因果の足音 p.11
銃口から立ち上る硝煙はその場の静けさを物語る。
銃撃されたアゲハは驚愕の表情で固まるが、それは相手のシャムも同じだった。
引き金を引いたシャムの右腕は血しぶきを上げて宙を舞い、銃弾は明後日の方向へと撃ちだされていた。
アゲハとシャムの間に突然現れたのは、ライダースーツに身を包み、ピンク色の髪に紫色のメッシュを編み込んだ人物、ヒンメルだった。
「「……え?」」
緊張状態にも関わらず、間の抜けた声がアゲハとシャムから上がる。
だが、シャムはすぐに戦闘態勢に戻り、ヒンメルを睨んだ。
「アアアアア!」
吠え、またしてもシャムの身体に鱗の鎧が形成されようとした。
「ごめんなさい、ここまでよ」
そう言って、ヒンメルが片手の指を鳴らす。
パチン、と乾いた音が妙に大きく響くと、シャムを覆いかけた鱗の鎧が弾け飛ぶ。
「アァ……ぁ……」
生えかけた鱗が完全に削げ落ち、本来の少女の姿へと戻っていく。
だが、傷は一切再生されることはなく、右腕の欠損部と、空いたままの胸の穴からも泥のような血が溢れた。
シャムは地面へ大の字で倒れ、そのまま動かなくなる。
「邪術の、解除?」
ヒンメルの能力なのだろう、シャムを纏っていた邪術の気配が全て消失していた。
唐突な幕切れに戸惑いを隠せないアゲハにヒンメルが振り向く。
「アゲハちゃん、撤退しましょう。こちらの損害も大きいけれど、相手にもある程度の打撃は与えられたわ」
肩を揺すられも、アゲハはあまりの出来事の連続に放心しかけていた。
一番弟子の楓を失い、話し合いを試みたメリッサの同僚と結果的に殺し合いへ発展してしまった。
どうしてこうなってしまったのだ、と心の中で反芻するが、答えは出ない。
「アゲハちゃん、楓ちゃんは残念だけど、早くここから……っ!」
ヒンメルは途中で言葉を止め、どこかを睨む。
つられてアゲハもヒンメルが見つめる先へ視線を送ると、少女が一人立っていた。
その少女はアゲハが再会を切望していた存在。
金色の髪を二つに束ね、緑色の深いロングコートを着た少女、メリッサだった。
一体、何がどうなっている。
メリッサは立ち止まり、唖然とした。
戦闘の余波で跡形もなく消えた護送車の隣にはボロボロのアゲハと、報告で上がっていたヒンメルという人物が共に立っていた。
やっとの思いで見つけたアゲハの手には血がこびりついた刀が握られており、地面には見知らぬ少女の遺体と、明らかな致命傷を負ったシャムが倒れていた。
「何、が……」
動揺でうまく声が出せず、言葉が詰まる。
倒れているシャムの傷口は明らかに斬撃によるもの。
状況を整理すればするほど、メリッサの脳裏に最悪の予測が組みあがっていく。
「め、メリッサ、違うの!」
アゲハが何かを伝えようと駆け寄るが、それをヒンメルが片腕で無理やり静止させた。
「アゲハちゃん、時間がないわ! 撤退よ!」
すると、ヒンメルはアゲハを問答無用で肩で担ぎ上げ、遺体となった少女も回収する。
「メリッサ!」
ヒンメルに抱えられたアゲハが叫ぶが、メリッサは倒れて動かないシャムに視線がくぎ付けになる。
『おいメリッサ、あいつら逃げるぞ!』
ルーズが何かを言っているが、今はシャムだ。
メリッサはシャムへと駆け寄り、その場に屈む。
詳しく見るまでもなく、明らかな致命傷。
胸には大きな穴が穿たれ、右腕は斬撃により切り離されている。
体中がおびただしい量の血で塗れ、既に命を落としていてもおかしくない状態だ。
だが、微かに感じる生命の気配を頼りに、メリッサはそっとシャムの肩に触れる。
「……シャム?」
シャムの邪術、九生魂 ( ナイン・ソウル )が発動していないことから、心臓が使い切られているのは分かる。
微かな希望だけを頼りにじっとシャムを見つめていると、彼女の瞼がぴくりと動いた。
「--メリ、サ」
口からさらに血を流しながら、シャムは微かに目を開いた。
「シャム! すぐに救護班を呼ぶから!」
「手遅れ、だよ」
擦れた声には、いつもの明るさが微塵も残っていない。
あぁ、さきほどから雨音がうるさい。
雨によってずぶ濡れになりながら、メリッサは必死に顔を横に振る。
「諦めないで! まだ微かに再生能力が働いてる! まだ助かる!」
「ごめん……ね? 私……間違え、た」
途切れ途切れにシャムは言葉をこぼすが、それは消えゆく生命力を削っているのに等しい。
どうすることも出来ず、メリッサはシャムを抱きかかえる。
「もっと……自分自身にも、優しくなって……ね」
「何言ってるのよ! また一緒に喫茶店開くんでしょ! 皆でまた集まるんでしょ!」
メリッサからいつもの仏頂面は消え、その姿は戦闘に秀でた戦士などではなく、どこにでもいる少女だった。
「困った……時は、私……を頼って……」
もはや言ってることが支離滅裂だ。
シャムの命が危機的状況に陥っていることを前に、メリッサは必死に首を振る。
「お願いシャム、死なないで……いやだよ」
シャムの左手を握りしめ、メリッサは両目に涙を浮かべて弱弱しく訴える。
組織の誰も見たことのないメリッサの表情を見て、シャムはゆっくりと微笑む。
「アハ、ハ……最後に、メリッサの素、見……れ……」
ぷつりと、シャムの言葉が切れる。
篠突く雨はメリッサの心に同調でもしているのか、その激しさは増す一方だった。
少女は天を仰ぎ、抑えきれない感情から大声を上げて叫ぶが、雷雨はそれすらかき消した。




