銃士と剣士 p.6
ひゅう、と涼しげな風が流れ、メリッサの金色の髪を撫でる。
メリッサは制服姿からいつもの戦闘服に着替えていた。
深い緑色のコート、黒のインナーとレギンス、赤い腰布の後ろにホルスターを吊り、鞄に閉まっていたルーズがホルスターに収められていた。
歩道を歩いていたら目立つ姿だが、住宅街の屋根にいるため、人目を気にする必要はない。
メリッサは耳に添えた通信機に触れ、回線を開く。
「様子は?」
所属している組織のオペレーターにつなぐと、メリッサは早速、状況の把握に努めた。
『学校を中心に、生徒達が広がって歩いていますが、そのほとんどが本来の下校ルートを辿っていません。契約者の指示で意図的に散り散りに動いているようです』
緊張感を含んだ様子で、オペレーターはメリッサに報告する。
メリッサは情報を受け取ると、町の様子を屋上から見渡す。
「了解。一班から六班まで所定の位置で待機。同時多発的に異界が各地で展開する可能性があるわ。班ごとに担当エリアを対応後、近隣エリアの援護に向かうこと」
『了解。メリッサさんはどうされますか?』
「私は契約者を直接叩く。契約者候補の足取りは?」
メリッサは屋上の際まで歩き、空を仰ぐ。
青い空は平和を象徴して穏やかな雲が流れるが、その風景とは裏腹にメリッサの中では嵐のような緊張感が吹き荒れていた。
『候補者十名のモニターは継続しており――え、一人ロスト!』
オペレーターは突然声を張り上げ、メリッサは咄嗟に腰に吊ったルーズを引き抜く。
「各位! 戦闘態勢! 来るわよ!」
メリッサは無線を全体回線に切り替え、指示を飛ばす。
同時に、街の数か所で一瞬だけ紫色の光の柱が立ち上がり、すぐさま終息する。
光が立ち上った空間だけまるで蜃気楼にでも包まれたかのように空間が歪んで見え、不穏な気配を漂わせる。
「ロストしたターゲットを教えて。そいつが契約者よ!」
メリッサはオペレーターから情報を貰うと、すぐに走り出し、屋上から飛び降りる。
およそ人間業ではない身のこなしで建物から建物へと飛び移り、メリッサはオペレーターから貰った位置情報へと駆ける。
ぐるぐると頭の中で考えを巡らせながらアゲハは黙々と帰路を歩く。
すると、ふとあることに気づいた。
下校時間で多くの生徒が下校しているが、明らかにその生徒の大多数が具合の悪そうな生徒達ばかりだった。
ある生徒は信じられないほどの土気色の顔をしており、またある生徒は空を眺めてぶつぶつと何かしらをつぶやく。
下校している生徒達の中で、アゲハを含め健康体の生徒もちらほらと歩いていたが、アゲハ同様周りの様子がおかしいことに気づき始める。
自然とアゲハも歩くスピードを速め、拭えぬ悪寒から逃れようとする。
だが、無慈悲にもその悪寒は気のせいではなかったとアゲハは思い知ることとなった。
唐突に視界が揺れ、アゲハは一瞬だけよろめき、咄嗟に近くの電柱に体を預けた。
「な、何!?」
異常事態は続く。揺れる視界は勢いを増し、天地が逆さに回り始めた。
それと同時に、空間すらも揺れ始め、どこからともなく発せられた空気の振動がアゲハの体の髄まで揺らす。
ゴゴゴ、とまるで地割れでも起こっているかのような音が辺りに鳴り響き、周りの生徒達から悲鳴が上がった。
アゲハは声も上げられず、電柱にしがみついて地面へと伏せる。
地震に似たそれはやがて落ち着きを取り戻し、アゲハはゆっくりと目を開け、辺りの様子を探る。
アゲハと同じように近くの塀やガードレールにしがみつく生徒や運悪く支えもなく転んだ生徒達がざわめいている。
だが、体調が悪そうだったほとんどの生徒達は虚ろな瞳をに空へ向けて立ち尽くしていた。
自然とアゲハもそれに釣られて空を仰ぐ。
「え……」
視界に入った異様な光景に、アゲハは気の抜けた声を漏らす。
空が、不気味な紫色に染め上げられていた。
瞬間、またしても悲鳴が上がる。
アゲハは空から地上へと視線を戻すと、地獄が広がっていた。
具合の悪そうな生徒達が、他の生徒達に襲いかかっていた。
襲っている、と一言で言ってもその行動自体は常識を逸脱している。
一人の生徒が拳を他の生徒の腹へ振るうと、生徒の体を突き破り、鮮血を撒き散らしながら背中まで拳が貫通する。
事態はそれだけに留まらない。
近くを歩いていた主婦や仕事帰りのサラリーマンにも問答無用で顔色の悪い生徒達が襲い掛かる。
ある生徒が放った蹴りは簡単に目標の体を引き裂き、また別の生徒は逃げようとする通行人を信じられない速さで追いつき、頭を握りつぶす。
怒号と悲鳴、異様な空間が生み出す猟奇的な空気に、アゲハの呼吸が荒くなる。
アゲハは持っていた鞄を取ることなく、他に逃げる人々の流れに乗って走り出した。