佐賀のやばい嬢ちゃんepisode.8 恋人は賞金稼ぎ
佐賀県は全国で唯一、治安維持のため民間人への特定犯罪捜査協力金制度を導入している。要するに西部劇のような賞金稼ぎが現代日本に復活しているのだ。まもなく二十五歳の誕生日を迎える新地輝夜も、中学生の頃から国産バウンティハンターを名乗る一人である。
輝夜は一時期、香焼平次という男から追われていた。
「まぁた来たの? 職務質問を受けるようなことはしてないと思うんだけど」
「いーや、きみには窃盗の嫌疑がかかっている」
何を盗んだというのか、と輝夜は尋ねない。以前にも同じことを言われ、そのときに「僕の心だ」と平次がのたまったからだ。
平次は当時の佐賀警察署長の一人息子で、漏れ聞こえる輝夜の活躍を耳にしては、大学生の頃から憧れを抱いていた。輝夜に会いたい一心で佐賀県警の募集に志願し、現在は交通機動隊として勤務している。そして輝夜にとっては不運なことに、平次は偶然にも輝夜と同じアパートに入居していた。
以来、ストーカー規制法に抵触しないギリギリを攻めた平次の恋愛攻撃が始まった。まだ長袖が手放せなかった春の日、軽いスキンシップのつもりで平次が輝夜の右腕をつつこうとした。
「触んないで!」
思わず輝夜は左手で平次を突き飛ばした。平次は反動で倒れて頭を強めに打った。しかし平次の指には、既に固い感触が伝わっていた。
その年のゴールデンウィーク前に、平次は輝夜へ薄手のアームウォーマーをプレゼントした。
「義手なら夏は熱くなるかと思ってさ。それに、半袖の服もプレゼントできるようになるだろ?」
「……けっ!」
年上の平次に向かって輝夜はそっけない態度を取ったが、アームウォーマーは受け取り、夏にはよく使っていた。
風の強い冬の日のことだった。二人は買い物を終えて帰宅する途中だった。
「出向が決まったんだ。ICPOの本部がある、フランスへ」
えっ。輝夜の第一声はそれだった。
「そう。そうなんだ」
それ以上の言葉は交わされなかった。
「あの子がいない場所で、僕に誰を追いかけろって言うんだ」
翌日の早朝、平次が迎えの車に乗った。ふと郵便受けを見ると、輝夜に渡したアームウォーマーが入れられていた。「返す」と書かれたメモを見て、平次は苦笑した。
「やっぱり好きになってもらえなかったな」
その様子を、輝夜はカーテンの隙間から窓越しに覗いていた。
「さみしいねぇ。ずっと追いかけてもらいたかったよ」
外に出ることはなく、輝夜は一人で車を見送った。平次は盗んだものを返してくれなかった、と不満に思いながら。