表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の救世主  作者: 海星(原案:猿田彦)
3/8

 『噂千里を走る』作戦

 『王女』と『義賊』と『槍聖』と『剣神』がいる砦、という噂は急速に近隣に広まった。

 どうやらバッグはこの噂を意図的に広めているようだ。

 その効果があって、砦の人口は爆発した。

 『移住者への職業斡旋』『一流の武人からの軍事訓練』『移住者への半年間の税金免除』

 打ち出した移住者対策が功を奏したのかも知れない。

 増えすぎた移住希望者を受け入れるために砦周辺の土地の開拓が始まった。

 人が増えすぎたのかも知れない。

 『ゴーリキの屋敷から持ち出した財産がある。

 半年間は税金が入らなくても大丈夫』

 それは俺が提案して受け入れられた砦の方針だ。

 でもこれだけの『開拓事業』『軍備拡大』などが行われるとは思わなかった。

 人が増えると憲兵などの公務員も増える。

 砦の財政の中から給金を支払う事になるのだ。

 「持ってあと1ヶ月ね」

 そう言うのはリューカ、砦の金庫番だ。

 リューカはゴーリキの手下だったリュークの双子の姉で人質として地下牢に幽閉されていたところを俺が解放した。

 リューカは元々港街市場の事務局で働いていた。

 だが市場は崩壊した。

 だからリュークに頼まれて、砦で働いてもらう事になったのだ。

 最初は『経理のねーちゃん』という感じだったが、今や大蔵大臣みたいな扱いだ。

 「で、大臣、どうすれば良いと思う?」

 俺の言葉をリューカは真っ赤になって否定する。

 「本当に大臣っての言うのやめてよね!

 アンタが『大臣』って呼ぶから近所の子供にも『だいじーん、あそぼー!』って言われるんだからね!」

 「子供になんて呼ばれようと別に良いじゃねーか」

 「アンタに呼ばれるのもイヤなのよ!」

 「じゃあ何て呼べば良いんだよ?

 大蔵(おおくら)か?」

 「変な略し方しないで!

 『リューカ』で良いじゃない!?」

 「わかったよ・・・全く注文が多いな。

 で、何だっけ?

 『金が足りない』だっけ?

 そんな話を月給取りの俺に聞くかね?

 バッグに聞けば?」

 「・・・それは絶対イヤ。

 砦の方針全てをバッグに決めさせる事には反対。

 砦のリーダーはアンタなんだから」

 「?

 よくわからんな」

 「砦のお金の事は私が任されてるのよ。

 それでもどうにもならないからアンタに相談したのよ?

 そこまでバッグに決断させたら歪な組織になっちゃう。

 ・・・で、アンタはどうするべきだと思う?」

 「金が足りない事が問題なんだろ?

 金を刷るか?

 ほら、港街にもあるじゃん!

 港街でしか使えないヤツ」

 俺の後ろにいるお調子者のボディーガードが口を挟む。

 「コラ!

 リューク!

 真面目な話をしてるんだから話に混ざらないの!」リューカは俺のボディーガードに注意する。

 リュークは有能な双剣使いだ。

 どのくらい有能かと言うと、ゴーリキに人質を取られて『どこにも行くな、俺の手下になれ』と言われるくらい。

 レノンとマックはすぐにリュークを一番弟子にした。

 リュークはメキメキと実力を伸ばし、今や俺のボディーガードを任されるようになったのだ。

 「俺も同意見だ。

 金がないなら金の代わりのモノを刷れば良いんじゃないの?」

 「『金券を刷る』事は悪い事だけじゃない。

 金、銀、銅には重量があるからね。

 取引が手軽になるのは経済の発展のためには必要な事よ。

 港街も金券を刷って、今まで順調に経済が発展してきたからね。

 でも『お金が足りないから金券を刷る』って事は絶対にやっちゃダメ!」

 「何で?」

 「金券っていうのは民衆の信頼があってはじめて価値が出るものなのよ。

 ホラ、金券は本来ただの紙切れな訳じゃない?

 『この紙切れが貨幣の代わりになる』って民衆が信じないと金券はただの紙切れと同じ価値に成り下がるのよ。

 知ってる?

 ゴーリキが港街の金券を乱発したせいで、港街の金券は暴落したのよ?

 元は価値があった金券を金欠のゴーリキが大量に刷って、それで色々な支払いをしようとしたのが原因で。

 元々金券『1ゴーリキ』札は王国金貨1枚と同価値だったのよ。

 今や金券『1ゴーリキ』札は王国銅貨3枚と同価値よ。

 『金がないから金券を刷る』だけはやっちゃいけない事なのよ」

 おい、俺の持ってる『1ゴーリキ札』じゃ串焼きも買えないのかよ!?

 あの変態、余計な事しやがって!

 つーか、倹約の甲斐もあって『俺、ちょっと小金持ちかも』って思ってたのに気付いたら俺の手持ち、ガキ以下かよ!?

 おやつも買えないのかよ!?

 ショックで震えている俺にリューカが話しかける。

 「ねぇ、どうすれば良いと思う?」

 俺はそれどころじゃない。

 上の空だ。

 「どう、って・・・堅実に働いて金を稼ぐしかないよなぁ・・・」

 「やっぱりそれしかないわよね」

 俺の答えに何故かリューカは嬉しそうだ。

 「やっぱり砦にも産業が必要なのよね!」

 うんうん、と盛んにリューカは頷いている。

 次の日、掲示板に俺の名前で『砦の名産品を作ろう!』という告知が掲げられた。

 「お前、俺に相談もせずに・・・」バッグが俺を非難がましい目で見る。

 「いや、本当に知らん。

 身に覚えがないんだ」と俺は答えるしかない。

 バッグも『このままではマズい。資金が枯渇する』と考えていたらしい。

 だからバッグは砦に観光客を招き入れようとしていた。

 そして観光名所の整備をしていたのだ。

 「いや、それにも金がかかるだろ」と俺が言うと 「先行投資に金がかかるのはある程度しょうがないだろ?

 それに名所開発による『公共事業』『公共工事』は『取り敢えず砦に来たけど仕事がない』という大量の失業者に当面の雇用を産む」との事。

 俺がちょっと引っ掛かりをおぼえたのはバッグとリューカの摩擦、摩擦というほどのモノじゃないがバッグもリューカもお互いを快く思っていない、と言う事だ。

 二人とも言う事に筋は通っている。

 でも『対立するのは正義と悪だけじゃない。正義と違う正義も対立する』らしい。

 『オケアノスを立てて軍団を作る』という大きな目的があるから二人は同じ天を仰いでいるが、俺がいなくなったり戦死したりしたら緩やかな「大同団結」は解けて、対立を始めるんだろう。

 これが権力闘争の構造か。

 バッグとリューカには野望はない。

 でも野望を持った対立を煽る者もいるのだろう。

 二人が対立しないように俺がしっかりしなきゃいけないんだろう。

 具体的に何をしなきゃいけないかは不明だが。


 名産品を作るのにも、観光地化するのにも費用が莫大にかかっている。

 「あと一月はもつ」といわれた備蓄の資金も半月ほどで底をつきそうになった。

 「あ、もうダメかも・・・」と思った時に砦が観光地としてオープンした。

 ゴーリキ邸からパクってきた数台の幌馬車は乗り合い馬車として、色々な都市を行き来した。

 「それだけじゃ馬車が足りないだろう?」と思ったが、行き来している先の街も乗り合い馬車を数台準備した。

 「この儲け話に乗らない手はない」と思ったのだろう。

 砦のそばには元々『湯治場』があって、主に港街の漁師が利用していた。

 だが、バッグはそれを見逃さなかった。

 温泉を砦の観光地に引き込んで、呼び物にしたのだ。

 『美人の湯』と銘打った温泉は遠くから貴婦人を呼んだ。

 「嘘つけ!

 元々、漁師のオッサンばっかが温泉に入ってたんだぞ!」俺はバッグに突っ込んだ。

 「まるでオッサンが『美人の湯』に入っちゃダメみたいな言い方だな。

 『美人の湯』とか言ったもの勝ちなんだよ!

 観光地に来たヒキガエルみたいなオバハンが美人だと思うか?

 気分の問題なんだよ!

 ヒキガエルが満足してるなら誰も損しない。

 それで良いじゃんか?」うーむ、バッグの言い分にも一理ある。

 大体『風呂に入ったぐらいで美人になれたら世話はない』とは俺も思う。


 リューカが募集していた名産品も観光客には大人気だ。

 元々港街の漁師が砦の一番に海産物を売りに来てたのだ。

 海から少し離れているにもかかわらず海産物が温泉の名物となった。

 だが砦は元々山を切り開いて作られた物で北には森があり、西には山がある。

 つまり山の幸、森の幸にも恵まれている。

 『山菜とキノコと魚の煮込み』は他所じゃ味わえない深い味わいだ。

 俺とリューカは考えた名物は対立していた。

 リューカの考えた、温泉の湯気を利用して蒸した『肉饅頭』と俺が考えた温泉の熱湯を利用した『温泉たまご』

 「蒸籠(せいろ)とか蒸し網とか初期投資がかかるだろ!

 肉饅頭を作るのにも人件費がかかるし!」

 「卵を茹でただけでしょ?

 お金はかからないかも知れないけど、呼び物としては弱いんじゃない?」

 審査結果は真っ二つに割れて、決戦投票に突入しようとしたところで、審査委員長だったレノンが鶴の一声『別に名物が一つじゃなくても良いはずだ』

 これにより、海の幸、山の幸、干物、毛皮も名物となった。

 一番人気が審査で一票も入らなかった『山菜とキノコと魚の煮込み』なのだから何のための審査だったのかわからない。

 因みに『山菜とキノコと魚の煮込み』の発案者はリンさんだ。

 王女の発案『骨男の小物』も地味に売れている。

 何故これが湯治場のお土産物なのかは王女と買っていった者にしかわからないが。

ーーーーーーーーーーーーーー

 ~ある女スパイの砦潜入記~

 砦は観光客で繁盛しています。

 これだけの人混みなら潜入も容易いでしょう。

 砦の入り口には『ようこそおいでませ!』と書かれたゲートがあります。

 ポンポン

 私は何者かに肩を軽く叩かれます。

 振り返るとそこには赤髪の厳つい大男が立っていました。

 「ひぃ!」私は軽く失禁しましたが、あくまでも『軽く』です。

 大騒ぎするほどじゃありません。

 男が私に言います。

 「視察の入り口はそこじゃないよ」と。

 意味がわかりません。

 私は「どういう意味ですか?」と男に訪ねました。

 「アンタ、砦の状況を探りに来たんだよね?

 探るのは自由だけど『視察』て書かれたバッチ付けてないと、スパイ扱いされちゃうよ?」

 何故か私がスパイだと言うのは潜入する前からバレバレでした。

 「な、何でそう思ったんですか?」

 「職業柄『敵』『味方』『敵意』『殺意』『警戒』『欺瞞』ってモンは見分けられるんだよ。

 ・・・いや、一人だけ『何を考えてるか全くわからない男』がいたな。

 ソイツが今の主なんだけどな。

 アンタからは『敵意』『警戒』を感じたんだよ。

 『こりゃ砦に潜入しようとしてるな』ってね」

 「貴方、一体何者なんですか!?」

 「俺はマック、『剣神』なんて呼ぶヤツもいる。

 今はただのボディーガードだがね。

 弟子が成長してボディーガードの任務を任せられるようになったから、こうやってたまに砦に入って来る人らを眺めてるんだ。

 それはそうと『視察許可証』にサインしてよ。

 じゃないとアンタ、砦には入れないよ?」

 目の前に『剣神マック』がいます。

 逃げられるわけがありません。

 私は震える手で『視察許可証』を受け取ります。

 『視察許可証』は布に文字が書かれています。

 ①砦内で騒ぎを起こさない。

 ②破壊行為をしない。

 ③人を傷つけない。

 ④人を殺さない。

 ⑤砦内で見た真実を外で伝える。

 以上の事を私は守れます。

 はい・いいえ

 「『はい』に◯つけた人だけ『視察』のバッチ渡すよ」と男は言う。

 「約束を守らなかったら?」私は咄嗟に言った。

 いや、言ってしまったのだ。

 「折角砦に来てくれたお客さんを脅したくはねーんだよ。

 頼むよ、察してくれよ」男の肩の筋肉がボコボコと膨れ上がる。

 私は更に軽い失禁をしました。

 『視察許可証』にサインをする。

 偽名を書こうとすると男に「本名書かなきゃダメだ」と言われます。

 「嘘をつくヤツは臭う」そうです。

 そんなに鼻が良いなら私がちょっと失禁していたのもバレていたでしょうか?

 ついつい本名でサインしてしまいました。

 スパイ失格です。

 「じゃあ物騒なモノはここに置いて行って。

 大丈夫、最後には返すから」

 「え!?

 私、丸腰ですけど・・・」

 「そういうの良いから。

 時間がかかるだけだから」

 私は震えながら髪飾りに擬態している毒針を外します。

 「それだけじゃないだろう?

 全部出そうぜ?」

 私は襟元にナイフが隠されている上着を脱ぎ、ワイヤーが仕込まれているベルトを外して、ポケットの内側に爆発物が仕込まれているズボンを・・・脱ごうとしたところで男に止められた。

 「ちょっと待て待て、ここで裸になる気か?

 ここに着替えを持ってこさせるからもう全身着替えちゃおうぜ?」

 男は私に言うと、控え室のような場所に私を連れて行きました。

 男は控え室にいた女の人に何かを伝えていました。

 きっと「着替えを持って来い」と伝えたんでしょう。

 女の人は頷いて控え室を出ていきました。

 五分ほどすると一人の青年が私の着替えを持って現れました。

 私は「こんな美少年がこの世に存在するんだ!」と目を奪われました。

 何があってもヘラヘラしていた男が明らかに焦っています。

 「何でここに来たんだ!」男が青年に怒鳴ります。

 「何か面白そうだったから持って行く人と替わってもらったんだ。

 今まで服に何か仕込んでる人の話は沢山聞いたけど『全身着替えろ』なんて聞いた事なかったからどんな人なのかな?って」

 「それにしても無用心すぎる!」

 「マックがいるから大丈夫でしょ?

 リュークもどこかで俺が気にならないようにボディーガードしてるんだろうし」

 「それはそうなんだが・・・」

 男はまだ何か焦っています。

 そんな男を無視して青年が私の前に来て言う。

 「こんにちは!

 着替えをここに置いておくね!

 そこのカーテンの陰で着替えちゃってね」

 「は、はぁ・・・」

 気の抜けた返事をする私をよそに『視察許可証』に目を通していた青年が私に言います。

 「へえ、マリーナって言うんだ。

 海に関する名前だね。

 海の近くで生まれたの?」

 「い、いえ。

 8月生まれなんです。

 だから夏っぽい名前っていうだけで海は関係ありません、ごめんなさい・・・おかしいですよね?」

 「ううん、可愛い名前だね。

 あ、現在の住所はルイジアナ王都か。

 ずいぶん遠くから来たね。

 ここまで大変だったね」

 「そんな事ないです。

 仕事ですから・・・あっ!」

 私はつい口を滑らせます。

 それを聞いているのか、いないのか青年は話を続けます。

 「俺の知り合いもルイジアナ王都に住んでた人がいて・・・もしかしたら王都ですれ違ってたかも知れないね!」

 「私は任務以外で王城から出た事はありませんし、城下町ですれ違っていた可能性はありません」

 「そうかー。

 何で王城の中にいたの?」

 「私の雇い主が王城の中の人間でしたので」

 私は何でこんなにペラペラと雇い主に関する情報を口にしているのでしょう?

 「君の雇い主って・・・」

 「そ、それは言えません!」

 「何で?

 言ってるようなモノじゃない。

 『王城に住んでる』って」

 「た、たとえ雇い主が王族だとバレても、誰かまでは話せません!」

 「どうして?」

 「雇い主は『砦にいる』という噂のお嬢様の事が心配なだけなのです!

 しかし王城は現在、雇い主が王位を退くと宣言した後、次期王選の真っ最中です!

 雇い主が誰かに肩入れ出来る状況ではないのです!」


 「全部言ったみたいなモンじゃねーか」

 背中であきれたような男の呟きが聞こえたような気がしましたが、気のせいでしょう。

 私は秘密を厳守します。


 私はカーテンの陰で用意された服に着替えます。

 「あの娘、面白いね。

 俺が砦を案内するよ」

 「まあ王様にルーシー様の状況を調べさせられてるだけみたいだし危険はないと思うけど・・・」

 「タイミングが合ったら、ルーシーさんにも会わせたいし。

 ルーシーさんのところに好きに行ける人間って限られてるからね。

 その中に俺がいるのが変だけども」

 「主じゃなかったら誰がルーシー様に自由に会えるんだよ?

 主は砦のトップなんだぜ?」

 私が着替えている間、男と青年が何やら話をしています。


 「お待たせしました」

 「お、結構似合ってるじゃん!」

 青年の一言に私は耳まで真っ赤になります。

 そんな私に青年が『視察』と書かれたバッチを差し出します。

 私はバッチを左肩につけました。

 「それじゃあ、行こうか?」

 青年が私の手首を掴みます。

 私もスパイです。

 色仕掛けの訓練は受けています。

 ・・・実際にやった事はないけど。

 そう簡単に男に堕とされるとは思えません。

 でも何でしょう?この今までに感じた事がない胸の高鳴りは?

 「完全に堕ちてるじゃねーか。

 天然ジゴロだな、末恐ろしい・・・」後ろから男の声が何かを言っています。

 でも自分の胸の高鳴りがうるさくて男の声は聞こえていません。


 まずは砦の土産物屋さんに入ります。

 色々なモノが売っています。

 ここに来たら思わず財布の紐が緩んでしまうのでしょう。

 私も何かお土産を買って帰りましょうか?

 しかしどれも中々に良い値段です。

 (これはちょっと手が出ないな)

 少し寂しそうな私を見てか青年が「小物コーナーに行こう。小物ならそんなに高くない物もあるはずだし」と私の手首をまた引っ張りました。

 確かに小物はそこまで高くはありませんでした。

 これならスパイの後輩達にお土産を買って帰れそうです。

 小物コーナーで私は気になる物を見つけました。

 骨です。

 骨の小物です。

 関節は固定してありません。

 全身がフラフラと揺れます。

 「何これ?」私が眉を潜めます。

 「あ、それ、『砦の名産品を作ろうコンクール』で参加賞だったヤツだ」

 「売れてるんですか?」

 「それがたまに売れるんだよね。

 不思議な事に」

 「何で売れるんですか?

 こんなに気持ち悪いのに。

 何か秘密でもあるんですか?」

 「これ、暗闇で光るんだよ」

 「・・・で?」

 「それだけ。

 実は何で売れるか、俺もわかんない。

 その人が開発した物がもう一つあるんだよ。

 それも何で売れるかわからないのにたまに売れるんだよね」

 「それは何ですか?」

 「木刀」

 「何でそんな物が土産物屋さんで売ってるんですか!?」

 「わかんない。

 でもたまに売れるみたいなんだよね」

 「その人何を考えてるんですか!?」

 「わかんない。

 直接聞いてみたら?」

 「会えるんですか?」

 「さっき使いを出したら返事が来たんだよ。

 『後で行く』って。

 もう少ししたら来ると思うよ。

 でも待ち合わせ場所まで行かないと」

 何で青年が私と変な土産物を開発した変人を会わせたいのかがその時はわかりませんでした。

 別に私は変人となんて会いたくなかったのに。

 私と青年は通りを歩きます。

 青年は何故か人気者のようです。

 道ですれ違う人々に手を振られます。

 青年は少し照れ臭そうに手を振り返します。

 何かの出店のおばちゃんが青年に何かを2つくれたようです。

 「それ、どうしたんですか?」

 「もらった、温泉卵だ。

 マリーナちゃんの分も」

 青年は私の分の卵も殻をむいて私に渡してくれました。

 二人で温泉卵を食べます。

 「どう?」

 「普通の茹で卵ですね。

 まずくもないですが、美味しくもありません」

 私は正直に答えました。

 途端に青年が落ち込みます。

 実はこの温泉卵、青年が企画した物らしいです。

 悪い事を言ってしまいました。

 もう少し歩くと肉饅頭が売っていました。

 「リーダー、買って行っておくれよ!」売り子のおばちゃんが言います。

 『リーダー』って何でしょう?

 「よ!社長!」みたいなモノでしょうか?

 青年は「そう呼ばれるのに弱いんだ、慣れてないし。素通り出来なくなっちゃう」と言ってました。

 青年は小銭入れの中を覗き込んでいます。

 少し見たら小銭入れの中には銅貨三枚だけが入っていました。

 子供でももう少し小銭を持っています。

 手持ちの銅貨全てを売り子のおばちゃんに渡して小さい肉饅頭を一つ買っていました。

 「働いてない訳じゃないよ?

 俺には『貯蓄の才能』も『資金運用の才能』もないらしいんだよ。

 俺が持ってた『ゴーリキ札』は紙くずになっちゃったし。

 だから稼いだ分のお金は他の人に預かってもらってるんだ。

 必要な分は言えば受け取れるんだけど、今、たまたま手持ちがまったくないだけなんだ!」

 青年は言い訳がましい事を言いながら、肉饅頭を半分くれました。

 「どう?美味しい?」

 先ほどは落ち込ませてしまいました。

 言葉は慎重に選ばなきゃいけません。

 「不味くはないんですけど、私は甘い煮豆の入った饅頭の方が・・・」

 ピクリと青年が動きます。

 「それどうやって作るの!?」

 えらい青年が私の言った事に食い付いてきます。

 私は饅頭の作り方を簡単に青年に教えます。

 「フハハハハハ!これさえ知ればあの女にリベンジ出来るぞ!」

 「あの女って誰ですか?」

 「この肉饅頭を考案した女だよ!

 大して美味くないよね?

 これが人気なんて何かの間違いなんだよ。

 これだったら『温泉卵』の方が美味しいよね?」

 「いや、温泉卵はただの茹で卵だと・・・」

 私は青年と話ながら温泉街を歩きました。


 「お待たせ、オケアノス」歩いていると後ろから女性の声がしました。

 女性は確かに言いました『オケアノス』と。

 「お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、オケアノス!?」

 私は驚いてその場で腰を抜かしました。

 「アレ?

 俺ってもしかして有名人?」

 「かなり有名人よ。

 私が『義賊』の噂を聞いて助けを求める程度にはね」

 女性の話を聞いて青年・・・改めオケアノスは格好をつけました。

 「俺がオケアノスだ」

 「他に何か言う事はないの?」

 女性は呆れています。

 「うるさいなー!

 急に格好つけようとしても、途端には思いつかないんだよ!」

 ミステリアスな頭の中のオケアノス像が壊れて目の前のフレンドリーな青年とイメージが重なります。

 少し失禁しましたが、服を上下全て着替えた後で助かりました。

 もう失禁したりはしません。

 連続で失禁したらヤバいです。

 そして、私は、女性の方を向いて・・・失禁しました。

 「ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル、ルーシー様!?」

 「貴女はマリーナじゃない!

 何でこんなところにいるの?」

 ルーシー様も少し驚いたみたいです。

 ですが、ルーシー様は私をオケアノスさんに紹介してくれました。

 「彼女はマリーナ。

 お父様専属の隠密よ」

 お父様って事は国王か。


 「ルーシー様、国王様も心配しておいでです。

 国へ戻りましょう!」

 色々事情はあるでしょうが私は、真っ先にルーシー様へ言いました。

 「今は国へは戻れません」

 「何故ですか!?」

 「私を暗殺しようとした者はわかりました。

 現在、彼は我々の監視下にあります。

 もう二度と復権は出来ないでしょう。

 どういった制裁を下すかは考慮中です。

 何故、今、泳がせているかわかりますか?

 私の外遊の情報を売った、ルイジアナ側の裏切り者が明らかになっていないからです。

 今、私が王城に戻ったとしても、裏切りは必ずどのタイミングかで起こります。

 そのタイミングで今回と同じようにオケアノスのような私を助ける存在が現れる事はないでしょう。

 であれば、この砦にいるのが一番安全でしょう」

 「国に戻る事の危険性はわかりました。

 でもルーシー様はこの砦で自由に動い回っているんですよね?

 その事の危険性はわかっているんですか!?」

 「スパイも暗殺者もこの砦には忍び込めませんよ。

 マリーナも入り口で隠密とバレたんじゃありませんか?」

 「それは確かに・・・。

 でもそれは絶対じゃないですよね!?

 暗殺者の見落としだってあるかも知れない!

 こうやって外を出歩くのは危険です!

 そうだ、お母上様方のお祖父様が辺境伯をやっている領地がここのそばにありましたよね?

 そこを頼られては如何でしょう?」

 「私はお祖父様の領地を目指していた時、暗殺者に襲われたのですよ?

 お祖父様の領地を目指している情報が筒抜け、という可能性はありませんか?」

 「・・・・・」

 私はルーシー様へ言い返せませんでした。

 「騙されるなよ、姫様は自由な暮らしを楽しんでるだけだからな!

 別にこの砦の中で引きこもったって構わないんだぞ?

 ここでウロウロしてるのは姫様のわがままだ!」

 ボソッとオケアノスさんが何かを言いましたが、ルーシー様はニコッと凄みのある笑みをオケアノスさんに向けて黙らせました。


 「そう言えば、ルーシーさんに質問があるんじゃなかった?

 『あのホネホネの小物は何なの?』って」

 「どういう意味ですか?」

 私は何を言っているのかわかりません。

 「あのホネホネの発案者はルーシーさんだよ?

 マリーナさん言ってたじゃん。

 『訳わからん』って」

 「わ、わ、わ、わ、私はそんな事は決して!」

 慌てる私を気にせずにルーシー様は言いました。

 「何であの骨の格好良さがわからないのかしら?

 暗闇で光るのよ?」

 ・・・ルーシー様の感性は独特なようです。


 マリーナからの手紙を見た国王は、早速マリーナに手紙を送る。

 『ルーシーを守れ、帰って来ないで良いぞ!

 帰って来る時はルーシーと一緒だ』

 砦に隠密マリーナが加わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ