因果の足音 p.1
オペレーターからの報告のもと、シャムは並みいる木々を縫ってひたすら前へと走る。
『そのまま直進を続ければ開けた空間があります。目標の護送車もそこに入ってくるので、迎撃をお願いします』
「了解!」
耳のインカムから聞こえてくるオペレーターの声に頷き、シャムは最後の跳躍をする。
林を抜け、飛び出したのは情報通り開けた野原。
辺りは相変わらず木々で囲まれているが、ここだけ円形上の障害物がない空間になっている。
野原に到着してすぐに、少し遠くからエンジン音が聞こえてきた。
ターゲットは近い。
シャムは音のする方向へと銃を向けると、ちょうどそこへ護送車が一台飛び出してきた。
車のフロントガラス越しに見えたのは運転席の男一人と助手席に少女が一人。
二人とも驚いた様子でシャムを見ているが、構わない。
引き金を数度引き、運転席側に向けて弾丸が轟音と共に飛翔する。
コンクリートの壁すら簡単に貫通する銃弾が防弾ガラス一枚で防げるはずもなく、弾丸は運転席の男へと直撃した。
護送車は野原に走り出たところでコントロールを失うと蛇行しはじめ、おおよそ中心部で横転した。
ここに辿り着くまでに何度かスリンガー達の攻撃にあったのだろう。
護送車は既にボロボロの状態で後部から火の手が上がっていた。
警戒しつつ車へ近づく。
すると、フロントガラスを叩き割り、助手席に座っていた少女が車から這い出てきた。
その子の手には目標物である”原典の頁”が収まっているケースが握られていた。
「ターゲットを発見。輸送ドローンをこっちに向かわせて」
シャムはそれだけ報告すると、インカムを切って少女へと近づいた。
楓は原典の頁が入ったケースを胸元に握りしめ、大破した護送車からどうにか這い出た。
さきほど現れたスリンガーにより、運転していた財閥の兵士は殺され、奇しくも楓がこの原典の頁を守る最後の砦となってしまった。
すぐにでも逃げたいが、車が横転した時の衝撃で脳震盪が止まらず、地面を這うのがやっとだ。
ボヤける視界の中、ガチャリと、重苦しい金属音が鳴った。
楓は横転した護送車に背中を預け、地面に足を放って見上げる。
視界は未だはっきりしないが、目の前には車を襲撃したスリンガーがいる。
茶髪のスリンガーは楓の手元から原典の頁が入ったケースを握り、抵抗むなしくあっさりと取り上げられた。
頭の出血が酷く、痛みがズキズキとした音を立てているのに紛れ、少し遠くからブーン、と小さなプロペラ音が響いて来た。
銀色のドローンはスリンガーの隣でホバリングを始めると、スリンガーはそれの下部に搭載された小さなアームにケースを取りつけ、ドローンは空高く飛んで行った。
「原典の頁の回収完了。後処理は私の方でやるよ」
スリンガーはどこかしらへと報告を終え、銃口を楓へと向ける。
あぁ、自分は殺されてしまうのか。
楓は懐に仕舞っていたアゲハの小刀を服越しに触り、どうにか恐怖を和らげようとした。
もう、ここで終わってしまうのなら、せめて最後くらい、言いたいことは言ってやる。
楓は霞掛かった視界の中、スリンガーを睨む。
「私は……貴方達を許さない」
どうにか込み上げてきた最初の言葉がそれだった。
だが、それで相手のスリンガーは銃を持っていた手をピクリと揺らし、そのまま静止した。
「貴方達は私から全部奪ったんだ。私を助けようとした父さんも、ここで保護してくれた財閥の皆も……アゲハも私を助けてくれようとしたのに、なのに貴方達はまた私から奪っていくの?」
「私達は、人を殺し続ける獣と、それに加担する存在には、同じ人だとしても討つ」
そんなの、勝手な言い分だ。
思わず皮肉めいた乾いた笑いが上がる。
「じゃあ騙されて契約者になった私達は何なのさ……いつか獣になるから見境なく殺すなんて、そんなの獣と変わらない」
「……」
相手が押し黙った、癇に障ったか。
少しでも図星をつけたなら、気は晴れる。
もう終わってもいい、そう心の中で整理をしていたが、相手は意外にも大きなため息をついた。
「……ハァ。かもね」
ズドン、と撃鉄が落ち、銃弾が飛ぶ。
思わず目をつぶるが、痛みが未だに来ない。
楓はゆっくり瞳を開くと、銃弾は楓のすぐ隣の地面へ埋まって硝煙を上げていた。
「報告。原典の頁を運んでいた財閥の協力者は排除。ちょっとインカムの調子悪いから通信切って再起動するね」
スリンガーはそうどこかへ報告し、インカムを耳から取り外した。
「やっぱり私も人の事言えないのかな」
かちゃり、とスリンガーが銃を下ろす。
だんだんとボヤけた視界が戻り、目の前のスリンガーを見上げる。
相手の姿は、歳が同じくらいの、いたって明るそうな少女だった。
「どう……して」
「重大な命令違反だけど、早くどっか行きなよ。私だって、組織の考えは分かるけど、好きで命のやり取りしてるわけじゃないの」
「……え?」
「んー、分かんない? 見逃すって言ってるの」
スリンガーは銃を腰のホルスターに収め、伸びをする。
本当に相手は楓を逃がそうとしている。
目の前の出来事に、アゲハが言った言葉が思い起こされる。
『敵が全員悪い人、てわけじゃないよ。スリンガーの中にも良い人はきっといる』
半信半疑だったが、アゲハが信じていたのはこのことだったのか。
自分自身まだ目の前のスリンガーを信じ切れるわけではないが、話す余地はあるのかもしれない。
意を決し、楓はゆっくりと立ち上がって
「あ、あの――」
「こんな事、したくなかったんだけど。”ごめんね、殲滅が命令だから”」
ドクン、と心臓が跳ねた。
聞き覚えのあるセリフに、楓の鼓動は早くなる。
『ごめんね、殲滅が命令だから』
あれは、父が殺された時、自分がクローゼットに隠された時、スリンガーが父を手にかけた後に吐いた言葉。
「悪いけど、一応私も組織側の人間だからさ、次に会った時は――」
確か、背たけも、声色も、この子に似ている。
「たぶん討たないといけないかも。だから今はどこかで身を隠してね」
ボヤけていた視界がはっきりとし、目の前の少女と、記憶の奥底に眠っていたあの時のスリンガーの顔が重なる。
あぁ、お前か、お前だったのか。
ふつふつと、腹の底から熱い何かが湧いて来る。
「じゃ、私は行くから、君は早くこの場から逃げてね」
そう言って茶髪のスリンガーが背を向けた。
楓はゆっくりと懐からアゲハにもらった小刀を抜き取る。
蘇るのは、アゲハが教えてくれた舞の記憶。
『両腕を柔らかく動かして、足運びはゆっくり風に流れるように歩いてみて』
完全に背を向けたスリンガーへ、楓は足をすらりと運ばせる。
それは迷いのない、死の風となる。
スリンガーはすぐに楓の動きに気づき、驚いた様子で振り向いた。
だが、遅い。
手元の小刀をバトンのようにクルクル回し、どの軌道から斬撃が飛ぶのかこの距離では見極められない。
『そして最後に鞘から刀を抜いて、蝶の羽ばたきを模すの。抜くタイミングは自由だし、刀を振る方向も自由。風の赴くままに好きに羽ばたく』
鞘から小刀が鞘走り、銀色の刀身が輝いて露わになる。
相手は後ずさって片手をホルスターへ伸ばすが、楓の舞は目標との距離を一気に詰める。
『この舞は楽しさと喜びを蝶に例えて表現した舞だよ』
――あぁ、お前を叩き斬れば、どれだけの楽しさと喜びがあるのだろう。
こちらは戦闘の素人、相手はプロだ。
だが、不意を突いたことと、蝶流剣術の舞が不完全でも十分な威力を発揮することが相まって、相手が銃を抜ききる前に、楓の小刀は相手の喉をかき切った。




