因果の足音 p.9
あぁ、なんでこんな事思い出してるんだろ。
シャムは空を仰いで大の字に倒れ、降り注ぐ雨に身を打たれ続ける。
状況は最悪。
用意していた七つの獣の心臓は全て潰され、銃は転生の効力を終えて元のハンドガン状態に戻っている。
身体は胴体を袈裟懸けに斬られ、左腕以外の四肢は全て切り傷を負わされ、自由に動かすことがほぼできない。
しかしどの傷も致命傷は避けられている。あぁ、手心を加えられたのか。
若干の苛立ちを感じながらも、それ以上にシャムが思うのはこの数分間で得たアゲハという人となりと彼女がメリッサに会った時に起こりうる状況。
やはり、この子はメリッサに会わせてはいけない。
下手をするとメリッサの優しさがアゲハへと傾き、組織からの離脱もありうる。
いや、自分が心配しているのはそこじゃない。
メリッサが過去に抱いた後悔の念とスリンガーになった決意を、アゲハという存在一つで無に帰したくない。
募る想いはシャムに力を与え、どうにか立ち上がる。
右腕は銃を持つだけで限界を迎え、だらりと垂れている。
両足は出血がひどく、立っているだけで震えが止まらず今にも崩れ落ちそうだ。
派手に斬られたように見える胴体だが、内臓までは届いていない。
霞む意識の中、シャムは前方にいるアゲハを睨む。
アゲハはまさかシャムが立ち上がるとは思っておらず、目を大きく見開いていた。
「もう諦めてください。これ以上は貴方の命に関わります」
そう言いつつも、アゲハの手は刀の柄に沿え、警戒心を強めている。
「ハハ。命欲しさにスリンガーなんてやってられないよ」
乾いた笑いをしながら、シャムは刀の切り傷でボロボロになったロングコートを脱ぎ捨てる。
ノースリーブのインナーが露わになり、冷たい雨水に晒されるが、痛みで寒さなどもはや感じない。
「貴方が持っていた心臓は全部破壊しました。もう回復も、邪術も使えない。銃の変形も時間切れ。これ以上戦っても意味ないです!」
アゲハが必死に訴えかけてくる。
その表情は明らかに敵に向けるものではなく、悲しみと心配の念が混ざっている。
「やっぱり、君は優しい子なんだね。そこはメリッサとそっくりかも」
あまりにも危険な状況にも関わらず、なぜだか笑みがこぼれてしまう。
「ごめんねアゲハちゃん。私はやっぱり貴方をメリッサに会わせたくない。君はきっとメリッサを狂わせる」
返す言葉がもはや見つからないのか、アゲハは目に涙をためて頭をブンブンと横に振ってシャムの言葉を必死に否定する。
「それにさ、心臓はあと一つ残ってるんだよね」
「なに、を……っ!」
シャムの言動に何かを察したアゲハが驚愕し、肩をびくりと震わせる。
もう遅いよ。
そう心の中で語りかけ、シャムは傷がまだ浅い左腕を大きく後ろへと振りかぶる。
「待って! やめて!」
アゲハの必死の静止を無視し、シャムは手刀を作った左手を、己の胸へと突き立てた。
残り少ない渦を回して身体強化させた左腕は容易くシャムの胸を突き破り、目的の物を掴む。
それは弱弱しく鼓動を続ける己の心臓。
激痛により吹き飛びそうな意識を必死に保ち、シャムは駆け寄ってくるアゲハを睨む。
「私は、あの子のためなら何にだってなれる」
左腕を体内に突き入れたまま、それを握りつぶした。
それがトリガーとなり、シャムの最後の邪術が発動した。
大量に溢れる渦を、シャムは身体に埋め込まれた獣の因子へと流し込んでいく。
身体中の因子が目覚め、びくりとシャムの身体が跳ね、上半身がのけ反る。
過剰な渦の供給は獣の因子を苛烈なまでに起こし、暴走状態を引き起こす。
シャムの身体を作り変えるべく、膨張した因子はシャムの肉体を乗っ取り、成長を加速させていった。
シャムの身体全体が体液にまみれた黒い表皮に覆われ、左肩からはもう一本の腕が生える。
右腕は膨張し、持っていた銃を包み込む。
固い肉で膨張した右腕自体が大砲と見舞われるような、大口径の肉の銃身へと作り替わる。
臀部からは棘が混ざった尾が三本生え、意志を持っているかのようにゆらゆらと体液を垂らしながら揺れる。
シャムの頭部はバイザーのような鱗で両目は覆われ、唯一変化がすくない露出された口からは犬歯がぎらりと覗く。
アゲハによって負わされた身体中の傷は一瞬で完治された。
鱗の鎧で覆われているが、シャム自身が穿った胸の穴は唯一再生が働かず未だ空いており、ダラダラと血液が流れ出ていく。
さぁ、最後の戦いを始めよう。
シャムは歯をむき出しにし、アゲハへと駆ける。




