に降りたつ。その背からひらりと飛び降りれば、――ひたり。


足元で、何かが擦れた。


視線を落とせば、石畳の上で黒が滲んでいる。


形を持たない、揺れているだけの“何か”。


「もう出てんのか」


鶴松が踏み潰す。


――じゅ、と。


それだけで消える。


「雑魚だな」


「形にもなれてないやつは、こんなもんだよ。声も出ないし、意思も薄い」


「……」


千金楽は、視線を落とした。


黒い淀みが通りのあちこちに広がっている。


そして、ゆっくりと同じ方向へ滲んでいる。


「流れてるわ」


「二番街の方だろ」


「律儀だねえ」


「……通す気はないから、どうでもいいけどね」


その瞬間。


――ぞわり。


空気が重くなり、淀みが止まった。

そして一斉に持ち上がり始める。


絡み、重なる。

ぐじゅり、と音がする。


腕、脚、頭。


それは酷く歪だが、“人”の形を成していた。


『……』


掠れた呼吸。


「へえ」


鶴松が笑う。


「やっとマシなの来たじゃん」


次の瞬間。


――消えた。


「っ」


横。


来る。


腕が、振り下ろされる。


「はっ」


鶴松が受ける。


――衝撃。


石畳が砕ける。


「おいおい、重っ……!」


亡者が、続けて動く。


踏み込み、打ち込む。


先とは違い攻撃が速い。


「ちっ」


鶴松が弾く。


だが止まらない。

崩れない。


「……しぶといねえ」


松鶴が、指を動かすように空をなぞった。


――斬る。


見えない刃が走り腕が裂けた。


だが戻る。


動きは遅いが、確実に。


「にしてもさ」


鶴松が舌打ちした。


「なんで五番街の付与者いねえんだよ」


「さあねえ」


松鶴は軽く笑う。


「……そういえば先の戦いで負傷者が多くて、今は神使だけだって兄様が言ってたわ」


「はあ?」


鶴松が顔をしかめる。


「じゃあほぼ手ぇ足りてねえじゃん」


「だから呼ばれたんでしょ、僕らが」


「面倒くせえな」


「いつも通りじゃない?」


「違いねえ」


そう言って、亡者からの攻撃を軽くいなしながら双子はけらけらと笑う。


『……いき、たい』



今度は、はっきりと声が聞こえた。


そして。


『……まだ、……』


言葉が続く。


途切れながら。


『……帰ら、ないと』


一瞬、千金楽の動きが止まった。


「……」



ほんの僅かに眉が寄る。


亡者の記憶の断片。


亡者が、掴みに来るように手を伸ばした。それは明確な執着。


「しつこいわねえ」


千金楽は一歩踏み込む。


だがそれを避け、軌道を変えた。


「……」


千金楽の目が、すっと面の下で細くなる。


こちらに反応している亡者を見ながら、もうただの淀みの塊ではない事を認識する。


空間ごと押し潰すように、もう一度刃を打ち込んだ。


歪みながら、尚もまだ崩れない。


『……いき、たい』


繰り返す。


「……そうね、分かってるわ」


千金楽の声がわずかに低くなった。


切っ先をがわではなくその内側へ向けた。


軽く跳ねたか思えば、千金楽の刀が亡者の身体を縦にズバンと斬り裂いた。


亡者の動きが止まり、僅かに内側から軋む音が鳴る。


『……まだ』


かすれた声が聞こえる。


「……ごめんね」


千金楽は誰にも聞こえないほど小さな声で謝りながら、切り裂いた場所から見えた魂に刀を握っていないほうの手で呪符を貼りつけた。


「悪しき災いに堕ちた魂よ。刻下より我が身と共にあらんことを」


『…ゔぅ、ぅ、……いたぃ゛、いだぁい゛……、か、ぁざん゛…』


崩壊する。

内側から崩れだすそれは、黒く淀んだ液体を撒き散らしながらやがて、白い灰になり始める。


「……はあ」


鶴松が息を吐く。


「やっぱしつこいな、形あるやつわよぉ」


「想いが残ってる分だけ、ね」


松鶴が笑う。


「……さあて、帰るわよ」


踵を返しながら辺りを見渡せば、五番街の空気がゆっくりと静まっていくのを感じた。


ざわめきが収まり、通りに落ち着きが戻る。


「……」


千金楽は足を止め、一瞬だけ振り返った。


先ほど亡者を崩した場所にはもう何も残っていない。


「どうした?」


鶴松が振り返る。


「……なぁにも」


短く返せば、そのまま歩き出す。


「いやー、今回はあっさりだったな」


鶴松が肩を回す。


「もうちょい暴れてもよかったのに」


「十分でしょ」


松鶴がくすりと笑う。


「壊しすぎると後が面倒だよ」


「誰が?」


「片付ける人じゃない?」


「俺らじゃねえならどうでもいいだろ」


「鶴松そういうとこだよ〜」


松鶴がくつりと笑えば鶴松が、からりと口を開く。


「さっきのやつさ、言葉出てたな」


「出てたねえ」


松鶴が続ける。


「だいぶ形が安定してたからね、想いも結構残ってたんじゃない?」


「へえ」


鶴松が鼻で笑う。


「じゃあもっと残ってるやつは、もっと喋んのか?」


「かもしれないね」


「うるさそうだな」


「嫌いでしょ、そういうの」


「嫌いだわ」


鶴松が即答する。


「静かにしてくれねえと潰したくなる」


「してるでしょ、いつも」


「まあな」


軽く笑う。


「『帰らないと』、か」


鶴松が、ぽつりと零す。


「どこにだよって話だけど」


「さあねえ」


松鶴は肩を竦める。


「本人にとっては、まだ“ある”んじゃない?戻る場所が」


そして、嘲笑しながら続けた。


「もう、無いのにねえ」


「煩いわよさっきから。そんなことどうでもいいでしょう?どうせ全て、殺すんだから」


「はいはい」


鶴松が肩を竦め、三人はそのまま通りを抜ける。


提灯の光が少しずつ増え、人の気配が濃くなる。


五番街の境が、近い。


「結局さ」


鶴松が、ふと思い出したように言う。


「俺らが止めてるだけなんだよな」


「そうだねえ」


松鶴が頷く。


「行かせたら、終わりだし」


「面倒くせえな」


「仕事だからね」


「だよなあ」


軽く伸びをする。


そのまま足を止めることなく進む。


やがて通りを抜けると、光と人の気配が満ちていった。


けからんころん、ちりん。


またひとつ、鈴がなった。



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