偽りの義賊
悪人から奪った金品を市井に配る。
善人からは金品は奪わない。
完全なボランティアだ。
そんな事をやっていて生きていける訳がない。
義賊が生きていけるのには『カラクリ』がある。
金持ちのパトロンがいるのだ。
パトロンは善意で金を出しているのか?
そんな訳はない。
貴族なんて叩けば埃が立つ存在だ。
腐敗が進んでいる王国で悪い事をしていない権力者なんていない。
むしろ『悪い事をしているから権力の中枢にいられる』のだ。
もちろんそれは義賊のパトロンである貴族も例外じゃない。
賄賂まみれで警察組織は貴族を取り締まらない。
そこで悪い事をしている貴族に鉄鎚を下すのが『義賊』なのだ。
その証拠を義賊に渡すのがパトロンである貴族なのだ。
パトロンである貴族も正直、悪事にまみれている。
"蛇の道は蛇"
まみれているからこそ、他の貴族の悪事を掴む事が出来るのだ。
パトロンは何故、悪事を暴くのか?
ライバルを追い落とそうとしているからだ。
ライバルがいなけりゃパトロンは王国内で地位を手に入れられる。
地位があれば更に甘い汁が吸えるのだ。
何故俺が義賊なのか?
あのクソ気持ちが悪い男色の辺境伯、ゴーリキにガキの頃、気に入られたからだ。
コソドロだった俺は食いつめて忍び込んだ辺境伯の屋敷で捕まった。
拘束された俺はゴーリキの前に引摺り出された時、死を覚悟した。
ゴーリキは俺の身体を撫で回した。
俺は鳥肌に耐えながら、奥歯を噛みしめて黙っていた。
悲鳴を上げたら首を斬られると思ったからだ。
「ここで殺されるのか、私に抱かれるか、・・・それとも私の犬になるのか。
良く考えて選べ」
ゴーリキは俺の身体を撫で回しながら言った。
俺には他に選択肢がなかったんだ。
「お、俺はアンタの犬になる・・・」
どんな汚れ仕事をやらされるのか?
そう半分諦めていた俺に与えられた役割が『義賊 オケアノス』だ。
オケアノスというのは『海の神』の名前だ。
辺境伯が治めているのが港街だったから『海の神』の名前の義賊がウケが良いと思ったのだろう。
俺は孤児で本当の両親なんかは知らないし、本当の自分の名前も知らない。
だが俺には孤児院の院長が付けてくれた名前があった。
俺はその時、名前を捨てて『オケアノス』と名乗った。
もちろん普段から『オケアノス』と名乗っている訳じゃない。
名乗った偽名は数えきれないが。
義賊は人々の希望の光だ。
『悪党から奪った金品を貧しい人々に配る』
義賊がいるから人々は辛い日常の中でも生きていける。
義賊が汚職、賄賂にまみれた貴族達に鉄鎚を下してくれる。
それが港街で暮らす者達の希望の光だ。
それが港街を治めているゴーリキの書いたシナリオであるとも知らずに。
それに義賊の存在はゴーリキに名声を与えるためにも調度良い。
義賊は悪事を働く貴族から盗みを繰り返す、という事になっている。
なのに義賊はゴーリキの屋敷からは物を盗まない。
人々は『ゴーリキ様は清廉潔白なんだ!』と解釈する。
そんな訳はない。
ゴーリキの膓はどんな悪徳貴族より汚い。
でも市民に義賊の人気が高まるとゴーリキの人気も高まるシステムなのだ。
本気で憲兵がオケアノスを捕まえようとしたら捕まえられただろう。
だが憲兵にはゴーリキの息がかかっている。
ゴーリキに『オケアノスを捕まえるな』と言われた憲兵に俺は捕まえられない。
そして俺はゴーリキの財産には手はつけないし、ゴーリキの悪事には一切目を瞑る。
俺はゴーリキの操り人形、『偽りの義賊』なのだ。
"あの時"までは。
港街に俺のアジトはあった。
港街で俺が名乗っている名前は『クロト』
何でと言われてもわからない。
偽名なんて名乗り過ぎてて、いちいちこだわりなんて持ってられない。
俺はゴーリキの操り人形だ。
ゴーリキの指令があるまでは自分から動く事はない。
その日もアジトのソファーで横になっていた。
俺が横になっていると女性が飛び込んで来た。
身なりは街で良く見る『動きやすい格好』だが、装飾品が街中で見るモノじゃない。
普通の街娘は質素な髪飾りをしているか、何も装飾品がないか、だ。
装飾品を付けている女は金持ちに囲われている女か、芸事で生きている女か、夜の蝶だ。
そういう女とは関り合いにならない方が良い。
裏社会に関わる男が背後にいる可能性が高いのだ。
そういう女が裏社会の男から逃げようとして、こうやって人のアジトに逃げ込んでくる事が稀にある。
「悪いな。
面倒事は御免なんだ。
アンタをここに匿う事は出来ない。
トラブルになる前にここを出て行ってくれ」
女は俺の話を聞いていたはずなのに下を向いてぶっきらぼうに言った。
「私を助けなさい」
何だ、その横柄な態度は?
「それが助けを乞う者の態度か?
・・・まぁ、どちらにせよ俺に助けを乞うのは間違いだ。
俺は一介の水夫だし・・・」
「嘘。
水夫がこんな時間に陸の上で何をしているの?」
「舟の仕事は年がら年中ある訳じゃねーんだよ。
それに海が荒れたら仕事は中止になったりする」
嘘じゃない。
海の上の仕事は色々な事で中止になりやすい。
でも海の上の仕事が中止になった時にしか出来ない網を修復したり、紐を結んだりなどの陸の上の仕事がある。
俺が漁業関係と名乗らない理由は漁業と農業の兼業が普通だからだ。
世間を騙すために農業までやりたくはない。
『お前は昼間からブラブラと働きもしないで何をしているんだ?』
そう言われないように俺は『水夫だ』と言っている。
本当の水夫にしてみたら、「水夫をなめるな!」と憤慨するだろうが、俺の真の仕事は夜行われる。
昼間働いて、夜間も働く訳にはいかない。
「貴方の本当の仕事は『盗賊』でしょ?」
「何を根拠に・・・」
俺は平静を装おったが内心「面倒臭い事になったな」と思っていた。
この女はどこまで真実を掴んでいるのか?
口封じのために殺すしかないか。
そう言えば俺、殺人とかしたことなかったな。
『偽り』とは言え、一応『義賊』だからな。
それに俺の仕事は楽勝である事がほとんどだ。
下調べはゴーリキが終わらせている。
その他汚れ仕事はゴーリキの雇ったならず者が終わらせている。
俺の仕事は最後のちょこっとだけだ。
ゴーリキのライバル貴族を蹂躙し、その蹂躙を正当化するためにその悪事を暴く。
そして最後に俺がゴーリキのライバル貴族の財産をちょこちょこっと盗みそれを市井に配る。
俺の名声がゴーリキの圧政、無法を隠す。
そのカラクリまでこの女にはバレているのか?
「貴方、義賊でしょ?
正しい者、弱い者の味方なんでしょ?」
驚いた。
この女には俺の本当の正体はバレていない。
俺はゴーリキの傀儡で、これまで何度も変態に身体を触られ、変態が酷く泥酔した時には全身を舐め回された。
義賊の格好も本当は勘弁して欲しい。
ゴーリキの趣味なのだろうが中性的な衣装はおよそ盗賊の格好とは思えない。
闇にまみれなきゃいけないのに『義賊オケアノス』の衣装は真っ赤だ。
そしてヒラヒラだ。
「こんな格好してたら、すぐに捕まっちゃうだろ?」と俺が難色を示したら
「憲兵は賄賂で買収してある。
オケアノスが仕事をするルートには憲兵は配置されていない。
もし万が一お前が憲兵に捕まっても大丈夫だ。
賄賂なり何なりで裏から手を回して、お前は釈放される」ゴーリキは俺の太ももを撫で回しながら言った。
だから言ったじゃねーか。
あの格好は目立ち過ぎだって。
あんな格好していたら絶対誰かに見られるって!
俺がこのアジトに入って行くところを誰かに見られたんだ。
この女は『この男がオケアノスだ』以外の情報は一切持っていない。
今まで何回かアジトの場所が発覚している。
しかし憲兵に捕まった事はないし、ゴーリキが新しいアジトと偽名と戸籍を準備してくれた。
俺の正体を暴いた者のその後の話は知らない。
おそらく・・・。
(またか・・・)
俺はウンザリした。
また引っ越さなきゃいけないし、また新たな人格を演じなきゃいけないのか。
今回もいつもと同じように収拾しよう。
起こった事をゴーリキに報告すれば・・・報告されたこの女性はどうなるんだろう?
わからないフリはしていたが本当はわかっている。
おそらく秘密を知った者はゴーリキによって消されてきたんだ。
俺はそれを薄々わかっていながらゴーリキに後始末を頼んでいたのだ。
つまりこの女性はゴーリキの手の者により消される。
少し仏心が出た。
「俺の正体をこの女性が
バラさないと誓って、俺に依頼をしなきゃいけないやむを得ない理由があって、どこか遠くへ行く」と言うのならゴーリキもこの女性を殺さないかも知れない。
「俺はアンタが言うような義賊じゃない。
でも、そう思った理由が知りたい。
そしてアンタが誰なのか知りたい。
こちらだけ正体を探られるのは、何も疚しい事がなくても良い気分じゃない」
「そうよね。
助けを求めるなら先にこちらの正体を明かさないとね」
女性は羽織っていたフードを脱ぐ。
市井の女は首飾りやブレスレット、アンクレット
、指輪などの装飾品はつけないからフードを脱ぐ前からやんごとなきお方だというのはわかっていた。
それに手入れされたブロンドの編み込まれた髪の毛も市井の女の『ソレ』じゃない。
「私はこんな格好をしていますが、実は平民ではありません」と女。
うん、知ってた。
お前のような平民がいるか!
女は見たところ、20歳前だ。
化粧はしていない。
フードを被っていた事からも、何者からか逃げていたのだろう。
化粧していなかったのはその余裕がなかったからなのかも知れない。
その割にはアクセサリーをゴテゴテと付けている。
「何でそんなにアクセサリーを付けているんだ?」
「アクセサリーは逃亡生活の中で、資金の代わりになります。
従者に私のアクセサリーを売りに行かせて路銀を得ていました」
「見たところ、アンタに従者がいるようには見えないが?」
「逃げ出した時には4人の従者がいました。
逃亡生活の中で従者は減っていき、今朝、最後の従者を失いました。
彼女は捕らえられる前に『義賊の情報を得た。姫様がこの国から逃げるためには彼の力を借りるしかない』と言っていました。
彼女は義賊の情報を得るために動き回り、動き回った事で今朝捕らえられました。
追っ手が迫った彼女は私を逃がし義賊、貴方のアジトの場所を私に伝えたのです」
なるほど、それで一人なのか。
それより気になる部分がある。
「アンタ、『姫様』なのか?
さっき自分で言ってたよな?」
「この期に及んで、隠すつもりは毛頭ありません。
私はルイジアナ王国の王女にして第三王位継承者、ルーシー=ルイジアナです」
聞いた事がある。
第一王位継承者は現王の弟であり高齢だ。
何より権力に対する執着が一切ない。
次王に指名されても固辞するだろう、と。
第二王位継承者は現王の第一子の王子だ。
聡明で思いやりがあり、次王として楽しみだ・・・と言われていた。
誰かが王子に魔薬を盛ったのだ。
王子は廃人と化した。
可能性は限りなく小さかったが、治療の方法もあった。
魔法で全身の血を洗う、という治療法だ。
だが、その治療は誰からも提案されなかった。
それだけ魔薬を盛った者が権力者で、その者に逆らう事がこの王国で生きていけなくなる事を意味していた。
そして第三王位継承者が今、俺の前にいる『ルーシー王女』だ。
ルーシー王女は現王の娘ではあるが、正室の娘ではない。
側室は多数いるし側室同士の関係も悪くない。
誰もが『次王はルーシー王女だ』と思っていた。
しかしそれを快く思わない者もいる。
ゴーリキだ。
『辺境伯風情が王位継承に口を出すな!』
もっともな話だ。
ゴーリキにだって次王が誰かなんて興味はない、本来なら。
側室である現王の王妃、ルーシー王女の母親がゴーリキが治める港街の程近くの辺境伯の娘でなければ。
ゴーリキは近隣の貴族を貶める事で勢力を伸ばしてきた。
だがルーシー王女の母親の生家だけは貶められなかった。
「王妃の生家を貶めたら、自分が現王からの印象が悪くなるんじゃないか?」と考えたからだ。
しかしゴーリキは面白くない。
目と鼻の先に自分が頭の上がらない貴族がいる。
自分は港街周辺では『辺境の王でありたい』
ゴーリキはそんなつまらない事を考えていたのだ。
話はルーシー王女が次期国王になる、という話に戻る。
「次王の母親が港街の隣の辺境伯の娘だ」
そうなった時のゴーリキと隣の辺境伯とのパワーバランスはどうなるだろうか?
それにゴーリキはあまり賢くなく、上手く立ち回れるタイプの男ではない。
ゴーリキは隣の領地の辺境伯にたいして、嫌悪感を隠していなかった。
次王の父親に対してだ。
これはマズい話になった。
どうしようか?
そうだ、ルーシー王女が王にならなけらば問題はないんだ。
ゴーリキはとにかくルーシー王女の身辺を洗った。
全く何もルーシー王女の『黒い噂』は出て来なかった。
清廉潔白なのかも知れない。
一介の辺境伯が次期国王候補の身辺など調査しきれないのかも知れない。
とにかく悪事が見つからないと、いつもの『義賊』を使った『追い落とし』は出来ない。
どうしたモノかとゴーリキは悩みながら、取り敢えずルーシー王女の情報を集める。
すると『ルーシー王女の母親の生家へのお忍び訪問』という極秘情報が出てきた。
王妃の父親が一度、ルーシー王女と面会を申し出たのだ。
しかし、現王が存命のうちに次王についての話をするのは無礼にあたる。
面会は極秘裏にお忍びで行われる事となった。
お忍びだから従者もほとんど連れず、港街の隣まで来ると言う。
俺が知り得た情報はここまでだ。
ゴーリキが飼っているスパイとはある程度仲が良くなっている。
お互いにお互の秘密をバラす事が出来ない運命共同体というのもある。
お互いに「秘密をバラすならコイツ」と思っている。
そしてお互いにゴーリキの事が大大大大大大大大大大大大大大大嫌いだ。
挨拶代わりに「ゴーリキ死んだ?」「いや、死ねば良いのに」と言葉を交わす。
だから港街の隣の領地まで第三王位継承者である王女が来てた情報は得ていた。
その後の事は知らなかった。
まさかゴーリキが王女に対して暗殺者を差し向けていた、なんて思わなかった。
・・・あの小心者がねえ。
それだけ隣の領地の辺境伯が有力者になる事を恐れているんだ。
「そうなったら身の破滅だ」と。
何にしても暗殺に関しては俺は門外漢だ。
俺は見た目重視でゴーリキに選ばれた。
『市民のヒーロー』として。
そういった汚れ仕事は別の者を雇っているだろう。
ルーシー王女の話はこうだ。
四人の従者を連れて母親の生家のある領地に来ようと隣の港街を通った時に暴漢に襲われた。
襲ってきたのは盗賊かも知れない。
最初の襲撃で身辺警護の騎士と侍女が命を落とした。
馬車にはある程度高価な装飾品を積んでいた。
辺境伯の屋敷を訪ねるんだから、フォーマルな格好をしなきゃいけないし。
だから味をしめたんだろうか?
それから数度賊に襲われた。
で馬車を失い、もう一人の身辺警護の騎士を失い、港街に侍女と二人で逃げこんだ。
装飾品は身に付けられる分だけ身に付けた。
どうにか港街から逃げ出す方法を探っていた。
目と鼻の先に母親の生家があるし、そこと連絡が取れれば逃げ切れる。
侍女が情報を集めていた。
この港街で『義賊』がいる、という情報を掴んだ。
そして『義賊』はここをアジトにしている、と侍女は情報を掴んだが、派手に動き過ぎたから追っ手に捕まった。
同情する。
王女が賊から逃げて『唯一味方してくれるかも知れない』と頼った男は敵の親玉の犬だった。
しかし王女も大概世間知らずだな。
盗賊が何度も同じ貴族を襲う訳がない。
そして、盗賊が王族の身辺警護の騎士より腕が立つ訳がない。
騎士が二人殺された時点で『相手は盗賊じゃない。腕利きの暗殺者だ』と気付いても良さそうだが。
それはともかく俺はゴーリキに『王女がアジトに逃げ込んできた』と伝えるべきだろう。
きっとゴーリキの手の者は草の根をかき分けて王女を探しているはずだ。
取り敢えず王女の話を聞こう。
「王女様は俺にどんな依頼をするつもりなんだ?」
「引き受けてくれるのですか!?」
「だから聞いてみるだけだってば。
俺が『義賊』とやらだってのだって、認めてねーからな。
俺が王女様の話を聞くのだって単なる興味本位だよ。
一介の水夫に次期国王と話す機会なんてないから」
「一介の水夫が、私が次期国王の有力者である事をよくご存知ですね。
第一王位継承者である叔父上が王位継承に消極的な事も、第二王位継承者である兄上が体調不良である事も一般には知られていないのですが」
ヤバい、やぶ蛇だった。
「俺が『義賊』だとして何で次期国王の内情まで知ってると思ったんだ?
一般人にとって、第一とか第二とかの王位継承権なんて意味がわからない。
王族と国王なんて違いがわからない。
おかしな買い被りは止めてくれ。
俺は王女様に興味以外の感情は持っていない。
面倒臭い邪推をするなら話は終わりだ。
話は他の人としてくれ」
「すいません。
私は貴方に話を聞いてもらいたいんです。
貴方に依頼します。
奪って来てもらいたいものがあるのです」
「こんな時に『盗んできてくれ』って依頼かい?」
「『盗む』んじゃなくて『奪還したい』んです!
私は侍女で私の乳姉妹のリンを連れ帰ってもらいたいのです」
「てっきり護衛を頼まれると思っていたが・・・。
良いかい?姫様の侍女は姫様を助けるために必死で『義賊』を探したんだよ。
その結果、目立ち過ぎて捕まったんだよ。
全ては姫様を逃がすためなんだよ。
死んだ従者もみんな姫様のために犠牲になったんだよ。
姫様さえ生きていれば・・・ってね。
それだけ想われてる姫様が自分が逃げるチャンスを失ってまで侍女を助けようとしちゃいけない。
捕まった侍女と他の死んだ従者達の想いを無駄にしちゃいけない。
姫様は逃げ切る事だけを考えな?
侍女を奪還する事なんて諦めて、さ?」
どの口がそんな事を言うのだろう?
俺がゴーリキに王女の居場所を伝えたら、王女を護ろうとした従者達の想いは全て無になる。
「わかっています。
わかっているんです。
私が本当にやるべき事くらい。
でも私はリンをどうしても見捨てられない。
本当の姉妹以上にいつも一緒に過ごして来たんです!
お願いします!
リンを救って下さい!」
リンがまだ生きている保障はない。
生きていたとしてそれは『王女を引き寄せるための罠』だ。
正直、もう王女は侍女を諦めるべきだ。
それが王女の最善手だ。
そして俺は王女の味方をせずゴーリキに王女を引き渡す、それが最善手だ。
①『義賊』と煽てられ、人々に感謝される中で、『頼られるのも悪くないな』なんて考えてしまった。
②孤児院育ちで、院長に可愛がられたのが唯一人に大事にされた記憶で『血の繋がらない家族』という話に弱い。
③単に王女に一目惚れした。
④ゴーリキが大嫌いだ。あのクソに自主的に力を貸すなんて死んでも御免だ。
「王女様の乳姉妹、リンさんだっけ?
俺が助けてみよう。
でも過剰な期待はするなよ?
リンさんがまだ生きてる保証だってないし、奪還が成功者する保証だってない」
「『義賊オケアノス』は仕事を10割成功させるんじゃないんですか?」
オケアノスの仕事が必ず成功していたのって、ゴーリキが下準備していたから、というのとゴーリキの権力で憲兵が動かなかったからだ。
俺が自分の意思で行った『盗み』は失敗しゴーリキに捕まっている。
「そんな話はどうでも良いんだ。
リンさんが生きているなら、おそらく捕まっている場所はわかる」
「何でそんな事がわかるんですか!?」王女が驚きながら言う。
何でわかるか?
ゴーリキが捕らえた者を監禁しておく場所は今も昔も変わらない。
俺もゴーリキに捕らえられた時に、その牢屋に閉じ込められた。
今までに何回かゴーリキの監禁を見ている。
その時にゴーリキは決まって同じ地下牢を使う。
「そんな話はどうでも良い。
大事なのは『俺にリンさんの居場所の心当たりがある』って事だ」
「そういう事にしておきましょう。
でも貴方はそこに忍び込めるんですか?
どうやって?」
屋敷には普通に顔パスだとは言えない。
言ったら面倒臭い事になりそうだ。
大変なのはリンさんを連れて逃げる時なのだ。
「忍び込む方法は細かくは説明出来ない。
してもわからないだろうし」王女は納得出来ていない様子だったが、仕方なく頷いてくれた。
本当にリンさんを連れて逃げる事は出来ない。
そんな技術も能力もない。
俺が長けているのは『嘘をつく能力』だ。
それで長年民衆を騙して『義賊』と言われてきた。
それともう1つ利用出来そうな事がある。
『ゴーリキの手下達がゴーリキに従っているのは権力を恐れているから。
本当は誰一人としてゴーリキに心酔していない。
ゴーリキの事が大嫌いなのだ』
忍び込んだら失敗するに決まっている。
だったら『オケアノスの惚れた女が監禁されているから助けに行く』と最初から情報を屋敷中に流しておくのだ。
『惚れている』というのは嘘の情報だ。
リンさんが王女の侍女であることは手下達は誰も知らない。
ゴーリキは隠しているだろう。
もし王家の関係者を監禁している事が知れて、これから王女を殺そうとしている事が手下達にバレたら手下達は速効で中央に密告するだろう。
ゴーリキが『国家反逆罪』で処刑されることを願って。
街道で王女の馬車を襲撃した者達も襲撃した相手が王女である事は知らないはずだ。
ゴーリキがリンさんを捕らえた理由も、もっとゴシップっぽい生々しい作り話をバラ撒く。
「男色のゴーリキはオケアノスに迫っていた。
しかしオケアノスには惚れた女がいた。
リンさんだ。
それを知ったゴーリキは怒り狂い、リンさんを地下牢に閉じ込めた」と。
作り話の中のゴーリキの扱いが酷いが、ゴーリキの男色に酷い目にあった、ゴーリキの手下も少なくないだろう。
俺を含めて。
思い出したくもないが、俺は酔ったゴーリキに全身を舐め回された。
俺に同情的な手下は多いだろう。
問題はゴーリキに忠誠を誓う手下が一人でもいたらこの計画は失敗、という事だ。
「姫様はここにいてくれ」
「どこに行くんですか?」
「リンさん救出の下見に行ってくる」
「!
危険じゃないんですか!?」
いやいや、下見に大した危険はない。
逆に下見、下準備をしておかなきゃ危険だ。
それに上手くすれば今回は下見じゃなく、本番になる。
俺は心配する王女を背に、ゴーリキの屋敷へ向かった。
ゴーリキの屋敷を見上げる。
用事がなきゃここには来ない。
用事があってもここには来たくない。
でも全く来ないとゴーリキが俺のアジトに来てしまう。
俺の領域にゴーリキの体臭と香水が混じり合った臭いが残るのにはもう耐えられない。
「あれ?オケアノスさん、今日はアイツに呼び出されたんですか?」
門番が俺に声をかける。
『アイツ』というのはゴーリキの事だ。
やはりゴーリキは手下共にウジムシのように嫌われている。
「あんまり大きな声で『オケアノス』って言うなよ。
聞かれたら困るだろ?」
「そうですね、失礼しました!
今、門を開けますね!
今日は何の用事ですか?」
「俺の惚れた女がゴーリキに捕らわれて地下牢に入っている、と聞いたんだよ。
だから、俺が救出に来た」
「そ、そんな事を堂々と宣言しないで下さいよ!
オケアノスさんを捕まえなきゃいけなくなるじゃないですか!
僕は何にも聞いていません!」
「大丈夫、門番の君には迷惑をかけないから。
救出は俺の独断だ。
君は黙って俺を見逃してくれれば良い」
「・・・今から独り言を言います。
門の横には守衛室があります。
そこには地下牢の鍵束が保管されています。
そこから鍵束を持って行って、そこに戻しておいてもらったら、誰が鍵を開けたのかはわからないでしょうね。
今から僕は一瞬トイレに行ってきます。
誰かが守衛室に入って鍵束を持って行っても僕は気付きません」
「そうか、ありがとう」
俺は遠ざかる門番の背中に頭を下げた。
守衛室に入り鍵束を探す。
あ、これが地下牢の鍵か。
ピッキングも出来ない事はないんだが、キチンとした鍵のピッキングには時間がかかってしまう。
鍵があるに越した事はない。
俺は鍵束を持って屋敷の裏の地下牢に向かう。
地下牢の入り口には見張りがいる。
これは予想外だった。
だが、予想しておくべきだった。
大切な捕虜がいるのに見張りがいないとの考えが甘かったのだ。
どうするか?
今日は出直して別の作戦を練ろうか?
しまった、見張りと目が合った。
リンさんが消えた時『そういえばオケアノスがいた』と言われる可能性が高い。
俺がどうしようか考えていると、見張りが俺に聞こえるように独り言を言う。
「新しく連れて来られた女は左奥の6号の牢屋に入っている。
6号の牢屋は『6』の番号が刻まれている鍵で開く。
今から30分、俺は別の場所に見回りに行く」
見張りはそう言うと地下牢の入り口から離れて行った。
どうやら門番から俺が来る事を聞いていたらしい。
地下牢に閉じ込めておいた捕虜がいなくなったら見張りの立場もまずいだろうに、俺を見逃してくれたのはゴーリキの事が本気で嫌いなのか。
とにかく、折角見張りが作ってくれたチャンスだ。
俺は左奥の牢屋を『6』と刻まれた鍵で開けた。
予想外の事態だ、『6』の地下牢に入っていた人物は一人じゃなかった。
そう言えば俺がゴーリキの地下牢に閉じ込められていた時も同じ牢屋に五人くらいいたな。
今回も6号の地下牢には四人詰め込まれていた。
「アンタがリンさんか?
俺は姫様の依頼で助けに来た男だ。
さぁ、牢屋から出てくれ。
一緒に逃げ出そう!」
俺が言うとリンさんは一瞬迷ったようだ。
そりゃそうだろう。
初めて見た男に『一緒に逃げよう』と言われても、罠を疑うのが普通だ。
リンさんが躊躇したら「その女が逃げないなら代わりに俺を連れて行ってくれ!」と騒ぐ男が現れた。
男が騒ぎ始めると「俺も」「私も」と騒ぎ始める者達で地下牢中で収拾がつかなくなった。
「頼むから騒がないでくれ!
騒いだら、この脱出作戦が失敗に終わる」俺が周りの人達を宥めるも既に蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
「わかった!
この地下牢にいる全ての人達を連れて行く!
だから騒がないでくれ!」
この時、俺は有り得ない決断をした。
全ての地下牢を開け放ち、捕らえられている全ての人達を解放したのだ。
捕らえられている者達は30人以上はいただろうか?
捕らえられていた者達は老若男女、様々だった。
俺はゾロゾロと捕らえられていた人々を引き連れて地下牢から地上へ上がった。
そこにいたのは見張りの男だった。
「これだけの人間をいっぺんに逃がしたとあったら俺も重い責任を取らされそうだ。命で償わなきゃダメかも・・・」見張りは重々しく口を開く。
もうこうなりゃヤケクソだ!
「脱出を手助けしてくれたヤツらの身の振り方には俺が責任を持つ!
俺について来い!」
見張りは一瞬の沈黙の後に「ちょっと門で待っていてくれ!同志を連れて来る」と言った。
それがどういう意味かは俺にはわからなかった。
俺はゾロゾロと門に向かって歩く。
逃げるにしてもこんなにスローペースで良いんだろうか?
あっという間に追っ手に追い付かれてしまうんじゃないか?
そんな事を思っていると俺の元に馬や馬に乗った人々が殺到した。
やっぱり考えが甘かったか。
これだけの人数で逃げられる訳がなかったんだ。
しかし騎馬の先頭の男をよく見ると見張りの男だった。
「取り敢えず屋敷から持ち出せる武器と防具と金品と馬車と馬はこれだけだ。
ゴーリキに反旗を翻したいヤツはこれだけ集まった!」
見ると百人以上が門の前に集まっている。
「馬に乗れない者は幌馬車に乗り込め!
さぁ野郎共!
もう変態クソ野郎の言いなりにはならないぞ!
俺達のリーダーは『義賊オケアノス』だ!」
エラい事になった。
流れでお貴族様に反旗を翻す事になってしまった。
俺は幌馬車に乗り込む。
馬に乗れない訳じゃないが、リンさんが心配だったから、幌馬車に乗っているリンさんと話をするためだ。
「気分はどうだ?
幌馬車の揺れで気持ち悪くはないか?」
「大丈夫。
馬車の移動には慣れてるから。
私はルーシー様の侍女として、ルーシー様に付き従い馬車に何度も乗っています」黒髪の女はキッパリと言う。
怖い想いもしただろう。
同僚が次々と殺され、自分も虜囚の身となったのだ。
年頃の娘なら泣きわめいても不思議じゃない。
なのにこの侍女は自分の主人の無事が確認出来るまでは緊張をとかないつもりのようだ。
全く、見上げた忠誠心だ。
「そのルーシー様だが、無事に俺のところまで辿り着いたよ。
リンさんなんだろ?
ルーシー様に『義賊オケアノスに助けを求めろ』って言ったのは・・・」
「!
という事は貴方が『義賊オケアノス』!?」
「義賊かどうかはわからないが、いかにも俺がオケアノスだ。
ルーシー様に依頼されてリンさん、アンタを奪還しに来たんだ」
「そうとは知らず失礼しました。
何か周りの男達にやたら『オケアノスさんの女』って言われて、訳がわからなかったんです」
「あー・・・それについては後で説明するよ。
ただ彼らに悪気が無いことだけは理解して欲しい、かな?」
「街道の先に打ち捨てられた、先の大戦の砦があります。
取り敢えず今日はそこに行きませんか?」門番だった男が言う。
名はバッグと言うらしい。
「じゃあその意見を採用、という事で。
でもその前にいっぺんアジトに戻らないと」
「アジトに何か大事なモノがあるんですか?」
大事も大事、この国の次期国王がいるんだよ。
俺は馬に乗り換えると、集団から離れてアジトを目指した。
アジトにまだ追っ手は迫ってない。
一先ずはホッとする。
アジトではルーシー王女が息を潜めて待っていた。
俺が声をかけると王女は短く悲鳴を上げた。
そりゃそうか。
今まで散々怖い想いをしてきたんだ。
でもここでのんびりしている時間はない。
「何があったかは道中じっくりと話す。
取り敢えず馬の後ろに乗ってくれないか?」
俺は王女様に敬語を使う余裕すらなかった。
きっとやんごとなきお姫様は、男に無礼な言葉遣いで急かされた経験はないだろう。
ルーシー王女は俺の言葉に細かく何度も頷いた。
きっと「言う事を聞くから乱暴にしないで!」とでも言いたかったんじゃないか?
俺は馬の後ろに王女様を乗せると「少し飛ばすからしっかり掴まっていろよ!」と言うやいなやギャロップで馬を走らせた。
小高い丘からアジトを見下ろす。
アジトに向かって、何者かが殺到している。
まさに『間一髪』だった。
俺がアジトに辿り着くのが遅かったら、追っ手が先に王女の所へ辿り着いていた。
アジトにはいくつか罠が仕掛けられている。
最終的にアジトには油が撒かれて炎上する。
だから丸一日は追っ手の時間が稼げるはずだ。
その間に砦の防御機能を築き上げよう。
「それどころじゃないのは承知しているけど、1つだけ聞かせて下さい。
リンは無事なんですか?
助けられたんですか?」
「馬を走らせている時には震動に慣れないと舌を噛む・・・と言いたいところですが安心して下さい。
リンさんは救助しましたよ。
ただリンさんを救助する過程で、この街一番の権力者を敵に回してしまいました。
だから今は一刻も早く逃げなくちゃいけません」
「『この街一番の権力者』?
では後程、お母様のお父様に口添えをお願いしましょうか?
お祖父様はこの街の隣の領地で辺境伯をやっております。
間に入って、和解の立ち合い人になってもらいましょうか?」
「大変有難い話ではありますが、この街一番の権力者とお祖父様は非常に仲が悪いのです。
お祖父様が口を出したらまとまる話もまとまらなくなってしまいます。
それに・・・」
「それに?」
「俺自身があの変態と永遠に袂を分かちたいんだよ!
『仲直り』なんて死んでもするもんか!」
「『あの変態』って誰の話ですか?」
「リンさんを拐って、王女様の仲間を殺した男ですよ!
懺悔しますが俺はその変態の操り人形でした。
『義賊』というのも嘘。
民衆を欺く仮の姿でした。
王女様が俺を頼って訪ねて来た時、俺は実はリンさんを拐ったヤツの手下だったんです。
リンさんが捕らわれている所を知っていたのも、敵の内側の情報を知っていたのも、リンさんが捕らえられていた地下牢の鍵を簡単に簡単に開けられたのも、俺が優れていたからじゃありません。
手下である俺が主である変態の屋敷の構造を知っていたのは当たり前なのです」
懺悔したい話はそれだけじゃない。
俺は我が身可愛さで、王女様をゴーリキに引き渡す事も考えていた・・・とか懺悔は無限に出てくる。
しかし俺が懺悔し終える前に俺は騎馬隊に追い付いた。
『騎馬隊』を組織した覚えはないが、ゴーリキの屋敷からありったけの馬と馬車を奪って来てしまったので、期せずして『騎馬隊』の体だ。
「あ、貴方こんなに大所帯の組織に属してるの!?」王女様が『騎馬隊』を見て驚く。
「驚いてるのは俺の方ですよ。
リンさんを地下牢から救助しようとしたら、他の地下牢に閉じ込められている人らが希望に満ちた目でこちらを見てるんです。
連れて行かない訳にはいかないでしょう?
・・・で、地下牢に閉じ込められていた者の多くは変態の手下の身内の者や恋人でした。
人質を取ってたんですね。
『反抗したら人質を傷つけるぞ』って。
俺が地下牢に閉じ込められている人達を解放したら、内心で変態を憎んでいた連中が変態を離叛して俺について来たんです。
それを聞いた他の連中も『俺も、俺も』とついて来たんです。
馬や馬車や武器や防具や財産は変態の屋敷から持って来たんだ」
話を聞いていた屋敷の門番だった男が口を挟む。
「僕の妹も地下牢に閉じ込められていたんだ。
まさかオケアノスが助け出してくれるとは思わなかった。
受けた恩は必ず返すよ。
『離叛を呼び掛けた』ぐらいじゃ恩は返しきれない」
やけに急に沢山の離叛者が出たな、と思っていたが門番が必死で離叛を呼び掛けたのか。
「今、一瞬はこちらが辺境伯陣営より戦力が上だ。
手下の多くはこちらへ寝返っているし、手持ちの武装のほとんども屋敷には残っていないだろう。
資産もほとんど持ち出した。
辺境伯の屋敷は空だ。
しかしその有利も持って一ヶ月だ」
門番は笑顔を一転させて、真面目な顔で言う。
「一ヶ月?
それは何で?」
「辺境伯はいつまでも無一文じゃない。
無ければ『緊急税収』という手段を取るだろう。
辺境伯はオケアノスのお陰で民衆人気は高い。
金さえあれば武装は揃う。
金さえあれば傭兵が雇える。
それより辺境伯という立場は民衆を徴兵出来る。
そうなったら最悪だ。
僕達の敵は港街の民、という事になる。
そうなる前に僕達は辺境伯を何とかしなきゃいけない」
「『何とか』って?」
「そんなの決まってる。
ゴーリキを討つんだよ。
それが出来なきゃ僕達は破滅だ」
物事というのは自分の考えとは関係なく回ってしまうものらしい。