強襲作戦 p.10
日の高い昼下がりに、アゲハと楓は太陽の光を浴びながら舞の練習にいそしむ。
楓に蝶流の舞を教え始めてほぼ一週間、初心者とはいえ、楓はよく練習に励んでくれていた。
アゲハは母の形見である刀をゆっくりと振り、舞の基礎を披露していく。
楓は披露される型一つ一つを見逃すまいと必死に観察していた。
「この舞は楽しさと喜びを蝶に例えて表現した舞だよ。両腕を柔らかく動かして、足運びはゆっくり風に流れるように歩いてみて」
笑みを浮かべながらアゲハは鞘に収まった刀をバトンのようにクルクル回す。
「こ、こう?」
楓もそれに続いて拾った小枝を回し、どうにかアゲハの舞についていく。
「そうそう、良いね。そして最後に鞘から刀を抜いて、蝶の羽ばたきを模すの。抜くタイミングは自由だし、刀を振る方向も自由。風の赴くままに好きに羽ばたく」
アゲハ自身もこの型は様々ある蝶流剣術の型の中でもとりわけ気に入っている。
楽しかった思い出を込めて踊るこの舞は母と練習をした日々と、短いながらもメリッサと共に生活をした輝かしい日々を思い出させてくれる。
だが、うってかわって、楓はどうにも怪訝な表情でアゲハが踊る舞をトレースしていた。
楓はぎこちない動きで舞を続けるが、どうしても気分が晴れない様子だ。
「やっぱり踊る気持ちになんかなれないかな?」
すると、楓は小枝を両手で持ったまま、シュンと顔を曇らせる。
「……どうせ何をしても最後には奪われると思ったら、あんまりそんな気持ちには……」
どうしたものかと考えていると、少し遠くから複数の足音が聞こえてくる。
「あ! アゲハが踊ってる!」
「私も見たい!」
そう叫んだのは財閥が保護した子供達の声。
この辺りで遊んでいたのだろう、数名の子供達はアゲハの姿を見ると瞳を輝かせて走り寄ってくる。
「アゲハ、また踊り見せて! 俺も一緒に隣で踊る!」
「あー、ずるい! 私が先にアゲハお姉ちゃんと踊る約束したの!」
子供たちはアゲハの両腕を引っ張り、互いの方へと奪い合う。
「あはは、喧嘩しちゃだめだよ」
ぐいぐいと子供達に引っ張られ、困り果てていると、所在なさげに楓がその様子を見つめていた。
アゲハは子供達を自分の元に逆に引き寄せると、子供達の目線に合わせて自分自身を屈ませる。
「そうだ、皆も楓お姉ちゃんと一緒に踊ってみよう」
すると子供達は一斉に楓へ期待の視線を向けた。
「……え?」
突然のフリに驚いた楓は思わず後退するが、アゲハは笑顔を浮かべる。
「うん、ほら」
戸惑う楓の手を取り、アゲハは子供達の元へと無理やり引っ張った。
子供達としばらく舞の練習を堪能していたが、朝から稽古をしていたアゲハと楓は休憩に入る事にし、遊び足りない子供達は別の遊び場に行くことにした。
「次は新しいやつ教えてくれよ! もっと刀振り回す奴がいい!」
「だからそれ私が先にお願いしたの!」
はしゃぐ子供たちに手を振り返していると、子供のうち一人が楓へと振り返る。
「楓のお姉ちゃんもまた一緒に遊ぼうね!」
そう言って子供たちが去り、アゲハは横目でちらりと楓の様子を伺う。
どこか稀薄だった楓の瞳に、僅かばかりの揺らぎが見えた。
「子供達って無邪気で一緒にいて楽しいよね。踊りを見せたらあんなに嬉しそうにしてくれるし」
「……そうかも」
「楽しかった?」
「……うん」
「こうやってちょっとずつ楽しい思い出作ろうよ、押し付けられた嫌なこと塗り潰すくらい」
そう言葉を贈ると、楓は少し驚いた様子で瞳を僅かに見開く。
「えっと、その--」
「アゲハちゃん、ちょっと良いかしら」
楓が何か言いかけた時、アゲハの名前が呼ばれた。
二人が振り向くと、ヒンメルが少し遠くからアゲハへ手招きをしている。
様子から察するに、楓には聞かせたくないのだろう。
「ちょっと待ってて」と楓に一声かけ、アゲハは一人ヒンメルへ駆け寄る。
「ヒンメルさん。どうしたんですか?」
「原典の頁を護送していた部隊が帰って来たわ。途中で組織の襲撃にあって撤退してきたみたい」
「っ! 被害は?」
「部隊の半数を亡くしたと聞いているわ。この場所もバレた可能性がある。この後作戦会議があるのだけど、アゲハちゃんも来てもらえるかしら? 貴方は客人だけど、このままだと巻き添えを食らう可能性があるから」
「……分かりました。楓を部屋まで送ったら向かいます」
ヒンメルは頷き、その場を立ち去っていく。
空の雲行きは怪しくなっていき、アゲハの心中も同様に雲っていく。




