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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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這いずる過去 p.5

 財閥の拠点内は慌ただしい様子で兵士達が避難と応戦体制の構築に奔走していた。

 施設内で待機を命じられているクロエは監視役として回された財閥の兵士と共に廊下を歩く。


「悪いな海斗。どっから情報が漏れてるか分からない以上、トイレすら一人で行かせられねぇ」


 偽名で呼ばれ、クロエは首をふる。


「仕方ないさ。ヒンメルさんの判断は正しい。それに……」


 二人がトイレに入った途端、クロエは一瞬で兵士の背後を取ると首に腕を回し、気管を締め上げる。


「っ! な、なに……を……」


 兵士は慌ててクロエの腕をほどこうとするが、すでに首元深くまで食い込ませた。

 意識を失った兵士は腕をだらりと垂らし、身体から力が抜ける。


「俺も悪いと思ってるよ」


 気絶させた男を拘束してトイレの掃除用具入れに押し込め、クロエは廊下の様子を伺う。

 今は全員が外からの襲撃に備えて慌てている。動けるのは今しかない。


 窓から施設の外へと飛び出し、クロエは拠点の中心地、司令部へと向かう。

 恐らくそこに、原典の頁が管理されている。



 司令部への侵入は比較的容易だった。

 皆が拠点の防衛線を注視しているからだろう、内部への目がおろそかになっている。


 さらに、クロエは数か月この拠点へスパイとして侵入し、財閥へ奉仕をし続けた結果、ある程度の信頼を得たことで拠点内の図面を閲覧することが出来ていた。

 万が一に備えて頭に叩き込んでいた司令部の地下室への侵入ルートを辿り、誰にも気づかれずに目的の場所まで辿りつく。


 廊下の最奥に鋼の扉が一つと、その両脇に拳銃を装備した兵士が二人守っていた。

 最後のここだけはあの扉をくぐる必要がある。

 戦闘不可避な状況を前に、クロエは迷うことなく正面から突撃する。


「な、海斗⁉」

「くそ、よりによってお前が――っ!」


 曲がり角から現れたクロエに驚くが、兵士二人はすぐに銃を構える。

 狭い一本道の通路に正面から流れ込んでくる銃弾の雨。

 だが、クロエは右腕を前に掲げると、目の前に淡い赤色の障壁が現れた。


 財閥へ潜入してから今までずっと隠し続けてきたクロエの邪術、盾の邪術だ。

 望んだ形の障壁を作り出すクロエの邪術は、容易に兵士達の銃弾を弾く。


「くそ、だったら!」


 そう言って兵士二人が取り出したのは、強化外骨格を起動させる手のひらサイズの黒いデバイス。

 だが、その行動に出ることを読んでいたクロエは自身の両足へ渦を回し、身体強化したその肉体で二人へと突進する。

 障壁を展開したまま身体強化された突進は、ダンプカーに轢かれる程の威力を誇る。


 「ぐぅ!」


 兵士二人は後ろの壁とクロエの障壁に押しつぶされ、肺から空気を吐いて気を失った。

 今の攻撃で扉ごと拉げ、クロエは壊れかけた扉を乱暴に片足で蹴破る。


 中に人はおらず、様々な備品が保存されており、部屋の奥のテーブル上に、見覚えのある銀色の筒が五本放置されていた。

 まさかどの筒にも入っていない、ということはないだろうか。

 この部屋だけ見張りを立たせていたので、そんなことはないと信じたい。


 クロエは筒を五本とも開いてみると、最後の一本に目的の物が入っていた。

 古ぼけた羊皮紙から、大量の渦の気配が漂う。

 原典の頁だ。


 中身を確認し、筒の中に戻したところで、異変は起きた。

 背後から強烈な殺気を感じ、クロエは咄嗟に障壁を展開する。

 途端、銃弾が一発放たれ、それはギリギリのところでクロエが発生させた壁に阻まれる。


「あら、流石ね海斗君。それとも、スリンガーと呼んだ方が良いのかしら?」


 部屋の入口に立っていたのは拳銃を持つヒンメルと、その隣にはアゲハもいた。


「海斗さん、貴方が組織へ情報を流していた侵入者だったんですね」


 アゲハの冷ややかな表情の奥からは、身の毛のよだつほどの殺気が放出されていた。

 アゲハは鞘に収められた刀を持ち、片手は既に柄に触れている。

 白を切れる状況であるはずもなく、クロエは原典の頁が入った筒を握りながら、二人を警戒する。


「……俺のこと、気づいていたのかヒンメルさん?」

「乙女の勘かしら、貴方じゃないと良いと思っても、どうしても疑いの念は晴れなかったわ。スパイが狙うならここだろうとアゲハちゃんと隠れていて正解だった」


 うふふ、とヒンメルが微笑むが、相変わらず気色が悪いなとクロエは思わず引きつる。

 状況は最悪だが、クロエは現状打てる手を全て打つべきだと、交渉を試みる。


「お前達が保有している全ての原典の頁を、組織へ明け渡して身を隠してくれないか。組織は獣に関係する者に容赦はしない。必ず殲滅にくる」

「殲滅……獣に騙された人もですか!」


 アゲハが身を乗り出すが、冷静に首を振る。


「その人達もいずれ獣に成り代わる脅威でしかない。俺だって不本意だが、組織の判断も理解出来る」


 組織はそこまで甘い集団ではない。

 アゲハの抗議を否定しつつ、どうにかこの場から去る方法を模索して辺りを探るが、どうあがいても道を塞いでいるヒンメル達を突破する必要がある。

 それも全て織り込み済みのヒンメルは退路を阻み続ける。


「海斗くん、わざわざ忠告をする優しさを持っているなら、貴方こそこちらに着くべきだと思うわ」


 意外な申し出に、クロエは自然と肩に力が入る。


「どういうことだ?」

「覚者、という存在を知っているかしら?」

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