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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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這いずる過去 p.6

「覚者?」


 突然聞き覚えのない言葉が現れ、思わず聞き返してしまった。

 情報が引き出せるのなら損ではないと判断し、クロエは黙って様子を伺う。


「契約者を超えた存在を、私達はそう呼んでいるわ。契約者は本来、獣の祖の魂が入る器になるために仕立て上げられた生贄。契約者は獣の祖にその身体を差し出し、地下深くに眠る本体を地上に引き上げ、一体化することで獣の祖を完全復活させる」


 それは知っている。獣と戦う上で知るべき基礎中の基礎知識だ。

 獣の祖の本体は一体復活しただけで全人類を死滅へ追い込むほどの力を有している。


 本体の復活だけは何においても死守すべきであり、そのためにクロエ達スリンガーは日々奔走しているのだ。


「けれど、もし、契約者が獣の祖と繋がった状態で獣の魂を殺したら、空っぽとなった獣の祖の本体と契約者はどうなると思う?」


 告げられた言葉を心の中で咀嚼して理解しようとするも、どうも要領を得ない。

 眉をひそめていると、ヒンメルがアゲハの肩に手を乗せて説明を続ける。


「獣の祖の身体は魂を殺した契約者のものとなり、獣の浸食も止まる。その存在はもはや人でも、契約者でも、ましてや獣でもない。人が生まれ変わった新たな形。それが“覚者”よ」

「まさか……」


 クロエの視線がアゲハへと移る。

 アゲハは驚いた様子もなく、変わらず刀の鯉口を今すぐに切りたいと言わんばかりの表情でクロエを見つめ返す。


「そう、アゲハちゃんこそ、私達財閥が目標とする人類の新しいかたち。この子は一度獣の祖と一体化し、その魂に触れていた。けれど、その時この子は獣の祖を拒み、獣の魂だけがスリンガーに殺された、そうでしょう?」


 クロエはメリッサが以前組織へ上げた報告書を頭の中で反芻する。

 禍虚と名乗る獣の祖にアゲハは身体を差し出し、一度は心も身体も獣の祖と一体化した。


 だが、禍虚に約束を庇護にされたことで同盟を拒み、その直後獣の祖はメリッサに討伐された。

 あの一連の流れで、地中深くに眠る禍虚の本体はアゲハの物となり、契約者でありながら獣の祖の活動が止まったことで獣の浸食も無くなったということなのだろう。


「知っていたのか、アゲハ」

「……はい。ヒンメルさんに出会った時に教えてくれました。財閥の最終目標も」

「最終目標?」


 そこまで情報を聞き出せていなかったクロエは眉を潜める。

 ヒンメルは大げさに両手を広げ、不敵な笑みを浮かべて語る。


「原典の頁すべてを揃えれば獣の祖を自由に操ることが出来る。財閥はそれを利用して全人類と契約を結び、覚者へと押し上げる。これで人間は、二度と獣に浸食されることはなくなる」

「全人類を……覚者に? 馬鹿げてる。そんな強大な力を誰かれ構わずに渡せば秩序も何もなくなるぞ!」

「既に乱れているわよ。獣と人間、どちらも存在している時点で。だからこそ一つになってやり直すのよ」

「ふざけるのはオカマだけにして欲しかったな、ヒンメルさん」


 皮肉で返すも、ヒンメルは一切応じない。


「海斗くん。いえ、貴方の本当の名前を私は知らないけれど、潜入のためだったとはいえ、貴方が私達に奉仕してくれていたあの優しさは本物だったと私は受け取っているわ。貴方もきっと、財閥の考えに理解を示してくれると思いたい」


 これまでの数か月、確かに組織としての打算はあったものの、クロエはこの拠点の支援に力を注いだ。

 その間財閥の拠点内で出会った契約者達、兵士、そして保護された子供達、全員が自分たち人間と変わらない、獣に騙された人々だった。


 しかし、彼らが獣へ変貌していく姿を幾度となく目撃し、それを救う手立てが全人類の覚者化だとしても、今度は力を持った者達がそれを悪用しないという保障もない混沌とした世界が来るのは目に見えている。

 クロエは己が所属する組織の理念を想い、ヒンメルの誘いを振り払う。


「悪いなヒンメルさん。俺はあくまでスリンガーだ。全ての獣を討伐する、その誓いを立てた復讐者だ!」


 言い切り、クロエは目の前に障壁を発動させた。

 このまま二人に突進して、無理やり元来た道へと押し戻す。

 すると、アゲハが居合の構えでゆっくりと一歩踏み出す。


「私も財閥の目的には半信半疑です。けれど……」


 ド、と床を踏み抜く勢いでアゲハが駆けだした。


「契約者だからという一点張りで全員を殺めている貴方達が正しいとも思えない!」

「く!」


 先手で突進してきたアゲハに、クロエは障壁を展開し続ける。

 折れた刀一本でなにが出来る!

 アゲハの攻撃を弾いて反撃を試みようとした瞬間、アゲハの刀が抜刀された。


 違和感はすぐに起こる。

 抜刀された刀は折れておらず、紫色の怪しい気が刀身にまとわりついていた。

 刃がクロエの障壁に触れた途端、刀は障壁に一切抵抗されることなく、簡単にそれを切り裂いた。


「な、に⁉」


 スリンガーの中でも最高の防御力を誇るクロエの壁があっさりと破られ、クロエは動揺の色を隠せないでいた。

 二つに割かれた障壁を見て、クロエは瞬時に察する。

 障壁が切り裂かれた傷口からアゲハの刀へと吸収されていく。


「まさか、刀自体に吸収の邪術が……っ!」


 たじろくクロエへ、アゲハが追い打ちで刀を振り下ろす。

 振り下ろされたのは刀の刃ではなく、その峰。

 首を激しく殴打されたクロエはそのまま床に倒れて意識を暗闇へと落とされた。

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