「文化祭でキスすると恋人になれるんだって!」「順番がおかしくねえか?」
地元駅に着いた電車から美咲と一緒に降りる。
彼女は中・高一緒の同級生だ。親しくなったのは高校に入ってから。で、三年生の今、初の同クラだ。
並んで歩きながら美咲が、
「そういえば、知ってる?」と聞いてきた。「文化祭でキスすると恋人になれるんだって」
「順番がおかしくねえか。付き合ってないのにキスするって、どんなシチュエーションだよ」
片思い中の美咲から『キス』なんて言葉が出てきたことにドキドキしながら反論する。
「きっと事故チューだよ。ぶつかった拍子にしちゃうやつ」
「そんなのマンガの中だけだろ」
「そこで柴っちの力を借りたい」
美咲は俺の親友甲斐を好きらしい。
明日、この三人だけでやる仕事を用意したから、そのときに事故を装って自分を甲斐のほうに突き飛ばして欲しいという。
ふざけんなよと思ったが、甲斐はイイ奴だから、美咲が好きになるのはわかる。それに女子人気が高いから、迷信に頼りたくなる気持ちもわかる。
俺は泣きたい気持ちを隠して
「うまくいったら奢れよ」と了承の返事をした。
◇
美咲、甲斐、俺の三人は、カーテンを両手に抱えて、階段を横に並んで降りている。真ん中が美咲だ。絶好のシチュエーション。
最後の二段になったら甲斐をうまく誘導して美咲のほうを向かせ、俺がよろめいて美咲にぶつかる。完璧な作戦だ。
あと四段。三……
「柴田!」
「な……っと!」
突然甲斐が大声で呼んだせいで驚いた俺は、顔を向けざまに足がもつれた。
そのまま美咲のほうに倒れ、唇が――
全筋肉を総動員して、のけぞる。
俺はそのまま階段を落ちて、床に体を打ち付けた。
「痛ってえ!」
「大丈夫!?」
美咲がそばにしゃがんで泣きそうな顔をしている。
「足首やったかも」
「ごめん。私が変なことを言ったから」と謝る美咲。
「でも回避できてよかったよ」
俺はキスしたかったけど。好きな子を傷つけてまではやりたくない。
「違うの」と美咲が涙を浮かべてる。「フラれて関係が変わるのがイヤで」
「甲斐とそんなに仲がよかったっけ?」
美咲の顔が真っ赤だ。その後ろで甲斐が俺を指さしている。
え。どういうことだ?
「騙したの」とほとんど聞こえないような美咲の声がした。
よくわからないけど、ターゲットは俺だったのか?
それなら――
「保健室に行くから、美咲、肩を貸してくれ」
「あ、うん!」
俺の腕を肩に回す美咲。
「おっと、バランスが」
俺はわざとらしく言うと美咲のほうに倒れ込み、今度こそ事故チューをやり遂げた。