銃士と剣士 p.8
「間に合ったわね」
メリッサが開口一番に言ったのはそれだった。
建物を飛び回り、目的の地に着いた途端、既に地獄が始まっていた。
空間湾曲が発生した計十か所の内、メリッサは一番遠くの地区へと向かい、残りの地区は街に配備していた班を宛がっていた。
一番凄惨となる場所へ最大戦力を投入する方針ではあったが、やはり悲惨な現場は何度体験しても、慣れはしても感情は揺らぐ。
メリッサはすぐに気を引き締め、地面に倒れるアゲハへ駆けよる。
「アゲハ、大丈夫?」
「メリッサ、さん、これは……」
窮地に陥ったな状況で現れた同級生を見て戸惑っているのだろう、アゲハは驚いた様子でメリッサを見る。
『ケハハハ! 良い表情で驚いてくれるなこのお嬢ちゃん!』
唐突に手に持っていたルーズが大声を張り上げ、まさか銃から声が出ているとは思ってもいないアゲハは「きゃ!」と小さい悲鳴を上げる。
「ルーズ、黙りなさい」
「銃が、喋ってる……? は、はは」
異常事態に立たされっぱなしだからか、アゲハは乾いた笑いを上げる。
すると、緊張が解けたのか、目から涙がぽろぽろと流れ始める。
メリッサは彼女の肩に優しく触れ、励ましの言葉を投げようとする。
が、近くに倒れていた他の通行人の体がぴくりと動き始める。
「……っ!」
鋭い呼吸を吐き、メリッサはアゲハを守るように彼女の前に立つ。
太もものホルダーに吊ったナイフを抜き、もう片方の手で銃も構える。
もぞもぞと倒れていた通行人達が動き出し、まるで操り糸にでも引っ張られるかのように不自然に立ち上がる。
「あれは一体何なの」
アゲハは怯えながらメリッサに聞く。
「獣となってしまった元人間の姿よ」
「獣?」
「話は後、まずはこの一帯の奴らを殲滅するわ。貴方はそこにいて」
そう言い捨て、メリッサは銃とナイフを構えて、一直線に異形の者となった獣達に突っ込んでいく。
獣達もメリッサを補足すると、一斉にメリッサへと数で襲い掛かる。
獣の数が約十体だとメリッサは捕捉する。
右手の銃を構えると、駆けながら銃を掃射。
ハンドガンの形をした銃からは信じられないほどの重低音が鳴り、一発一発の威力が尋常でないことを物語る。
十発ほど打ち出された銃弾は獣達の太もも、肩、胸、腹など一体ずつに命中し、その衝撃からか直進していたはずが体ごと吹き飛ばされ、次々と後退していく。
立て続けにもう八発ほど撃ったところで銃からマガジンが自動的に飛び出ると、弾切れを知らせる。
だが、マガジンは銃底から抜け落ちることはなく、マガジンの半分が出た所で留まった。
メリッサはそれを確認すると、飛び出たマガジンに触れる。
マガジンを中心に血のように赤い五芒星が発生すると、メリッサはマガジンを銃へと押し戻す。
その隙を狙ったのか、メリッサの猛攻から逃れた獣の群れのうち一体がメリッサの間近まで接近した。
人間では再現出来ない速度で動くそれを、メリッサはしっかりと目で追う。
弾切れと判断したのか、獣の一人がメリッサへ右腕を振り落とす。
だが、それよりも早くメリッサはその獣の頭めがけて銃を振り上げると、引き金を引いた。
轟、と弾切れを起こしていた銃から弾丸が飛び、獣の頭を打ち抜く。
「まずは一体」
そうメリッサが呟き、同時に頭を打ち抜かれた獣は地面へと倒れる。
寸分たがわないヘッドショットを見舞われた獣はピクリとも動かなくなったが、さきほどメリッサに致命傷を撃ち抜かれたはずの獣達がのろのろと立ち上がる。
『おうおうメリッサちゃん、しっかり頭を狙いな!』
「分かってる、あいつらの足を止めただけ」
再び進行し始める獣達へメリッサは再び銃弾を撃ち込んでいく。
動きを鈍らせた獣達を優先的に頭へ命中させるメリッサ。
だが、メリッサの攻撃パターンを読んできたのか、一体の獣が他の獣達の後ろに隠れてメリッサの攻撃を躱す。
タイミングを見計らい、目の前の味方がメリッサに撃たれると同時にメリッサの死角から飛び出る。
さらに、メリッサの銃からマガジンが飛び出て弾切れが起きた。
『来るぞメリッサ~!』
ルーズがどこか楽しげに言うが「だから、分かってるわよ」とメリッサはどこか億劫そうに答える。
メリッサの胴体ごと下から切り裂こうと獣が腕を凪ぐが、メリッサは冷静にそれを交わす。
しかし獣は止まらず攻撃を畳みかける。
左右の腕による打撃、蹴り、組み付き、いずれの攻撃もスピードが尋常ではないものの、メリッサはすべてを最小限の動きで交わし、時折タイミングを合わせて左手に持ったナイフを振るう。
すると、獣の動きが遅くなり、攻撃を振るう度に血しぶきが上がる。
「ぎぃ、がぁ、あああ――あ?」
雄叫びを上げていた獣だが、その動きを止め、己の身体を見下ろす。
その身にいつの間にか幾つもの切り傷が刻まれており、そのどれもが肉体を奥深くまで切り裂いていた。
メリッサは無言で持っていたナイフを掲げる。
それは血がべっとりと付着し、銀色のナイフは真っ赤に染まっていた。
攻撃を交わして手足を刻まれていたことに気づいた様子の獣だが時は既に遅く、体中を切り刻まれて肉を削がれ、ぺたりと地面に膝をつく。
戦闘の意志はあるものの身体が動かず、獣はメリッサを無言で睨む。
メリッサもまた、目の前の獣以外は掃討出来たことを確認し、ナイフを振って血のりを払い、飛び出たままだったマガジンを銃へと押し戻す。
ガチャリ、と重々しい装填音が響き、身動きの取れない獣の命が残り僅かだということを知らせる。
メリッサはゆっくりと銃を獣の頭へと照準を合わせる。
獣は無言のままメリッサを睨みつける。
「消えなさい」
ゆっくりと、しかしどこか憎しみを込め、メリッサは引き金を引いた。
銃声は空まで響き、戦闘の終了を告げた。