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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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強襲作戦 p.2

 日は既に落ち、暗闇が広がる空を、一隻の飛行船が飛ぶ。

 メリッサはその飛行船の一席に座り、窓の外をぼんやりと眺める。

 眼下に広がるのは数か月前に訪れたばかりの日本。


 こんなにも早くここに帰ってくるなんて。

 そう物思いに耽っていると、ざざ、と耳につけた小型無線機が通信を受信する。


『作戦目標地点まで三十分。作戦内容の再確認をいたします』

「えぇ。お願いするわ」


 そう言うと、無線先のオペレーターがブリーフィングを始める。


『財閥へ潜入中のクロエより、本日フタサンマルマルにて財閥の本部へ原典の頁が移送される情報を入手。本作戦の第一目標はその原典の頁の奪取となります』


 メリッサの眼球に付けたコンタクトレンズ型モニターがオペレーターの案内に反応し、作戦区域の地図と想定される敵のトラック、そしてそのルートが提示される。


『本作戦ではバレッツ二名と二小隊による展開を想定。二手に分かれ、一方は原典の頁の確保を、もう一方は護衛の討伐を行います』


 街中を走る財閥の輸送車の襲撃ポイントと人員の割り当てがコンタクトモニターに表示されていく。

 どの輸送車に原典の頁が入っているのか検討はついているが、相手が移送開始と共に警戒して配置を入れ替えている可能性もある。


『ケハハ! いよいよ財閥とやらとのドンパチか! ワクワクするなメリッサ!』


 脳内であらゆるシチュエーションを想定していると、ルーズの笑い声がそれを遮った。

 はぁ、とため息を吐きつつ、うるさい相棒をホルスターから抜き取り、メリッサはゴツゴツとしたボディにチョップを振り落とす。


「ブリーフィング中よ、黙ってなさいルーズ。それよりも、やっぱりバレッツ二名は過剰なんじゃ……」


 バレッツとは組織の中でも最高戦力と位置づけられたスリンガーを示し、その一人一人が一個中隊分の戦力を持っているとされている。

 バレッツとして認められたスリンガーは組織内でおよそ三十名おり、メリッサもその一人として数えられている。


 バレッツになるほどの腕を持つ者はそう現れず、組織の深刻な人手不足も拍車をかけ、メリッサ達バレッツは普段から各地の任務へ引っ張りだこ状態となるのは自然だ。

 その貴重なバレッツを二名も投入したのは、前回メリッサが遭遇したアゲハとの事件が直近の例だろうか。


 あの時は獣の祖の復活がほぼ防ぎきれない可能性があると判断して救援要請を送り、命令無視をしたジークが独断で増援にかけつけ、やっと複数のバレッツ投入が実現したくらいだ。


「あー、ひどーい。私と作戦が一緒は嫌なの?」


 さきほどまで隣で大人しくしていたと思っていたシャムがメリッサに抱き着いてきた。


「なんでいちいち抱き着いてくるのよ」

「良いじゃんべつに! 久しぶりに一緒の任務なんだし、はしゃぎもするよ」

「真面目な話ししてるのに、他の団員に示しがつかないでしょ」


 腹周りをがっちりホールドされて身動きが取りづらいメリッサはシャムを引きはがそうとしながら、他の団員たちの視線を伺うと「あれって、止めた方が良いのか?」「いや、百合の間に割って入ると命を落とすという日本のジンクスがあるらしい」と何やら団員達が遠慮がちに見て見ぬふりをしている。


「このままブリーフィング続ければ良いじゃん。続行!」


 メリッサの腹へ頬ずりをしながらシャムは提案し、無線の向こうで困った様子のオペレーターが『こ、了解コピー』と返事する。


『本作戦が財閥とのファーストコンタクトとなります。相手の戦力は未知数な上、こちらと同等かそれ以上の兵器を保有しているという情報もあります。万全な状態で挑む方針としてバレッツ二名の投入となりました』

「まぁ……備えとしては悪くないんだけど」


 一瞬だけ言葉に詰まると、何かを察したシャムはメリッサの肩に腕を回して己の頭を乗せ、メリッサの無線のマイクをミュートにした。


「もしかして、契約者達に銃を向けるの躊躇ってる?」

「……」


 後ろの団員達にも聞こえないよう、シャムはメリッサの耳元でささやく。


「ちょっと前までのメリッサなら気にしてなかったと思うけど、やっぱり前の任務で会ったアゲハて子が関係してる?」


 正直、シャムの指摘で胸の中が少しだけチクリと痛んだ。

 獣は例外なく全員殺す。それはのちに獣となってしまう契約者も例外ではない。

 そう思って今までスリンガーとして活動を続けてきた。


 だが、アゲハに出会ってから、別の感情が湧いてきている。

 必ずしも契約者全員が望んで獣と契約を交わしているわけではない。

 獣は人間の弱みをいつでも探し、それを見つけたら執拗に攻め込んでくる。


 現に、自分自身が過去に獣と契約を交わしたではないか。

 そんな単純なことにも、憎しみという感情一つを持つだけで気づけなくなってしまう。

 アゲハと暮らした短くも楽しい時間は、もしかしたらメリッサに冷静さを取り戻すきっかけになっていたのかもしれない。


「……そう、かもしれない。契約者が皆、好きで獣と手を組んでるわけじゃない。この前の任務でそれを嫌と思うくらい知らされたわ」

「その甘さは命取りになるよ、メリッサ」


 唐突に、シャムの口調がいつもの明るいトーンから、背筋が凍るほどに冷たい雰囲気へと変わった。

 抱き着いたままのシャムの腕に僅かに力が入り、それはメリッサの身へ直に伝わる。


「私達は獣の殲滅を誓った組織。獣になる者は誰であろうと、摘む」


 シャムの顔がメリッサの目の前へと寄る。

 そこにあったのは明朗快活な彼女の表情ではなく、私情や感情全てを置き去りにした復讐者スリンガーの顔があった。


「えぇ、分かってる。それは私だって例外じゃない」

「私”達”、だよ。組織は獣を狩るためならどんな手段も取るけど、一度獣に堕ちればそれが同僚でも容赦しない」


 シャムの氷のような表情はメリッサにスリンガーが本来あるべき姿を思い起こさせる。


「……シャム、私は--」


 と言いかけると、ピピ、とさきほどからマイクをミュートにしていた無線が鳴る。


『すみません、作戦開始時刻が迫っております、出撃準備へ移行ください』


 淡々とオペレーターから告げられ、メリッサとシャムの会話は中断された。

 メリッサもシャムも、互いにまだ話したいことがあったが、シャムはニコりといつもの明るい表情に戻り、気持ちを切り替えてきた。


「すぐに終わらせて、本部に戻ったらまた皆で飲もう! きっと気分も晴れるよ」


 そう言ってシャムは手をひらひらさせてメリッサの横に座りなおす。

 「そうね」と呟くも、メリッサの脳裏にはこれから討伐する獣の陰に潜む、アゲハと過ごした数週間の光景が浮かんでしまっていた。

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