這いずる過去 p.1
過去の情景とは必ずしも幸せの思い出とは限らない。
「アリス! 逃げて!」
必死の叫びが聞こえ、アリスと呼ばれた少女はゆっくりと気絶していた状態から覚醒し、重い瞼を開ける。
背中まで伸びた金色の髪は地面に倒れた時に汚れ、身に着けていたダッフルコートと長いマフラーも同じく土まみれだ。
全身に激痛が走り、強制的に意識が戻るにつれ、目の前に広がる光景にアリスは絶望に浸る。
街は炎に包まれ、辺りからは悲鳴が聞こえてくる。
紫色の空の元、少し遠くに声の主が見えた。
「め、メリッサ……」
アリスと同じ金色の髪を二本に結い、緑色のロングコートを着て銃を構えている少女。
アリスの妹であるメリッサは、二人の男と対峙していた。
一人は荒々しく逆立った赤い髪をした黒いスーツを着た男。
そしてもう一人はウェーブがかった黒い髪の軽薄そうな男だ。
「ケハハハ! おいルスト、この女弱いくせに一人で立ち向かう気だぜ!」
赤髪の男は大げさに腹を抱えて笑う。
それを聞いた黒髪の男、ルストは拍手する。
「いやいや、実際すごい度胸だ。”教団”の最高戦力である獣のヴィクト様相手に、そこに転がってる姉を庇いながら戦う気だ」
嘲笑が混じったルストの口調は決してヴィクトを立てるわけでも、己の優位性を誇示するためではなく、勇敢に立ち塞がるメリッサを嘲るために投げられる。
ルストの前に立つ赤髪の男、ヴィクトは笑いながら手のひらをかざす。
すると、黒い炎が出現し、それは蛇の形を象ってメリッサを睨んだ。
「本当によ、さっさと諦めてテメェの姉を差し出せば良いだけの話しなんだよなぁ!」
ヴィクトが叫び、腕を振ると黒炎の蛇が宙を這ってメリッサを襲った。
「くっ!」
メリッサは歯を食いしばり、咄嗟に手で地面を叩いた。
すると、五芒星の陣が地面に出現し、空気が振るえると強力な重力場が発生。
五芒星の上を通過した黒炎は強制的に地面へと引きずり降ろされ、見えない重力に押しつぶされて消える。
「ケハハハハ! 重力の邪術か。ならこれはどうだ!」
ヴィクトが叫び、周囲から黒い炎が燃え上がる。
それは矢となり、槍となり、弾丸にも形を変え、次々とメリッサとメリッサの後ろで倒れているアリスへ怒涛の如く襲い掛かってくる。
「ああああ!」
満身創痍のメリッサは雄たけびを上げて邪術と手に持った銃で応戦。
重力によって飛来してくる黒炎を押しつぶし、軌道を逸らし、捌けない炎は弾丸で撃ち払う。
「メリッ……サ」
妹の奮闘を見て、アリスはどうにか動こうとするも、身体中に激痛が走ってまた地面に伏す。
全身が痛い。
さきほどまでヴィクトにいたぶられ続けた傷が痛む。
ただの一般市民であるアリスからすると目の前の異常な光景は理解の範疇を超えていた。
このままではメリッサの足手まといだ。
アリスは動かぬ身体に鞭を打ってでも立ち上がろうとするも、せいぜい出来たことが手のひらを開くことだった。
その手には、宝石部分が欠けたペンダントが握られていた。
それは意志を持つように、赤く怪しい光を出す。
『おい、嬢ちゃん』
「……ルーズ……」
霞む意識を必死につなぎ留め、ペンダントを触媒として話しかけてくる存在、ルーズに視線を向ける。
『流石にヤベーんじゃねぇのこの状況。お前の妹このままじゃやられちまうぞ』
「助けて……」
『俺じゃ無理だ。俺はただの石ころだぞ』
そんな。
手にしたペンダントは冷たく現状だけを伝え、アリスを絶望の淵へと追い込んて行く。
その間にも、メリッサは矢継ぎ早に降ってくる黒炎を息も絶え絶えに迎撃するも、撃ち漏らした炎がメリッサの肩を、足を、腹を、次々と直撃していく。
炎に炙られ、メリッサは痛みで膝をつくが、諦めずに銃弾を敵へと放っていく。
「私に……私に力を貸して、メリッサが死んじゃう」
アリスは手のひらのペンダントへと必死に訴える。
意識は朦朧とし、油断するとまた気絶してしまいそうだ。
『良いのか? 後戻りは出来ねぇぞ?』
「……うん」
すると、ルーズはその言葉を待っていたとでも言わんばかりに、石の輝きが増す。
『ケハハハ! さぁ言いな嬢ちゃん、これは契約だ! お前の願いを教えろ、さすれば今日からテメェも契約者だ!』
光が強烈になっていく度に、アリスの気力も少しずつ戻っていき、瞳の奥に希望の光が灯る。
「私は、大切な人を守りたい!」




