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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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銃士と剣士 p.7

 逃げ惑う人の波に従い、アゲハはひたすら走る。

 人の流れはアゲハの学校方面へと向かっており、アゲハは実質来た道を戻るかたちとなった。

 必死に走る中、後方から上がる悲鳴が一向に止まない。


 悲鳴が上がる距離は段々と近づき、後方で走っている者から順番に、あの異質な生徒達に襲われていることに、アゲハは恐怖を覚えた。

 ひたすら前を見て走るアゲハだが、徐々にその速度を落としていく。


「どうして……」


 目の前の光景に、アゲハはぽつりと呟く他なかった。

 人混みの流れは学校へ続く道を辿っているはずだが、人混みはまだ続く道の真ん中でなぜか大所帯となって止まっていた。


「おい! どうなってんだ! 早く進めよ!」

「あいつらが来るぞ!」

「進めないんだよ! 見えない壁があるみたいで進めない!」


 恐怖に駆られた叫び声がアゲハの耳まで届く。

 人の隙間から僅かに見えた向こう側には、まるでパントマイムでも披露するかのように、宙に向かって拳を振るう人たちが大勢いた。


 前方の事態を見て、アゲハは迫りくる後方の脅威へと振り向く。

 そこにはさきほど同様血色の悪い生徒達がゆっくりとアゲハと人混みに向かって歩いてきていた。

 アゲハに続くように、見えない壁に集まっていた人達も後ろから迫りくる脅威に気づく。


 すると、顔色の悪い生徒達が唐突に歩みを止める。

 一瞬空いた間を境に、その生徒達の体が不自然にうねり出し、背中が皮膚と肉ごとごそりと左右に裂かれる。


 まるで体の中にずっといたかのように、裂かれた身体から黄土色の皮膚と手足に鋭い鍵爪、背中には大きな翼を生やした化け物が現れる。

 その化け物は顔が鳥類のように長い嘴を持っており、がばりと涎を垂らしながら大きな嘴を開き、吠える。


 ビリビリと圧すらも感じるほどのその咆哮に、周りにいた人間全員が堰を切ったように走り出す。

 アゲハも走り出していたが、絶望は振り払えない。


 さきほどの生徒が化け物へと変化した後、それに続いて他の生徒達も変化したのが見えた。

 翼を生やした化け物達は宙へと舞い上がり、獲物を補足するや急降下し、手足のかぎ爪や嘴で通行人達を引き裂き、射抜いていく。


「どうなっているの……」


 アゲハは危険と恐怖心をその背に受けながら、路地裏へと逃げていく。



 路地裏に入り込んだアゲハは、遠くから聞こえてくる化け物の咆哮や人々の叫び声に怯えながら歩みを進める。

 路地の曲がり角を曲がると、倒れた通行人が目に入った。


「ひっ!」


 短い悲鳴を上げるアゲハだが、咄嗟に両手で口を塞ぎ、叫びそうな己を無理やり防ぐ。

 倒れた通行人の背中には大きなひっかき傷があり、その切り傷の深さから致命傷であることは明らかだった。


 地面に倒れているのはその一人だけではなかった。

 アゲハが曲がった先の路地は奥の道まで人々が雪崩のように倒れており、その悲惨さにアゲハの足が震えだす。


 すると、近くに倒れていた男性の体がピクリと動いた。


 生きている人がいる!


 アゲハは一目散に体を痙攣させて倒れている男性へと近づく。

 男性は仕事帰りなのかスーツを着ており、仰向けに倒れていた。


「だ、大丈夫ですか!」


 アゲハは額から汗を吹きながら男性へ声をかける。

 すると、男性はうっすらと目を開き、アゲハに視線を定める。


「あ、よかっ――」


 安堵の息を出した途端、その男はアゲハの首元に目掛けて掴みかかる。

 避けようもないはずの不意打ちを、アゲハは咄嗟に片手で弾く。


 男性は手を止めることなく起き上がってアゲハを襲うが、アゲハは恐怖の表情を浮かべるも、男から一定の距離を保つ。


 アゲハは見えない刀を握るように、己の正面に握り拳二つを構えた。

 男が襲ってくると、その攻撃を手首で絡め取り、男の攻撃の勢いを利用して男を背負い、投げ飛ばす。


 アゲハが実家の剣道場で得た、非武装状態の自己防衛術が実を結んだ。

 男は地面へと叩きつけられるが、何事もないように立ち上がる。


 男は再びアゲハ目掛けて真正面から拳を振り下ろし、対してアゲハはさきほどの再現のように男が振り下ろす腕を手首で受け止める。


 このまま、また投げ飛ばす!


 投げの体制へと移行しようとした瞬間、男の胸がガバリと左右に肉を割くように開き、中からもう二本の腕が飛び出た。

 岩のような皮膚を纏った腕はアゲハの首を掴み、アゲハを男から引き剥がされ、宙へと掴み上げられる。


「あ、え……」


 男性から飛び出た新たな腕はアゲハの足が地面から離れるほどの腕力で持ち上げていた。

 男の手がアゲハの首に食い込み、アゲハの呼吸を止める。


「が……ぁ……」


 アゲハは軽いパニックに陥いり、男の手から逃れることが出来ず、足で男から生えた腕を蹴るが、男はピクリとも動かなかった。

 アゲハはバタバタと足を動かすも、段々と意識が遠のき、だらりと己の両腕と両足がぶら下がる。

 薄らいでいく意識の中、ふと見えたのは一馬の笑顔だった。


 ――助けて、一馬お兄ちゃん。


 目を瞑ったアゲハに、体を突き抜けたと錯覚するほどの轟音が響いた。

 同時、アゲハを掴み上げていた男の体が震え、地面へと倒れる。

 男が体制が崩れると、アゲハも引きずられるように地面へ転がり、男の手から逃れる。


「ごほっ! ごほっ!」


 詰まっていた空気と、体中が酸素を求める衝動でアゲハはせき込んだ。

 一旦咳が止むと、さきほどまで掴みかかってきた男性を見る。

 男の頭には、いつの間にか風穴が開けられていた。


 コツコツとアゲハの背後から足音が聞こえ、アゲハは振り返る。

 そこには、見知った少女がいた。

 金色の長い髪を二本に結い、さらに長いマフラーを巻いたその少女は、まるでウサギのようだった。


「メリッサさん……」


 少女の名をアゲハは噛みしめるように呼ぶ。

 登校時に着た学生の制服ではなく、深い緑色のロングコートに上下黒のインナーを着ているメリッサは映画に出てくるガンマンのようだ。


 だが、アゲハにとってそれは些細なことであり、絶望の淵にいた彼女にとってメリッサは英雄に見えた。

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