這いずる過去 p.3
がばり、と大量の汗をかきながらメリッサは夢の情景から目を覚ます。
財閥とのファーストコンタクトとなった戦闘から既に数時間が経っていた。
窓の外から差し込んでくる明るい陽射しがメリッサのいる部屋を照らす。
作戦を続行するか本部の指示を待つことになり、メリッサとシャムは部隊を一時退避させ、組織が街の中に予め設置したセーフハウスに待機していた。
メリッサはつかの間の休憩のために仮眠を取るため、組織から支給されたロングコートをブランケット代わりにして床に寝ていたのだが、背中が痛む。
勢いよく起きてしまったからだろう、いつも身に着けているマフラーが首元で複雑に絡まってしまっている。
一旦巻き直そう、とマフラーを外すと首に掘られた契約印が露わとなった。
首輪を模した契約印は消しゴムで中途半端に消しかけたように所々が消えかかっている。
マフラーを外す度に、この印へと意識が向いてしまう。
首筋の契約印を指でなぞっては擦るが、そんなことで消えるはずないでしょう、と自分に言い聞かせる。
すると、メリッサのすぐ隣でゴソゴソと何かが動く気配がした。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げ、メリッサは恐る恐る隣を見る。
悪い夢から覚めたばかりからか、すぐ近くの気配を全く察知していなかった。
すぐ隣には自分の物ではない、誰かのロングコートがもう一着並んで置かれている。
その中に誰かがくるまり、よく見るとコートの中から突き出た腕がメリッサの腰回りをがっちり掴んでいた。
「ひっ……」
思わず悲鳴が上げかけ、枕元に置いていたルーズを掴むが、既の所で止める。
そっとロングコートをめくると、そこには涎を垂らして阿保面を晒し、仮眠を超えた熟睡をしている少女がいた。
「……シャム」
メリッサは冷めた表情でシャムに声をかけるが、当の本人は「あと五分、だけ……」と寝言をほざいている。
メリッサは同じくまだ寝ているルーズを手に取ると、その銃底をシャムの頭部めがけて振り下ろす。
『「痛ぁ!」』
シャムとルーズの悲鳴がハーモニーを奏でた。
脳天を抑えてようやく起きたシャムは涙目でメリッサを睨んだ。
「うぅ、ひどいよメリッサ。優しく起こしてよ」
「シャムは私と交代で見張りする手筈でしょ。一緒に寝てたら意味ないじゃない。あと勝手に私のところに潜り込まないで」
シャムに説教をするメリッサは『おいメリッサ! 俺なにも悪いことしてねぇぞ!』と至極真っ当な抗議を上げるルーズを一切無視する。
「本部から連絡があったんだよ、作戦続行だって。今日の夕方にアタックをかけるから、お昼まで私も休憩に入ったの」
口を尖らせぶーぶー言うシャムは、ふと何かに気づいてそれをじっと見つめる。
「……? 何よ?」
シャムの視線が自分に向いているのは分かるが、それがメリッサの顔へではなく、その直下、首元へ投げられているのに気づいた。
契約印を見られている事に気づいたメリッサは反射的にそれを片手で隠す。
「あんまりジロジロ見ないで。見て面白いものでもないでしょ」
「やっぱり気にしちゃう? 元契約者なのを皆に隠すの」
「それはそうでしょ。バレッツのメンバーと上層部以外に知られる気はないわ」
一度脱いだマフラーを改めて首へ巻きながら、メリッサはため息を吐く。
「元契約者で、ましてや獣になるかもしれない私が組織に入ってるなんて、矛盾もいいところよ」
「んー、でも私は誰かさんに『獣を始末出来れば何でも良い』て言われたけどなぁ」
マフラーを巻き終わったメリッサの前に回り込み、シャムはにやにやと笑う。
自然と頬が熱くなり、思わず巻き終わったマフラーで顔を少しだけ隠してしまう。
「昔の事を持ち出さないで、恥ずかしい」
「あの頃のメリッサ尖ってたからなぁ。けどさ、あの時そう言ってくれたから、他の団員から敵視されても私は信頼してもらえるように頑張れたんだよ」
シャムは既に隠されてしまったメリッサの契約印をマフラー越しに見つめる。
「メリッサもたくさん活躍して皆から感謝もされてるし、もうちょっと自分を曝け出しても良いんじゃない? 皆分かってくれるよ」
違う。
メリッサは立ち上がり、ブランケット代わりにしていたロングコートを着込む。
マフラー越しに首元の契約印に片手で触れると自然と力が入り、首が少し痛む。
「これは、私の戒めみたいなものだから」
矛盾と生き続ける。
ずっと昔に立てた誓いを思い出していると、手元のルーズが薄っすら光る。
『今日もクールぶるねぇメリッサちゃん』
「寝覚めが悪いの、今は貴方に付き合う気はないわよルーズ」
いちいち茶化してくるルーズに呆れたメリッサは、ルーズをシャムの隣に置き、代わりに彼女の銃を拾い上げる。
「あれ? メリッサ?」
「借りるわよシャム。しばらく一人になりたいから貴方の銃とルーズを取り換えっこしましょ」
『え、ちょ、おーい!』
ルーズの静止を聞き入れず、メリッサは部屋から立ち去った。
「ありゃ、行っちゃった」
部屋に取り残されたシャムとルーズはメリッサが今しがた閉めていった扉を見つめる。
『まったくよー。あいつ思い出したかのように機嫌が悪くなる時があるから面倒くせぇ』
「そんなこと言ったら可哀そうだよルーズ。メリッサはいつも皆に気にかけてるんだから疲れちゃう時もあるんだよ」
『シャムの嬢ちゃんはメリッサに甘いよなぁ、どしてだ?』
「そりゃもう、なんだかんだメリッサが私に甘々で大好きだからだよ」
『はー。その好きぷりはアゲハの嬢ちゃんを思い出すなぁ』
ルーズからその名を聞き、シャムは薄っすらと目を潜める。
メリッサが寝ていた床の上に座り、横に置かれたルーズを見下ろす。
「……アゲハ。刀使いの契約者だっけ?」
『あぁ。獣と契約者の騒動に巻き込まれないように保護しようと思ったら結局契約者にされちまった奴だ』
「聞かせて」
『んあ?』
「その子のこと、もっと聞かせてルーズ」
いつもの明るい口調から、シャムの声のトーンが一つ落ちた。
どうしたのだろうかと思いつつも、『べつにいいけどよ』とルーズはメリッサとアゲハの出会いと思いがけない別れをシャムへと聞かせた。




