因果の足音 p.10
目の前のスリンガー、シャムはもはや人の形を保っていなかった。
ただの獣だ。
アゲハは迫り来るシャムを前に、居合の構えで応戦する。
風を切り裂く二本の左腕がアゲハを襲うが、アゲハの抜刀はなんなくその腕を斬り飛ばす。
左腕二本を切り落とされたシャムはアゲハの後方で転がって倒れるが、すぐに立ち上がった。
斬られた二本の左腕の断面からは血しぶきが舞うも、それはすぐに傷口から生え出た新しい左腕によって止められる。
再生速度が尋常じゃない!
相手の能力に驚くのも束の間、警戒していた巨大な右腕の砲口がアゲハへ向けられる。
「ゥゥゥオオオオアアアアアァァァァ!」
涎をまき散らしながらシャムが叫ぶ。
目が眩むほどの火花が砲口から溢れ、アゲハは咄嗟に横へと逃げる。
瞬間、アゲハの肝臓が破裂した。
シャムが打ち出した肉塊の弾丸は光の速さに達し、回避に成功したアゲハの横を通過するも、衝撃の余波が彼女の内臓を揺るがす。
肉の弾丸は遥か後方へと飛んでいき、進行方向上の木々を木っ端みじんにし、遠くの山に当たるとその一部を吹き飛ばす。
血反吐を吐いてアゲハは地面に跪くが、傷の再生がすぐに始まる。
あくまで衝撃によるダメージだったため、傷の治りは早いが、スリンガーが練った弾丸が直撃した場合は再生以前に身体が粉微塵となり即死するだろう。
内臓を潰された今攻撃されるとまずい。
アゲハはどうにか身構えるも、身体が自由に動かないのは相手も同じだった。
シャムは身体中の再生はされているものの、ぽっかり空いた胸の穴からは変わらず大量の血が流れ続けており、四つん這いになりながら苦しそうに立っている。
推察するに、身体はオートで再生され続けるが、渦を生成する心臓自体の再生は出来ない。
つまり、シャムは身体に残った渦だけで再生を繰り返しており、それが尽きた時が彼女の最後となるだろう。
死を前提とした相手の行動に、アゲハは恐怖以上に哀しみの念を抱くことを禁じ得なかった。
「そんな姿になってまで、戦うんですか」
その問いが答えられることはなかった。
シャムは間髪入れず、尻に生えた尾を三本地面へと刺し、潜らせる。
伸び続ける尻尾は地中を這い、アゲハの足元から飛び出す。
「ぅあああ!」
力強く刀を抜き放ち、襲い来る三本の尾のうち二本を叩き斬った。
だが、最後の一本も斬りはらおうとしたが、狙いが定まらず空振りに終わる。
もう体力が限界だ。
隙を突かれ、残った一本がアゲハの腹を刺し貫く。
激しい痛みに全神経が悲鳴を上げるが、血がにじむほどに刀を持つ手に力を入れて意識を保つ。
だが、シャムは待つことなくアゲハへ追撃を加え、本体ごと襲い掛かって来た。
アゲハは腹に尾が刺さったまま、シャムへと刀を振るう。
刀はシャムの左腕二本を再び裂くが、シャムの牙がアゲハの右肩を食い破る。
「がああ!」
「ぐうっ、う!」
シャムは再び地面に転がってのたうち回り、アゲハは大量の血を噴き出して意識が混濁しかける。
刺さったままの尾を片手で掴み、もう片方の手に持った刀で切り落とすが、もはやまともに戦える状態ではなかった。
無限と思われたアゲハの渦も、シャムが畳みかけてくる猛攻に底が見え、もはや邪術は一切使えない。
残っているのは妖刀がシャムを刻んだことで吸収した分の渦のみ。
足元をふらつかせながら、アゲハはどうにか刀を鞘に戻し、己が絶対的信頼を置く居合の構えを取る。
「グゥゥゥゥアアアアアア!」
最初に動いたのはシャム。
またしても右腕の巨大な砲口をアゲハへと向け、周囲一帯を包むほどの渦のスパークを放って銃弾を放る。
だが、砲口が向けられる一瞬前に、アゲハは既に駆けだしていた。
強烈な閃光で一瞬だが相手の姿を見失うも、銃弾の軌道は読んでいた。
シャムの側面へ回り込み、放たれた弾丸が遠くの林一体を吹き飛ばしたのと同時、アゲハは最後の一撃を放った。
妖刀はシャムの胴体へ吸い込まれるように走り、その身体を真っ二つに切り裂く。
刀を振り抜いたアゲハは後方で舞うシャムの上半身と下半身を肩越しで睨む。
手応えが、ない!
後ろで舞っているのはシャムの全身を覆っていた鱗の鎧のみ。
瞬間、真横から気配がした。
視線だけを送ると、そこには人間体に戻りかけているシャムと、ハンドガンと一体化した右腕がアゲハの脳天に照準を合わせていた。
さっきほどの砲撃のスパークで一瞬だけシャムの姿を見失った瞬間、彼女は蛇が脱皮するように、鱗の鎧からその身を剥がしていた。
そう理解するも、もはやアゲハに反撃の手だては残っていなかった。
体力は限界、妖刀にもアゲハ自身にも渦は残っておらず、頭に銃弾を受ければ即死。
終わった。
そして重い銃声がこの戦いの幕切れを告げた。




