帰還
トニーとキャミィを迎えに使用人の娯楽室へ向かう。
娯楽室に入るとちょっとした人集りが出来ている。
トニーとキャミィはリンの関係者という事で『ちょっと相手して上げよう』というノリで使用人みんなに構われていたが、いつの間にか人気者になっていた。
二人が可愛い子供というのもある。
だが、二人は生き馬の目を抜くような王城において全く擦れていないのだ。
森の中で人とのコミュニケーションが苦手なレアだけと接して来たのだから擦れないのも当然と言えば当然なのだが。
「このお菓子も食べなさい。
あのお菓子も食べなさい。
あーん、本当に可愛いわね!
おばさんのウチの子供にならないかい?」
キャッキャと侍女たちにトニーとキャミィはもみくちゃにされている。
「こ、この子達はウチの弟子なんでね!」レアが二人をサッと自分の後ろに隠す。
大事なのはわかるけど、誰も取り上げないってば。
フレッド王子は砦に連れて行く事にした。
「しばらく心臓の治療を続けないといけないし」とはノエルの弁。
「一度治療したら、もう治療しなくて良いんじゃないの?」との俺の疑問にノエルは答えない。
フレッド王子への治療は普通と何か違うんだろうか?
「正気に戻ったフレッド王子は王選に参戦するんだよね?
砦なんかに行ってる暇あるの?」
「それを言うなら砦で油売ってるルーシー王女もルイジアナに戻るべきだと思うけど。
それはともかくフレッド王子は王選に参加するべきではないでしょうね」とノルン。
「なんでよ!?」
「王選にフレッド王子の身体がもつとは思えないもの。
それに王子に『魔核』を植え付けた連中は捕らえて地下牢に放りこんだけれど、王子に魔薬を盛ったヤツはまだ明らかになっていない。
まだ、王城の中をウロついている可能性が高いわ。
このまま王城にいるのは危険すぎる。
王選は諦めるしかないわね」
話を黙って聞いていたフレッド王子が穏やかに言う。
「本当だったら王選どころか、正気に戻れていなかった可能性が高い。
これで王選に参加する事まで望むのは贅沢というものだ。
『王選参加見送り』に何の異論もない。
僕はルーシーを女王にするためにサポートに徹したい」
フレッド王子の発言に驚いたのはリンだった。
「良いんですか!?
ルーシー様は元々『フレッド様の治療を行うためには権力が必要だ』と王選に立候補されています。
フレッド様が回復した今、ルーシー様が女王になる意味などないのです!」
「確かに立候補への経緯は『僕の治療』だったかも知れない。
でも僕の身体が王選に耐えられない以上、ルーシーがライズの対抗馬になるしかない。
リズ王妃の専横を許しちゃいけない。
でないとルイジアナが滅びる」
「大袈裟な・・・。
何故『滅びる』と?」
「リズ王妃を諌めた者は全員排除されている。
王城の地下牢にはリズ王妃を諌めた者達が収監されている。
理由は無茶苦茶だ。
彼らは突然汚職の濡れ衣を着せられた」
そういえば、地下牢に普通の囚人とは毛色が違う、なんか上品なオッサン達がいたな。
あの人達がそうか。
「ルイジアナのことを考え、憂いている者ほど、リズ王妃を諌めた。
『貴女様が好き放題すると、この国は滅びますよ』と。
しかしリズ王妃は、国を憂いた国士を収監する、という最悪の手段で国を腐らせていった。
社交の場でリズ王妃を叱りつけた僕はその後、バラ園で何者かに襲われた・・・」
「その時の事を覚えているんですか!?
フレッド様は誰に襲われたのですか!?」とリン。
「残念だが、突然の事で何者に襲われたのかは覚えていない。
しかし目覚めた時の後頭部の鈍痛を考えると何者かにバラ園で後ろから殴られたのだろう。
しかしハッキリ覚えている事もある。
目を覚ました僕に魔薬を飲ませたのはリズ王妃の主治医、確か、マイアという男だ」
話は変わってしまった。
『誰が王選に立候補するか?』という話から、『誰が王子を襲った黒幕か?』という話になっている。
「その『マイア』という男はどこにいる?
普通に考えれば秘密を知っている者は消されるのが定石だ。
その男はこちらで保護しなくちゃいけない」とレノン。
「何でフレッド様に一服盛ったヤツを保護しなきゃいけないのよ!?」リンが憤る。
「気持ちはわかる。
でも真実を知るために『マイア』は失ってはいけないパズルのピースなのだ。
イヤなのはわかるが早く保護しなくては・・・」
「『フレッド王子が正気を取り戻した』って、まだ誰も知らないんじゃない?」と俺。
「知っているだろう?
少なくともこの娯楽室にいる者は知っている」とレノン。
俺は周りを見渡す。
「フレッド様だ!
フレッド様が回復されたんだ!」
「噂では『フレッド様は魔薬に犯されている』という話だったが・・・」
「誰かに一服盛られた、って話だったぞ」
そうか。
『フレッド様は無事』という大ニュースは瞬く間に王城を駆け巡る。
そうなったら、『王子襲撃』『王子に一服盛る』という都合の悪い話の関係者は殺される可能性が高い。
俺はキャミィと遊んでいる侍女に声をかける。
「『マイア』っていう医者がどこにいるかわかる?」
「マイア様?
リズ様付きの宮廷医師だからね。
あんまりウロウロはしてないと思うわよ。
私もあんまり見た事ないし。
いるとしたら医局か、リズ様の居室じゃないかしら?」
リズ王妃の部屋にいられたらどうしようもない。
取り敢えず医局へ行ってみよう。
俺達は揃って医局へ転移する。
医局へはリンが行った事があったから転移出来た。
誰かが行った事がないと、狙っては中々転移出来ない。
場所が特定出来ていたら、レアが砦に攻めて来た時みたいに転移する事も出来るらしいが。
でもそれは時間もかかるし、正確でもないから出来るならやりたくない、との事。
砦は無茶苦茶ガードが固かったんだな。
レアが転移して来たのも『一か八か』だったのか。
一足遅かった。
マイア、と思われる医者が医局で心臓を刺されて死んでいた。
「トニー、キャミィ見ちゃダメだ」
俺は二人が死体を見ないように目隠しする。
「だとすると国王も危険なんじゃないの?
国王が亡き者になれば次代の王を決めるしかないんだよね?」と俺。
「それは大丈夫。
国王が急死した場合、『王選』は行われない。
王位継承順位が最も高い者が国王になるんだ。
放っておいても王座が転がりこんでくる者は暗殺なんて一か八かの賭けはしない。
発覚したら断頭台行きなんだから。
国王の暗殺を画策するとしたら『王位継承順位』が低い、王選を望む者なんだ。
『国王暗殺があった場合、王位継承順位が低い者は王位につくチャンスはない』という決まりは国王暗殺を防ぐためのシステムでもあるのだ」
「そもそも王選が行われる条件って何なんですか?」
「①現王が退位を宣言する。
②王位継承順位一位の者が次代の国王を辞退する。
③王位継承順位七位以内の者が複数次代の国王に立候補する。
つまり今の状態が王選が行われる条件、という訳だ」とフレッド王子。
「じゃあフレッド王子は謀略により魔薬を盛られたんですか?」と俺。
「いや、ライズ陣営にとって俺は眼中になかっただろう。
何せろくな後ろ楯になる貴族もいなかったからな。
『清廉潔白』と言えば聞こえは良いが、とにかく僕は『無策』だった。
逆に策を弄し、現王を蔑ろにするライズ陣営が許せなくて意固地になっていた。
その意固地さがリズ王妃の逆鱗に触れて、魔薬を盛られたのだろう。
暗殺で狙われるんであれば地下牢の貴族達だ。
奴等がライズ陣営と繋がっている証拠はないし、本当に繋がっているかはわからない。
しかし、本当に繋がっているのなら口封じのため殺されたっておかしくない。
でも奴等がライズ陣営だとするとライズ陣営は奴等を暗殺する事で、多数の後ろ楯を失う。
『殺す』も『殺さない』も痛し痒しのはずだ。
どちらに転がってもこちらに損はない!」
俺はフレッド王子の人格を見誤っていたみたいだ。
フレッド王子は冷徹で計算高い一面も持ち合わせている。
地下牢の貴族達が暗殺されるかも知れないけど、されたらされたでライズ陣営は大量の後ろ楯を失うから、王選での勝ち目が出てくる、と言うのだ。
その計算高さを『王の資質』と言うのだろう。
「これからどうしよう?」とノルン。
「取り敢えず国王に会おう!」と俺。
だってルーシーさんからお土産あずかってるから渡さないとね。
「そうだね、僕も父上に言わなきゃいけない事があったんだ」とフレッド王子。
言わなきゃいけない事って何だろう?
それより俺は娘からのお土産のガイコツのキーホルダーと木刀を渡されて微妙な表情をしている国王が見たい。
リンの提案で国王の居室の前に転移した。
玉座の間に転移するのか、と思っていたら国王は一日中、玉座の間でふんぞり返っている訳じゃないらしい。
むしろ『居室』か『執務室』にいる事が多いらしい。
「国王を何だと思ってるの?」とノルンに呆れられてしまった。
国王の居室の前は何か慌ただしい。
「何かあったの?」と俺は居室を覗き込む。
「貴様何者だ!」
俺はたちまち衛兵に囲まれてしまった。
「うん、オケアノスが悪い」レアは俺をフォローしてくれる気がない。
「ちょっと待って下さい!
彼は怪し・・・いですが、悪い人間じゃありません!
ただちょっと可哀想な人なんです!」とリンが俺を取り囲んだ衛兵達に言う。
凄い失礼な事を言われてる気がする。
「なんだ、変なヤツか」
助かった・・・けど、それで納得されちゃうのはイヤだな。
国王がリンを見て言う。
「お前はルーシーの侍女のハーンだったな?」
「リンでございます」
どうやら国王は人の名前を覚えるのが苦手なようだ。
しかし『ハーン』はないだろ!?
「この度、ルーシー様は城へは来られませんでしたが、ルーシー様から国王様への土産の品をあずかっております。
それがこちらでございます」
リンは国王にガイコツのキーホルダーと木刀を渡した。
「これは・・・一体何なのだ!?」
国王は訳のわからない土産物に困惑している。
「何だ、と言われましても。
そのガイコツは暗闇で光るそうです。
『お父様ならこの格好良さがわかってくれるに違いない』とルーシー様はおっしゃっておられました」とリン。
「そ、そうか・・・。
昔からリンの感性は独特で理解不能な面があったが・・・」
「それより、何やら騒がしいみたいですが、何かあったのですか?」とリン。
「あぁ、何者かがライズの側近の者達を地下牢に閉じ込めたらしいのだ。
閉じ込められた者達に細かい話が聞きたいから今、ここに呼んだばかりだ」
あの貴族達はライズ王子の側近だったのか。
ライズ王子はまだ成人前。
政治にはまだ疎いはず。
側近なんて自分で置く訳がない。
『リズ王妃の取り巻きの貴族達』と言うのが正確だろう。
というかアイツらを地下牢に閉じ込めたのってレアだよね。
レアが悪いとは言わないけど。
俺も『ドロップキック祭』の的にしてたし。
国王はリンが引き連れている俺に気付く。
むしろ気付くの遅すぎだろう。
「リンが引き連れている、その者は?」
「私とルーシー様の命の恩人であり、今、砦で行動を共にしている者達でございます」
リンは国王に言いながら、俺を肘で突っついた。
俺に国王に挨拶しろってか。
仕方ない。
俺は国王に深々と頭を下げながら持参した温泉卵を差し出した。
「これは何だ?
卵に見えるが・・・」
「ただの卵ではありません。
『温泉卵』でございます。
国王様への献上の品でございます」
「そ、そうか。
では早速食べるとしようか」
後で食べるとか言えば良かったのによっぽど間がもたなかったんだろう。
普通、差し出された物を食べたりしないだろう。
毒見の後、食べるか食べないか・・・という話だ。
「うん、普通の茹で卵だな。
塩気が少しあれば食べやすいかも知れぬな」
国王は何故か『温泉卵』のレビューをしている。
「そうですか・・・」と俺。
気まずい沈黙が流れる。
しまった。
普通は自己紹介から入る。
いきなり『温泉卵』を献上したからカオスな空間になってしまった。
「して、お主はルーシーとどのような関係なのか?」国王が俺に聞いてくる。
ナイスアシストだ、オッサン!
「俺が港街の自宅で寛いでたら、ルーシーさんが飛び込んできたんだよ。
『リンを助けて!』ってね」
「国王に対してその口のききかたは何だ!
不敬であるぞ!」
国王の隣にいる女が金切り声で叫ぶ。
「誰だよオメー?」ムッとしながら言う。
『オメーの口のききかたの方がよっぽど失礼だろうが』と。
「リズ様、この男は少し頭がおかしいだけなのです!
悪気はないのです!」とリン。
助けてくれようとしてくれてるんだろうけど、失礼な物言いだな!
「地下牢より閉じ込められていた方々をお連れいたしました!」飛び込んで来た衛兵が叫ぶ。
どうやら俺の不敬は有耶無耶に出来そうだ。
つーか、レノン達が国王の居室について来ないのはまあしょうがない。
普通用事なかったら入って来ないよな。
チョロチョロとちょっとした興味で王の居室に入って来る俺がちょっとおかしかったのかも知れない。
でもフレッド王子が入って来ないのはおかしくないか!?
何か考えでもあるのかな?
貴族達がゾロゾロ入って来る。
拘束はされていない。
そりゃそうか、コイツらが王子に魔核を植え付けたって知ってるのは俺らだけだもん。
貴族達は足の跡だらけだ。
俺らのドロップキックの標的だったから。
王の居室に入って来た貴族達が俺を見てギョッとする。
「お久しぶりっす!」
俺は目が合った貴族に爽やかに挨拶する。
「貴様はー!」
俺のキックはそんなに効かなかったのかな?
俺には強気だな。
「アナンセ、この男を知っているのか?」
俺に怒鳴った男に向かって国王が聞く。
アイツ、受けが下手なんだよ。
蹴られる側の受けが下手だとドロップキックは映えないんだよな。
「知ってるも何も・・・。
何でコイツが生きているんですか!?」
「それはどういう意味だ?」
そりゃアナンセにしてみりゃ、俺が生きてる訳がない。
俺は魔核を植え付けられたフレッド王子に殺されているはすだ。
レノンやレアの強さは別格だけど、フレッド王子は元々強いし、魔核を植え付けられて強さは数倍に跳ね上がっている。
ーーーーーーーーーーーー
~アナンセ視点~
この男もリンもピンピンしている。
もしかしてフレッド王子を倒したのか!?
・・・マズい!
儂がフレッド王子に魔核を植え付けたのをコイツは知っている!
国王の前で、それがバラされる!
この男に罪を擦り付けるしかない!
「王、この男です!
この男がフレッド王子に魔薬を盛って魔核を植え付けた男でございます!
そしてこの男がフレッド王子を殺したのです!」
「いやいや、殺してねーし」と男。
「惚けるな!」
「惚けているのはアナンセ公爵であろう?」
後ろから声が聞こえる。
儂は声の主に噛みつく。
「貴様、儂の何を知っているのだ!?
貴様は何者だ!?」
振り返った儂は愕然とした。
ーーーーーーーーーーーーー
「勝手に殺すなよ、公爵」
フレッド王子が爽やかに笑いながら言う。
「フ、フレッド王子・・・どうして・・・」
「『どうして生きているのか?
どうして魔薬中毒じゃないのか?』とでも言いたげだな」
「いえ、そんな・・・」
驚いているのはアナンセ公爵だけじゃない。
他の貴族達もリズ王妃も皆、目を剥いて驚いている。
「公爵には感謝してるんだ。
公爵に魔核を植え付けられなければ、弱った身体に『血液洗浄』は耐えられなかった」
アナンセ公爵は大粒の脂汗をかきながら言い訳する。
「ご冗談を・・・。
儂が王子に魔核を植え付けたと?」
「間違いあるまい?」
「しょ、証拠があるのですか?」
アナンセ公爵は徹底的にしらばっくれるつもりのようだ。
「証拠ならばあるぞ?」
そう言うと、フレッド王子は懐から二つに割れた『魔核』を取り出す。
「それが何ですか?」
割れた魔核は点滅する。
「何で点滅しているかわかるか?
公爵の声に反応しているんだよ」
「儂の声に?
それにどういう意味が・・・」
「魔核は植え付けた者の声に反応するそうだ。
かつて戦場にいた者達に聞いたのだが、魔核は植え付けた者にだけ反応して、植え付けられた者が命を落としたりで魔核が外れても、植え付けた者の声に反応し続けるそうだ。
しかし魔核が半分に割れても反応するのは意外だったな。
・・・まぁ、何にしろ僕に植え付けられた魔核も植え付けた者の声に反応して点滅するって事だ」
それを聞いたアナンセ公爵は真っ青になった。
「どうした公爵、急に無口になったな。
何故しゃべらない?」フレッド王子が煽るように言う。
喋らないのは当然だ。
喋ったら『自分がフレッド王子に魔核を植え付けた』と言うようなものなのだから。
「試しに喋って欲しいんだが。
自分が植え付けた、と言うんでなければ喋れるだろう?」
「・・・・・」
「王子として命令だ、喋れ」
「は、はい」
蚊のなくような声でアナンセ公爵が答える。
すると割れた魔核が点滅する。
「反逆者だ、捕らえよ!」
フレッド王子が叫ぶと、衛兵達がアナンセ公爵を取り押さえた。
「アナンセ公爵をはじめとして、ここにいる貴族達を地下牢に入れるように指示したのは他でもない僕なのだ」
フレッド王子がカミングアウトをする。
そんな訳ないじゃん。
だってレアが貴族達を地下牢に閉じ込めた時、フレッド王子はまだ魔核が植え付けられてて操られて暴れ狂ってたじゃん。
「お前らはアナンセ公爵と一緒に行動を共にしていたよな?
お前らはアナンセ公爵と共に僕を魔核で操ろうとしていたのだな?
お前らもアナンセ公爵と共に王族である僕に反逆しようとしたのだな?
お前らも断頭台にのぼるのだな?」
「い、い、い、い、いいえ!
滅相もございません!
我々がアナンセ公爵、いや反逆者アナンセなどと行動を共にしている訳がありません!
我々はいつ、いかなる時もフレッド王子の味方でございます」
トカゲの尻尾切りとはこの事だ。
切り捨てられたアナンセ公爵は呆然としている。
「そうか、であれば王選でも僕と行動を共にする、と言う事だな」
「そ、それは・・・」貴族達は口ごもる。
「何だ、口だけか。
本当はアナンセ公爵と行動を共にしている、そういう事だな?」
「い、いいえ!
王選でも全力でフレッド王子をバックアップさせていただきます!」
思った数倍、貴族達は我が身可愛いらしい。
貴族達は簡単にアナンセ公爵を裏切った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
貴方達!」
リズ王妃はわかりやすく焦った。
「義母上、どうされたのですか?」
白々しくフレッド王子はリズ王妃に聞く。
「その者達はライズの派閥なのです。
勝手にフレッド王子の派閥に鞍替えなどは・・・」奥歯に物が挟まったようにたしなめ方をする。
言いたい事を要約すると『テメー、何勝手に私の陣営の人間引き抜いとんねん!』だ。
ライズはまだ成人前で野心もないから派閥なんて作る訳がない。
勝手に『ライズ派』を作って人を集めているのはリズ王妃なのは公然の秘密だった。
「それは誠ですか!?
それなら監督不行き届きでライズを罰せねばなりません・・・。
この者達はアナンセ公爵と同じ派閥、つまりアナンセ公爵はライズの派閥だと言うのですね!?
僕はこの者達にアナンセ公爵と決別させ、根性を叩き直させようとしているだけなのですが・・・」
フレッド王子は本当に役者だ。
国王の前でリズ王妃が下手な事を言えないのを良い事に、言質を取ろうとしている。
「しかし、それは公平ではあるまい。
王選を競うタイミングでライズの陣営からフレッドが人員を引き抜くのはどうかと・・・」
国王が口を挟む。
心情的には王妃の味方なのだが、皆の手前であからさまな味方も出来ないのだろう。
「王は僕にそんな非情な決断をしろ、と?
僕はこの者達の性根を叩き直し、自分の下で更正の機会を与えたいのです。
王はこの者達に『更正の機会を与えず、アナンセ公爵と連帯責任で断頭台に上がれ』と言われるのですね?
確かに、この者達が行った王族に対する不敬は決して許されざるモノです。
しかし、魔核を植え付けられた僕が彼らに対して厳罰を望んでいないのです。
同様に僕はライズを『監督不行き届き』で罰したくはないのです。
僕はこの者達への罰は『現在所属している派閥の脱退』のみにとどめておきたいのです。
この者達は『徒党を組んだから悪事に手を染めた』のでしょう。
僕の監視下でやり直しの機会を与えたいのですが・・・。
とはいえ、王の言う『不公平』もごもっとも。
『自分の派閥に引き込んで、王選を有利にしようとしているのではないか?』
そう思われるのは僕の人間が出来ていない事が原因でしょう。
自分を情けなく思います。
ですので僕は王選を辞退します」
ーーーーーーーーーーーーー
~リズ視点~
「僕は王選を辞退します」
フレッド王子は狂ったのか!?
元々ルーシー王女に王選への参加の意思はなかった。
フレッド王子が魔薬中毒になったと聞いて『治療のために』女王になろうと立候補したのだろう。
フレッド王子が魔薬中毒から回復したと聞いたらルーシー王女は王選を辞退するだろう。
そうなったらライズしか候補者はいない!
派閥の人間を集める事に躍起になっていたが、それをしなくてもライズは王になれる!
派閥として不利になろうが、有利な派閥のフレッド王子は王選には出ない!
私はこみ上げる笑みを堪える。
「わかりました。
この者達の派閥変更を認めましょう」
ーーーーーーーーーーーーーー
「ライズが認めるならいざ知らず、何故義母上が派閥変更を認めるのかがわかりませんが・・・」
フレッド王子がチクリと嫌味を言う。
俺はフレッド王子が怖くなった。
「王をやる気はない。
やるだけの体調じゃない。
体力もない。
王なんてやれない」
そう自分で言ってたやん。
まるで貴族達を自分の派閥に引き込む交換条件で王選を諦める、みたいな言い方じゃねーか。
フレッド王子は王選辞退のサインをする。
一度辞退するとその王選には参加出来ないらしい。
「フレッド、お前はこれからどうするつもりだ?」国王がフレッド王子に聞く。
「しばらくは体調、体力回復につとめたいと思います。
その後、ルーシーの王選を手伝おうかと」
フレッド王子の発言にギョッとしたのはリズ王妃。
「ま、待って!
ルーシー王女は王選から手を引かないの!?」
「引かないでしょうね。
僕が引かせませんよ。
『ルーシー・フレッド共同陣営』の参謀として。
僕がルーシーの後ろ楯になります。
僕がルーシーを女王にしてみせます」
リズ王妃が魚のようにパクパクと口を開く。
土産は国王に渡したし用事はだいたい終わった。
「それじゃ帰ろうか、俺達の砦に」
俺がそう言うと肯定の言葉の代わりにレアが転移の準備を始める。
「悪いけど、コイツら連れて行っても良いかい?」とフレッド王子。
『コイツら』とは俺達がドロップキックしまくった貴族達だ。
「何でこの役立たず達を連れて行くの?
ドロップキックの的として?」
俺の事を聞いて貴族達が「ヒイイイイイ」と悲鳴をあげる。
俺はともかくレノンのドロップキックを食らった貴族は肩から先が吹き飛んで、ノルンに無理矢理回復されてまたドロップキックを食らってたからね。
ドロップキックは連中のトラウマになってるんだろう。
「連れて行って根性を叩き直してやろうと思ってね。
王城に置いて行ってもロクな事をしないだろうし」
悪人を砦に招き入れるのも初めてだ。
でもこれから砦の人数が増えてきたらそうも言ってられないし、これは良いテストケースかも知れない。
転移する前にフレッド王子が国王の耳元で言う。
「父上が蝶だと思っているのは毒蛾かも知れません。
お気をつけ下さい」
国王にフレッド王子が言った比喩を正しく理解出来たかはわからない。
ただ国王は「あぁ」と短く返事をした。
戻ってきた。
懐かしくもないのに何か長く砦から離れていたような気がする。
「お帰り」
バッグが言う。
「ただいま、あ!」
俺は大事な忘れ物を思い出す。
「ごめん、お土産を持って来るのを忘れてた」
「そんなモノいらないよ。
オケアノスのお土産を選ぶセンスも信用してないし。
そういや国王にゆで卵渡したか?」
「『ゆで卵』じゃない!
『温泉卵』だ!」
「その謎のこだわりがわからないが。
・・・それはともかく、随分行く前より人が増えてるな」
「紹介するよ、魔術士見習いのトニーとキャミィだ。
レアの弟子らしい」
「「よろしくお願いします」」
「ずいぶん可愛らしいお弟子さんだな。
こちらこそよろしく!
・・・で、あのイケメンは?」
「あのイケメンはリンさんの彼氏。
ルーシー王女の兄貴でもあるフレッド王子だ」
「よろしく頼む」
「お、おい!
フレッド様ってあのフレッド様か!?
よ、よ、よ、よ、よろしくお願いつかまつります~」
「?変なヤツ」
「うるさい!
普通は王族を目の前にしたら緊張するんだよ!
それより何だ?
あの服が足跡だらけの『この世の終わり』みたいな表情の連中は?」バッグは連れて来られた貴族達を見ながら言う。
「あぁ、アレか?
アレはドロップキック用のサンドバッグだ。
使う時はフレッド王子の許可が必要だが」
「??????
よくわからんが『あんまり気を使う必要はない』って事だな?」
「相変わらず、理解の早さだけは天下一品だな」
「『だけ』とは何だ?
そういやルーシー王女とマックさんが置いてきぼりで不機嫌だぞ。
機嫌取りは任せた」
「『置いてきぼり』って遊びに行った訳じゃないんだから・・・」
マックとリュークがいないと砦の守りは危機だろうが!
「マック、お疲れ様。
俺達がいない間、何もなかった?」
「特に何も・・・」
アカン、完全に拗ねている。
「そういや主の留守中に傭兵部隊が200人くらいで砦に攻めて来たな
それだけだ。
他には何もない」
いやいやいやいや、二百人の軍隊が攻めて来たって大事じゃんか!
「で、どうしたの!?」
「化け物じゃないんだ。
二百人なんて相手に出来る訳ないだろ?
百七十人が限界だ」
「そ、そう」
俺は『三十人なんて誤差じゃねえか!充分化け物だよ!』という言葉を飲み込んだ。
「じゃあ二百人倒せないマックはどうしたの?」
「よくぞ聞いてくれた!
傭兵ってのは『雇われて金を貰って働く兵隊』の事なんだよ。
つまり金を貰って働くヤツらって訳だ。
その『金を支払うヤツ』を捕まえちまえば、傭兵は闘う意味がないよな?
命かけて闘っても、金もらえないんだからな。
だったらソイツを捕まえちまえば傭兵は家に帰ってクソして寝る、って寸法だ」
「まぁ理屈はそうだね。
でもそんなに都合良く雇い主が捕まえられるの?」
「ウチには『隠密』がいるんだよ」
「あぁ、マリーナの事ね」
「彼女は『港街で砦を攻めるために傭兵を集めてるヤツがいる』って情報を数週間前に掴んでたんだよ。
・・・で、ソイツを捕まえようとしてたんだよ」
「で、捕まえたの?」
「いや、捕まえる前に軍司きどりのバッグからストップがかかったのさ。
『ソイツが傭兵を動かすのを待て』ってな」
「そりゃまた何で?」
「相手の身分が高いからだそうだ。
もし捕まえた時に蜂起の証拠がなかったら『平民が誤解で貴族を捕らえた』なんて言われたら極刑になりかねないらしい。
だからソイツが傭兵を動かすのを待て、と」
「ちょっと待て。
砦を攻めようとしてた貴族ってもしかして・・・」
「主もご存知の『ゴーリキ』だ」
「やっぱりか!
アイツはどうして俺に『ご執心』なんだ?
俺は一刻も速く無関係になりたいのに」
「さあな。
それを聞きたいなら主自らゴーリキを尋問するか?」
「え?
捕らえたの?」
「傭兵に攻め込まれる前にマリーナが捕らえたのだ」
「あの娘、何げに無茶苦茶優秀よね。
他の人が狂ったように強いから目立たないだけで」
「二百人の傭兵の前に縛られた傭兵の雇用主を連れて行ったら、傭兵達は何も言わずに退却したぞ。
バッグの考えた通りになったのは癪だけどな」
バッグはどうも、現場に出る兵士やその上司に嫌われる傾向があるな。
それはともかく『ゴーリキ』を尋問しなくては。
個人的にはあのクソ野郎とは二度と会いたくない。
でも『魔核』の入手ルートとか、傭兵達を雇った資金源とか、聞きたい事が山積みなのだ。