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爛れた海月  作者: kondouhazime
第一章 海月に絡み取られたのは、果たして。
3/5

第一章 第三話

 その夜。懐かしい悪夢を見た。


 俺は甲子園出場実績がある県内強豪の不動の四番バッターだった。守備位置は一塁で、全身を伸ばして味方の送球をカバーする。時には固い身体を恨みたくなる程に、とんでもない送球が来て逸らしてしまう事もあったが、そういった時はバットで挽回する。監督からはまさに四番バッターとしてあるべき姿だと言われ、チームメイトにも頼りにしていると褒められて天狗になっていた。


 最後の夏、高校としては四度目、俺としては初めての甲子園出場が決まった。


 目標は当然、優勝だ。それ以外は目指さない。必ず勝利をもぎ取るぞ、とチームメイトを鼓舞して俺は打席に立った。


 一打席目は三振だった。二打席目はストレートだと思った球が変化して空振り三振を取った。


 不思議な感覚だった。今までならどんな球を投げられても、次の打席のために頭で球種を整理できたのに、その投手の事だけは読めなかった。


 七回の裏2アウト、ランナー三塁の場面で一塁の守備に付いていた俺に向かって打球が転がって来た。簡単な打球だ。取って、一塁ベースを踏めばこのピンチは追われる。


 そう思って捕球しようとしゃがんだ時、足に違和感を覚えた。靴底に踏んでいたのは石だった。本当に小さな石だった。プレーに影響を及ぼさないほど小さな石だったが、俺の意識はその一瞬だけ打球から石に持っていかれたのだ。


 それがいけなかった。打球はぬるりと俺の股の下を通過し、はるか後方まで転がっていった。

 三塁ランナーは楽々とホームベースを踏み、これまでお互いに無得点だった均衡が崩れて相手が優勢となった。


 顔面が蒼白となった。だが、俺は四番バッターだ。バットで挽回すればいい。


 三打席目はまさに絶好の場面だった。味方が繋ぎ、ノーアウト、満塁。フライでも良いし、バントで転がしてもいい。好きに点を取りなさい、と監督からサインがあった。


 四番の自分を信じてくれた監督に感謝しながら、バットを縦にして長く持つ。狙うのはホームランだ。それ以外ありえない。


 一球目を振った。しかし、それはボール球だった。ストレートだと思ったがシュートだったか。なるほど、これはそうやって変化するんだな。次は当てられる。


 二球目は真っすぐに俺の懐に潜り込んできた。判定はボールだ。確かに伸びのある直球だったが、捉えられる速度だ。


 三球目は見逃した緩いカーブが内角高めに決まり、追い込まれてしまった。しかしこの打球は見逃した球だ。危機感は覚えなかった。


 一瞬、今までの打席の内容が頭に過った。


 俺は一度でもバットに当てたか?


 そう考えた瞬間、冷や汗が滝の様に溢れた。審判にタイムを取り、打席を外して屈伸運動をした。


 大丈夫だ、俺は四番だぞ、冷静に鳴れ。と自分に言い聞かせる。


 四球目、内角に投げ込まれたストレートに全く反応が出来なった。恐ろしく速く、正確な真っすぐに息が詰まる。


 もし、これがストライクゾーンに投げらえていれば自分はバットに当てられていたか?


 否。おそらく、見逃しの三振だったろう。


 乾いた溜息を吐く。腹の底に黒くてドロドロした何かが溜まって行くのが分かった。 


 今すぐに冷たい水で何かを流し込んでしまいたかったが、打席に立っている間にそれは許されない。


 バットに球が掠りすらしない。ほんの少しでも当たってくれれば外野フライになって、犠飛で一点を取れる。あと一点があれば勝てるのに、俺は一度もバットに球を当てる事が無く、五球目のカーブを振って三振に倒れ、打席を終えた。


 結局は延長戦にもつれ込んで、投手が一発を打たれてサヨナラ負けに終わった。


 誰も俺の事を攻めなかった。チーム全体としても、安打は三本のみという完敗だったからだ。


 しかし、それでは相手を九回まで完封で押さえていた投手はどうなる? そんな投手の脚を引っ張った挙句、四番としての仕事を果たせなかった俺の存在価値は何なんだ?


 最後のミーティング中、心の中で俺はずっと自問自答を繰り返していた。監督の最後の言葉すら一切耳に入って来ず、自分が何を言ったのか覚えていなかった。


 帰り支度中、バッドを持った手が震えた。


 次にグローブを持とうとしたが一度落としてしまった。


 マネージャーが運んでいた籠から転がり落ちた球を拾おうと思ったが、球に触れる事が出来なかった。


 乾いた砂の上に水滴が落ちた。


 空を見ても雨雲一つ来ていない。


 そして気付く。俺の目から大粒の雨が降っていた事に。 


 次の日から俺はチームメイトに何も告げずに野球から距離を取った。あの頃に使っていた道具も、良い思い出も、嫌な思い出も、何もかも、全てをそこに置いて来た。

一章 完。


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