強襲作戦 p.11
村の中心部に建てられた施設のすぐ外に、作戦から撤退してきた護送車が一台ボロボロの状態で駐車され、同伴していたもう一台は見当たらない。
海斗という名で財閥に潜入捜査しているクロエは、再び海斗として変装し、長い黒髪のウィッグを揺らして施設内の様子を伊達メガネ越しに伺う。
作戦に参加し生き残った財閥の兵士達は壁にもたれて身を投げ出し、満身創痍の者がほとんどだ。
軽症者はこちらに集められ、重症の者は別の場所で治療を受けているはずだ。
今なら自分を見ている者は少ない。原典の頁を探しに行くなら今か。
手に持った空の筒を眺め、クロエは意を決して施設を出ようとする。
「海斗さん!」
が、アゲハの声がクロエの偽名を遠くから飛ばしてきた。
振り向くと、別の入口からアゲハとヒンメルが施設に入ってきていた。
「アゲハに……ヒンメルさん」
財閥の拠点内を探ろうとした矢先だが、これはこれで良い。
アゲハは急ぎ足でクロエの傍まで来ると、クロエの頭からつま先まで眺めて大きな外傷はないことを確認して胸を撫でおろした。
「ご無事そうで良かったです。組織の襲撃にあったと聞いて心配しました」
「あぁ、皆が頑張ってくれたおかげで俺は生き残れた。それより、ヒンメルさん」
アゲハを横切り、クロエは空っぽの筒をヒンメルに押し付ける。
「これ、どういう事だ? 原典の頁がこの中に始めから入っていなかった。俺達を囮にしたのか?」
クロエが差し出した筒が空だったのを見て、横にいたアゲハが驚く。
「え? どういうことですか、ヒンメルさん?」
ヒンメルの表情を伺うが、当の本人は何かしらを逡巡している様子だ。
すると、パチパチパチ、と乾いた拍手音が施設内に鳴り響いた。
「サプラーイズ。そう、君たちを囮として使わせてもらったよ」
その場に居た者達の視線が、いつの間にかいた黒髪の男へとむけられる。
「はじめまして。俺はルスト。ヒンメルと同じ代理人だ。以後お見知りおきを」
初めて見る顔だ。
この財閥の拠点に潜入してからしばらく経つが、クロエはこの男の顔、ましてヒンメルの同僚など見たことも聞いたこともなかった。
「どうして囮作戦なんかを黙ってやらせた」
返事をしないヒンメルからルストへと同じ質問を投げる。
ルストは何が面白いのか、さきほどからニヤついた表情を崩さずに頷く。
「それはこの中に嘘つきを炙り出すためさ。存在自体の秘匿を厳守していた財閥の情報流出が徐々に増えていた。遠くからその様子を見てたが、居ても立っても居られなくなってねぇ。護送作戦の日に、勝手に原典の頁を抜き取らせてもらったよ」
「ふざけるな! それで仲間が何人やられたと思っている!」
頭に血が上り、気づいたらクロエの手はルストの胸倉を掴んでいた。
確かに自分は財閥に潜入したスパイだ。
スパイなら感情に流されて行動するのは論外。
だが、獣に人生を狂わさこの拠点に来て避難して来た人々や、その避難民を必死に守る兵士達の命を軽んじる目の前の男にどうしても腹が立ってしまった。
ルストは胸倉を掴んできたクロエを眺め、ニヤけた笑顔の口角がより鋭くなる。
「おやぁ、君からは嘘をついてる雰囲気が漂ってるなぁ。俺はこれでも人を見る目はあると思っててね」
「何を――」
するとルストはクロエの眼前まで顔を近づけ、その瞳を覗き込んでほくそ笑む。
「真っすぐな良い目だ。本気で怒ってるけど、どこか罪悪感を感じている」
「お前……」
クロエは思わず握り拳をルストへ叩き込もうとした瞬間、いつの間にか横に立っていたヒンメルがクロエの手首を掴んで止めた。
「ストーップ。ルスト、その辺りでやめてちょうだい。貴方がいると話しがややこしくなるのよ」
「はいよ」
「海斗くん。ルストが勝手にやった行動は私も賛同しかねるけれど、結果的に内部に裏切り者がいることは分かったわ」
ヒンメルはクロエの肩に手を置き、落ち着いた声色で諭す。
「今はどうか落ち着いて。アゲハちゃんも、刀をしまって」
急にアゲハの名が上がり、そこへ振り向くと、ルストの背後を取っていたアゲハが手に持った刀の柄に手を添え、ルストへ冷たい殺意の視線を送っていた。
肌に無数の針が刺すような殺意に、己に向けられていないにも関わらず、クロエの背筋に冷や汗をかかせる。
「……分かりました」
アゲハはそう言って静かに抜きかけの刀を鞘へしまうが、その殺意は変わらず高い。
「おー、怖い怖い。可愛い顔して手は早い方なんだね」
「おちょくるのは、ほどほどにする事をお勧めします」
チン、と刀の鍔が鯉口に触れ、武器は下ろされるもアゲハの表情は未だ固い。
ルストはあからさまに両手を上げ、参ったのポーズをした。
「俺が悪かったよ。挨拶ついでに雑談でも、と思ったが次の機会に改めるさ」
手をひらひらさせ、ルストはその場を離れていく。
なんなんだあの男は。
クロエは去っていくルストの背中を眺めるが、ヒンメルの手がまた優しく肩に置かれる。
「ともかく、今後の対応周りは私の方で取り決めておくわ。詳細が決まったら伝えるわね」
「了解」
これから単独行動で動くことが多くなる自分にとっては都合の良い配慮だ。
そう考えていると、クロエの肩を握るヒンメルの手に僅かな力が入るのを感じた。
「あぁそれから。外には見張りも置いてるから、安心して休んでいてちょうだい」
どこか含みのある視線がヒンメルからクロエへと飛ぶ。
拠点内だというのに見張りが設けられている。
それはつまり、自分たちの護衛などではなく、監視だ。
あぁそうか。この人もあくまで財閥のトップの傍にいる代理人とやらだ。誰かれ構わず信頼を置いている訳ではない。
遠回しの容疑疑いの警告に、クロエは海斗として演じ切るために平静を装う。
「……あぁ、分かった」
立ち去るヒンメルとアゲハを見送り、クロエは小さく拳を握る。
おそらく組織がこちらに向かってくる。
それまでに原典の頁の所在を割り出し、それの確保が急務だ。
さもなければ組織に原典の頁が渡るまで双方が消耗し続ける事になるだろう。
時間はない。
監視下に置かれたクロエは苦しい状況の狭間で歯噛みした。




