因果の足音 p.5
異界の空が割れ、上空から降ってくるのは太陽の光ではなく曇り空からの雨粒だった。
アゲハは足を止めることなく、その身を前へ前へと走らせる。
お願い、間に合って。
切実な願いを込め、目の前の林を切り裂き、やっとの思いで拠点の裏出口となる広場へと踊り出た。
最初に見えたのは野原の中心になぎ倒されて燃えている護送車。
そしてその隣には護送車に持たれて地べたに座る楓と、楓へ銃を向ける見知らぬスリンガー。
ダメだ、間に合わない!
焦りと恐怖がアゲハの心を震わせる。
アドレナリンが湧き、目の前の出来事や雨粒の落ちる速度すらスロー再生されているかのように動きが遅くなる。
一瞬、楓がこちらに気づき、なにやら口を動かした。
ごめんなさい。
そう呟いた気がした。
「お願い、待って!」
叫ぶ。
だが、見知らぬスリンガーは冷酷な表情で視線をアゲハに向けるが、引き金を躊躇わずに引いた。
乾いた発砲音が一つ、パン、と雨音に紛れて響く。
楓の頭が後ろへと跳ね、血しぶきが舞う。
スリンガーは頬に返り血を浴びても眉一つ動かすことなく、乱入してきたアゲハをただ見つめる。
アゲハは伸ばしていた手で宙を掴み、肩を震わせる。
濡れたばかりの地面に楓の身体がばしゃりと倒れ、辺りに出来た水たまりに楓の血が混ざっていく。
楓の額の真ん中に空いた風穴がアゲハに向き、それはアゲハを絶望の淵へと追い込む。
間に合わなかった。
身体から力が抜け、アゲハは膝から地面へと崩れ落ちた。
スリンガーは骸となった楓をちらりと見た後に、持っていた銃をアゲハへと向ける。
「君がアゲハかな?」
「……はい」
「そっか。私はメリッサの同僚、シャム。あの子からのお願いで君の確保を頼まれてるんだよね」
「……」
それはアゲハにとっては願っていもいないメリッサと接触するチャンス。
だが、その千載一遇の機会を前に、楓の亡骸がアゲハを見つめる。
あぁ、本当にダメだったんだ。
ぼんやりとした思考の中、いつか感じた黒い感情がふつふつとアゲハの中に湧いて来る。
「君の仲間を殺した私が憎い?」
心中を察したシャムがアゲハへ問う。
「……そうですね。憎いです」
自然と刀を握る手に力が入り、ぎちち、と怒りの音が鳴る。
「じゃあ、どうする? その刀を抜く?」
あぁ、目の前のこの人を今すぐにでも斬りたい。
自然と空いている右手が刀の柄へと伸びていく。
倒れている楓を見ると、どうしても彼女が立ち直ろうとしていた姿と重なり、憎悪が一方的に増していく。
同時に思い出すのはいつの日かメリッサと対峙したあの日。
何もかもに裏切られ、やり場のない怒りをメリッサにぶつけ、誰の救いにもならなかったあの瞬間がアゲハの脳裏を焼く。
また繰り返すか、あの日のように。
アゲハは震える己の左手を無理やり横に振り、握っていた刀を遠くへと投げ捨てた。
「……いいえ、抜きません」
アゲハの一挙手一投足に警戒していたシャムだが、アゲハの手が止まったのを見て疑問の表情を浮かべた。
激しくなっていく雨を一身に受けながら、アゲハは胸に手を当てて必死に憎しみの感情を押さえつける。
「シャムさん、お願いです。メリッサに合わせてください。これ以上殺しあっても意味がない」
「良くそんなことが言えるね。財閥も、私たち組織もたくさんの仲間をお互いに殺されてるんだよ。君は目の前の仇と手を取り合うことが出来ると思う?」
「……はい」
今すぐにシャムを斬り捨てたい想いを必死に抑え、アゲハは歯を食いしばって答える。
そんな姿を見て、シャムはちらりと楓の亡骸を見ると、すぐにアゲハへと視線を戻す。
「そっか……私はそうは思わないかな」
雨に濡れて額にかかった髪を振り払い、シャムは銃の引き金を絞る。
「君の刃はメリッサに届き得る」
警戒が殺気へと変わる気配。
アゲハは邪術を走らせ、念力で地面に転がっていた刀を己へと引き寄せる。
弾丸が放たれ、アゲハが抜刀したのは同時だった。
間一髪、斬り捨てられた弾は遠くへと飛ばされ、アゲハは目の前のスリンガー、シャムを睨む。
「どうして!」
悲痛な叫びでアゲハは問うが、シャムは既に決心している。
空いた片手の周りに八つの心臓が現れ、シャムの手の周りをふわふわと回る。
「憎しみは人を狂わせるよ」
間を置かずにシャムの銃口から弾丸が飛ぶ。
アゲハは歯噛みし、土砂降りとなった雨の中、シャムへと駆けた。
「は、こりゃお手上げだ。動けねぇ……」
胸に刺さった邪殺槍が抜けず、潔く諦めたルストは両手を放り、地面に伏せる。
邪術がうまく発動できない中、胸を貫かれたまま生きているルストに、メリッサはもはや驚かない。
次の戦闘に備え、メリッサはルストを放り、拾ったルーズに故障個所はないか入念にチェックする。
「お前の歪んだ顔も拝めたし、まぁ上々だ。あとは外野で観戦させてもらうさ」
皮肉交じりに毒を吐いてくるが、メリッサはそんな事、どこふく風だ。
「礼を言うわ、ルスト。貴方のおかげで私がスリンガーになった理由を思い出したわ」
「あ?」
「これ以上、私のような存在を生まない、それが私をスリンガーであり続ける理由にさせている。、アゲハだって、きっと救ってみせる」
「は、まだそんな夢見がちなこと言ってんのか。無理に決まってんだろ」
言い返されるのも無視し、メリッサはルストへ背を向ける。
すると、管制室からメリッサへ通信が入って来た。
『メリッサさん、さきほどからシャムさんが通信に応答しません。原典の頁は回収出来たのですが、その後連絡が途絶えてしまって』
第一目標が達成され、喜ぶべきなのだが、どうも雲行きが怪しい。
「了解。すぐに向かうわ。そちらは拘束した”代理人”の回収をお願い」
メリッサは短く応じ、通信を切って歩き出す。
「今回でよく分かった。お前を殺すのは俺でも獣でもない。復讐の渦だ! お前は怨嗟の輪廻に溺れ死ぬ。それまでせいぜい足掻いて見せろよアリスちゃん!」
忌々しいルストの声を、メリッサは全力疾走で無理矢理かき消す。
今はシャムの安否が最優先だ。




