因果の足音 p.2
荒れ狂う銃弾を間一髪避け、アゲハはやっとの思いでスリンガーの防衛を突破した。
目の前には地面に激突した衝撃で辺りを平地にした避雷針がそそり立っている。
「あいつを止めろ!」
後ろからスリンガー達の声がした。
「遅い」
そう言って、アゲハは左手に持った鞘から、右手で刀を抜き放つ。
居合いの一閃により、避雷針は真っ二つに裂かれた。
紫色に染まった空は大きくひび割れ、それは異界の崩壊が始まったことを告げる。
あと少しすると異界が解かれて現実空間に戻され、非戦闘員の退避を始めることが出来る。
一安心したアゲハは振り返ると、自身を包囲するように大量のスリンガー達が立ち塞がっていた。
「まだメリッサに会えてないのに……」
うまく事が運ばず、苛立ちを覚えながら居合いの構えへ入る。
これ以上時間を取られるわけにはいかない。
そう考えていると、アゲハとスリンガー達の間に、人影が一人降りたった。
「よくやったわ、アゲハちゃん」
「ヒンメルさん!」
現れたヒンメルは肩越しにアゲハへとウィンクし、すぐにスリンガー達へと視線を戻した。
「アゲハちゃん、ここは私に任せて貴方は楓ちゃんを助けに行って」
「え? 楓?」
「さっき私に連絡が入ったのだけど、どういう訳か楓ちゃんの手に原典の頁が渡ってしまって、彼女が今逃走中なのよ」
あまりの事態にアゲハは目を大きく見開く。
「どう、して……」
「分からないわ。けれど彼女を護衛していた兵士の通信が途絶えた場所はここから近い。インカムで場所を伝えるから、ここは私にまかせて貴方は早く立ち去って」
気が動転していたが、それはスリンガー達が放ってきた銃撃音でかき消される。
アゲハは飛んできた銃弾数発を刀で切り刻み、身を翻す。
「ありがとうございます!」
身体中へと渦を回し、身体能力を強化してアゲハは駆ける。
走り出すのと同時、異界によって作られた天空が剥がれていくが、それを眺める余裕などアゲハにはない。
さきほどから、何か嫌な予感がしてならないからだ。
「か、あ……!」
声にならない声を上げ、シャムは喉元から血しぶきを上げて仰向けに倒れる。
完全に油断した。
財閥に関わっているらしい目の前の少女を見逃そうとしたのがそもそもの間違いだった。
最初は彼女を迷うことなく仕留めようとした。
だが、どうしてもメリッサやクロエの訴えが頭から離れず、同情してしまった。
薄れていく意識の中、倒れたシャムの胴体に、少女が馬乗りして血に染まった小刀を振り上げる。
「お前が! お前が私の父さんを殺したんだ!」
叫び、振り下ろされた刀がシャムの胸元へ深々と刺さる。
激痛で意識が歪み、身体が痙攣するが、少女は構わず小刀を抜いてもう一度刺す。
「お前がめちゃくちゃにしたんだ! 何もかも! 返せ! 私の全部! 返せ!」
二回、三回、四回。
刃はシャムの胸元に刺さるたびに深々と身体を抉っていく。
暗闇がシャムの意識を塗りつぶし、命の糸が切れかける。
あぁ、やっぱり、甘かったなぁ。
ぷつりと、何かが寸断され、シャムの意識が途切れた。
「はぁ、はぁ……」
鉄の嫌な臭いが辺りに充満する中、楓はシャムの死体を見下ろす。
喉は横一文字に斬られ、胸もとはズタズタに引き裂かれている。
既にこと切れているシャムを放り、楓はフラつきながら立ち上がった。
「……は、はは」
楓は立ち上がり、空を見上げる。
異界に包まれた紫色の空は楓の曇った心情を色濃く表す。
「やったよ、私お父さんの仇取れちゃったよ!」
笑いが止まらない。
仇が取れたんだ、嬉しくないとおかしい。
だが、何故だ。ずっと心の底に巣くっていた虚無感が未だ晴れない。
嬉しくなきゃおかしい、感情を取り戻していないとダメだ。
ひとしきり笑っても、心の穴が埋まらない。
横転した護送車に再び背中を預け楓はずるずると地面に座り込む。
握り続けていた小刀を見ると、そこには血がべっとりついていた。
『蝶流剣術はあくまで演舞が元の剣術なんだよ。人を殺すための剣じゃない』
アゲハの笑顔が蘇り、楓がついに抱いたのは後悔の念。
「ごめんなさい、アゲハ。私……」
一体、どうしてこんなことに。
宙を睨み、虚脱感に飲まれていると、異変が生じた。
異界の空が大きくひび割れ、本物の空から雨が降り注いできた。
だが、楓が驚いたのはそこではない。
びくり、と何かが動いた気配がする。
楓はゆっくりと視線を遺体となったスリンガーへと落とす。
目を疑った。
さきほど殺したはずのスリンガーの周りに、青い炎に包まれた心臓が九つ、浮かんでいる。
その内の一つが破裂した。
破裂した心臓から、青い炎が吹き出し、それはスリンガーの元へと入り込んだ刹那、スリンガーの身体が大きく跳ねる。
「……え?」
思わず気の抜けた声が出る。
青い炎を取り込んだスリンガーについた血が、逆再生でもしているかのように、彼女の体内へと戻っていく。
楓によって切り裂かれた喉も、目も当てられないほどに刺し続けた胸元も、何事もなかった状態にまで戻っていく。
完全に気が抜けてしまった楓はその様子をただ呆然と眺めていた。
すると、仰向けに倒れていたスリンガーの手が動く。
上体を起こし、そのまま立ち上がると真っすぐに楓を睨んできた。
「は、ハハ。やっぱり、どっちが獣か分からないじゃない……」
スリンガーが再び銃を楓へ向けてくる。
これは数刻前のリプレイだ。
再び死が近づいているのを感じるも、心はどこか穏やかだった。
これはきっと、救おうとしてくれたアゲハの教えに背いた罰だ。
「私が悪かったよ。情にほだされて、君に余計な想いをさせちゃった」
口ではそう言っているが、目の前のスリンガーはさきほどの朗らかな表情はなく、背筋が凍るほどの冷酷な顔を浮かべていた。
いつのまにか、異界で覆われていたはずの紫色の空は消えうせ、現実空間へ完全に戻ってきていた。
だが、空は透き通るような青色ではなく灰色の雲が広がり、雨が降り始めていた。
「もう言う事はないよね」
ギリ、と引き金が引かれていく。
身が凍るような寒さを感じ、それがはたして雨によるものなのか、死の予感から来ているのか、楓には分からない。
しかし楓はこの結末にどこか得心を得て、心から浮かんだ想いを相手へ贈る。
「地獄に堕ちろ」
もうこれで良い。
そう語った瞬間、少し遠くで誰かが叫ぶ声がした。
黒く長い髪をしたセーラー服の少女。
楓はその子の姿を見て、咄嗟に声が出た。
だが、それは重苦しい銃声により、かき消される。




