這いずる過去 p.11
戦場の状況は、メリッサの耳にも逐一入って来ていた。
原典の頁が誰の手に渡っているか分からない状況では、長期戦は必須だ。
『メリッサ!』
「っ!」
逡巡しているとルーズが叫び、メリッサに向かって何かが吹き飛んできた。
それは、血だるまになった同僚の死体。
メリッサはギリギリのところでそれを受け止めるが、足を止められた。
動かなくなってしまったスリンガーを優しく地面に下ろし、投げられてきた方向を睨むと、そこに男が一人立っていた。
黒いクセ毛と血のように赤い瞳を持った男。
「また会えたな、金髪」
「ルスト!」
視界にあのニヤついた男の顔が入った途端、メリッサは引き金を引いていた。
銃弾はルストの頭部ど真ん中に当たり、頭が跳ねて身体を地面に落とす。
だが、仕留めたと思ったのも束の間、ルストの上半身は何事もなかったとでも言いたげに起き上がる。
「だーかーら、一応痛みは感じるて言っただろ。ほどほどに殺してくれよ」
獣にせよ、契約者にせよ、頭を撃ち抜かれれば即死のはずだ。
短く舌打ちしたメリッサは立て続けに銃弾を放つ。
だが、それは彼の足元にある影から唐突に飛び出てきた何かの肉と骨の塊に阻まれた。
「な、あれは?」
「人間や獣の死体からできた肉の壁だ。匂いにクセはあるが、便利だぞ」
すると、今度はメリッサの足下に置かれていた同僚の死体がびくりと動いた。
メリッサは咄嗟に距離を置くが、元同僚はヨタヨタと歩き、メリッサを睨んで唸る。
『オエ、あいつ死体を操ってるのか』
不愉快極まりない。
仲間の死体を操るルストに、メリッサは一層の怒りを覚える。
「……ネクロマンスの邪術。死体を自由に動かすことが出来る。なるほど、それは自分自身も例外じゃないということね」
『はぁ? じゃあまさか……』
「自分の死体を操って、無理やり再生能力を発動させて生き返ってる」
そう推察すると、ルストは楽しそうに吹き出す。
「ハッハ、正解! 俺ゾンビみたいなもんなのよ。ゲームみたいにドタマぶち抜いたら死んじまうような都合の良い設定はねーけどな」
ルストが軽く手を挙げて合図を送ると、待機していたスリンガーのゾンビがメリッサへととびかかる。
だが、メリッサはそれを炎を纏った蹴りで上空へと打ち上げ、銃弾へ爆炎の邪術を込めて放つと、スリンガーのゾンビは花火のようにその身体を細切れに爆散された。
「くっ!」
敵の策略とはいえ、仲間の遺体に行った仕打ちに対し自己嫌悪が襲われる。
「は、流石にこんなんでお前は倒せねぇか」
何が面白いのか、ルストは愉快に手を叩いた。
「けどな、死体を操るてのは、こんなことも出来るんだぜ?」
ニヤついたルストが手をかざすと、彼の腕に死体の肉と骨が粘土のようにまとわりつき、一つの形へと収束していく。
それは、獣の頭蓋を模した一丁のハンドガンへと変貌した。
スリンガーの真似事か。
どこまでも癪に障る態度に腹が立ち、銃弾を三発お見舞いする。
だが、ルストも趣味の悪いデザインの肉の銃で応戦し、同じ数の銃弾を飛ばす。
尋常ではない固さである獣の骨で出来た銃弾は、メリッサの銃弾と宙で衝突すると、互いの弾丸が相殺された。
「やはり、貴方も契約者なのね」
ルーズを向けたままルストに問うが、相手は鼻で笑う。
「違うっての。”代理人”だって名乗ってんだろ」
「代理人……一体、”誰”の代理人なのよ?」
「さぁな!」
ルストの攻撃は激しさを増した。
獣の骨で出来た銃弾が飛び、隙を突いて林の奥から獣や動物、人間の死骸がとびかかってくる。
メリッサは爆炎の蹴りと銃撃でそれらを撃退しつつ、ルストとの距離を少しずつ詰めていく。
「ところでよぉ、俺の邪術とは別で、俺ら”代理人”は獣も操ることが出来るんだわ」
戦闘の最中だと言うのに話しを仕掛けてくるルスト。
その口を今すぐ黙らせてやる。
メリッサは得意の接近戦へと持ち込ませるために、両足から爆炎を発動。
急加速による接近はルストが放った弾丸の照準から外れ、距離を詰めて放ったメリッサの回転蹴りがルストの銃を手元から弾かせた。
ルストは銃を弾かれた片手でメリッサの頭を掴んできたが、構わない。このまま押し倒して拘束する。
「お前の身体、どこまで獣に落ちはじめてるのかな?」
空いたもう一方の手でパチン、とルストが指を鳴らした。
途端、メリッサの身体がピクリと止まり、激しい頭痛が襲う。
「ぐ、ぅ!」
痛みに耐えて歯を食いしばるが、メリッサの意識は記憶の海へと沈んでいく。
辺りには黒い炎が未だ燃え続け、その中心でアリスの叫びが響く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
その身に抱くのは、腹に大穴を空けたメリッサ。
少し遠くには、大の字に倒れたヴィクトの頭を、サルヴァが片足で踏んづけて行動を抑え込み、丸い眼鏡の奥からにらみつけている。
サルヴァは両腕を負傷しており、銃すらまともに握れない状況でいた。
ヴィクトの手にはアリスが持っていたペンダント型の触媒、ルーズが収められているが、その輝きは失っている。
「アリス……」
命の灯が尽き欠けているメリッサが僅かに口を動かした。
「お願い、死なないでメリッサ! 嫌だよ!」
アリスは必死に訴えるが、メリッサは瞼を少しずつ閉じていく。
「貴方は……私みたいに……ならない、で……」
「メリッサ! メリッサ!」
『メリッサ! 避けろ!』
名を叫ばれ、意識を取り戻すメリッサ。
気づけば目の前にルストが立っており、いつの間に拾い直していた獣の銃をメリッサの額に当て、引き金を引きかけていた。
「くっ!」
咄嗟に頭を滑らせると同時、銃が発砲。
銃弾はメリッサの頭を僅かにかすり、血を舞わせて地面へ深々と埋まる。
左太ももにぶら下げていたナイフを抜刀し、切りかかるが、ルストは後退してそれを避ける。
追い打ちに抜いたばかりのナイフを投げつけるが、今度はルストの足元から真上へ飛び出した死体の山をジャンプ台にし、ルストは二階建ての建物の屋根へと飛び移る。
「惜しい惜しい。あと少しだったんだけどな」
建物の屋上から雑に手を叩くルスト。
メリッサは頭を左右に振って未だ走る痛みを紛らわせる。
「何を、した」
地上からルストを見上げて睨むが、敵は余裕の態度を崩さない。
「だから言ったろ。俺ら代理人は獣を操ることが出来る。時間が経って獣に浸食されていく契約者だって例外じゃねぇ。お前の場合は未完成の契約だからかなぁ、浸食は遅いが確実に獣に近づいている証拠だな」
ルストは手持ち無沙汰に、お手製のハンドガンをくるくる回す。
いちいち挑発的な態度を取る相手にいい加減うんざりするが、メリッサはさきほど見せられた情景が尾を引いて心臓の鼓動がうるさくなっている。
そんな心理状態もお見通しとでも言いたげに、ルストは銃を肩に担いでメリッサを見下ろす。
「浸食の進行が進めば対象の身体に接触することなく遠くから自由に操ることだって出来る。今のお前の進行具合ならせいぜい数秒大人しく過去の情景にでも耽ってもらうことしか出来ないけどよ……」
ルストの口角がさらに上がり、不敵な笑みが広がる。
「良い夢は見れたか、”アリス”ちゃん?」
その名はずっと昔に自身が封印した名前。
軽く触れてはいけないそれに、目の前の男は土足で踏み込んでくる。
「その名前で、私を呼ぶな!」
メリッサの怒号とともに、銃弾がはなたれ、ルストも返す刀でそれを迎撃する。
因縁の二人は戦闘の苛烈さを加速させていった。




