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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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強襲作戦 p.1

 朝、ベッドの上で目覚めた楓はもぞもぞと布団を剥ぎ取って窓の外を見る。

 突貫で作った拠点ということもあり、山に囲まれた広い野原にぽつぽつと簡易施設があるだけで、遠くまで景色を見渡すことが出来る。


 自然に覆われたこの環境は、心の中に巣くう虚しさに優しい風を感じさせてくれような気がした。

 父を亡くした瞬間を夢で再び夢で見てしまい、胸中の靄を外の景色で浄化できないか試みる。

 ふと、外を歩いていくアゲハが視界に映った。


 手には刀袋を下げ、どこかへ向かう様子だった。

 楓は窓を掴む手をぎゅっと握り、部屋を飛び出す。 



 アゲハが早朝に起きて最初にすることは鍛錬だ。

 実家の道場を運営していた頃はどうにか時間を見繕って細々とやっていたが、今は膨大に時間がある。

 これからどうするべきだろう。


 蝶流剣術の道場を己の手で全て解体して目的を果たした今、選択肢は大まかに二つ残されている。

 元の暮らしに戻るか、財閥へ加入して契約者の支援にまわるか。

 どちらも不安要素はある。


 元の暮らしといっても、事件に乗じて一方的に行方をくらませて旅に出たのだ。

 今戻ったところで相当な騒ぎになり、そこからスリンガー達に狙われる可能性もある。

 メリッサの方からある程度気にかけてくれる……かもしれないが、彼女にも刃を向けてしまった手前そこまで助力を期待するのは馬鹿げている。


 一方、財閥に加入すると、決定的にメリッサが所属している”組織”から狙われることになるだろう。

 考えるべきことは多いが、まずは近くに隠れている隣人から対応しよう。


「そんなところからじゃなくて、もっと近くで見ても良いんだよ、楓」


 近くの木の陰へそう呼びかけると、おずおずと楓が出てきた。


「き、気づいてたの?」

「まぁ、村から付いてきてるのは知ってたかな」

「……」


 言葉を閉ざす楓に、アゲハは微笑む。


「こっそり覗いて蝶流を学ぼうとしたのかな?」


 びくりと肩を震わせ、楓の表情が僅かに引きつる。


「あ、勘違いしないで、怒ってるわけじゃないの」


 両手をあたふたと泳がせてどうにか楓の不安を取り払おうとするも、楓の懐疑的な表情は崩れない。


「……やっぱり、蝶流を学びたいの?」

「うん……生きる事を諦めたはずなのに、お父さんの仇を取りたい気持ちだけは残ってるみたい」


 さきほどまでの様子から一変、楓は顔を曇らせつつもはっきりと言い切る。


「蝶流剣術はあくまで演舞が元の剣術なんだよ。人を殺すための剣じゃない」

「嘘だよ、私見たもの。貴方は一人であんなに強い剣士達を全員討ち取った」


 楓が必死に訴えてくるも、アゲハは首を横に振り、一歩後ろに下がる。


「見てて」


 鞘に収まった刀の柄を握る。途端、雑念が一瞬にして消えた。

 いつものルーティーンワーク。

 刀を鞘にしまったまま、アゲハはそれをバトンのようにくるくると回す。


 決して遊んでいるわけではない。蝶流剣術の演舞だ。

 今度は鞘の端を掴み、それを杖のように振る。

 自然と風もアゲハの舞いにつられるように辺りを吹き始め、それに呼応してアゲハは回り続ける。


 回転した勢いに乗って刀を鞘から一気に引き抜き、目の前の虚空を切り裂く。

 ブワ、と辺りの草木が揺れ、舞い落ちる木の葉に囲まれながらアゲハは折れた刀を鞘へと仕舞う。

 それは優しさに包まれた舞だった。

 間近でそれを見ていた楓は驚いた様子で、胸に手を当てる。


「綺麗……」


 僅かに頬を紅潮させ、舞い終わったアゲハに思わず見惚れていた。

 それに気づいた楓はハッと我に返った。


「ありがとう。今のが蝶流剣術の基本の舞いだよ。元々、この剣術は奉納の舞いとして作られて、それを基盤に魔を祓う剣技になったんだ」


 魔を祓うというのは何かの揶揄だと思っていたが、今となっては獣のことだったのだろうと思う。

 スリンガーのように獣の命を刈り取ることは出来ずとも、人間という枠にいながらにして獣を押さえつけることの出来る剣術となったのだ。


「この剣の本質は見てくれる人に安心と喜びを与える希望なんだよ」


 伝えられるだけ伝えたつもりだが、楓は腑に落ちない様子でアゲハが握る刀をじっと見つめている。


「この舞いを綺麗だって言ってくれた楓なら分かってくれると思う。だから、ちょっとだけ蝶流の舞を学んでみない?」


 すっと手を楓へ差し伸べ、アゲハは問う。


「……え?」

「私は蝶流を消したくて道場周りをした訳じゃなくて、建て直したかったの。獣に道場が全部乗っ取られたから、また一から始めて本来の蝶流を広めようと思ったの。だから、楓がその一人目になって欲しい。この舞いを知ってもらって心を少しでも晴すお手伝いをしたい」


 きっと楓が欲しがっているものを与える事は出来ないし、楓にとっても何の意味もない。

 ただ、仮にも蝶流剣術の門を叩いた者が復讐の道へ進むのをまだ引き返せる可能性があるのなら、賭けてみたい。


 内心楓の答えにヒヤヒヤしているが、可能な限り表情を取り繕う。

 しばらく無言だった楓は恐る恐るアゲハの手を握った。


「……まだ、納得いってないけど……もしこの嫌な感情が少しでも無くなるなら」

「よし! 今日から私の弟子第一号だ!」


 満面の笑みを浮かべ、アゲハは楓の手を優しく握り返す。

 そっか、三つ目の選択肢もある。ひっそりと暮らしてお母さんが教えてくれた本来の蝶流剣術を少しずつ広げていくんだ。


 心の中でそう呟いたアゲハは目の前で新しく弟子となった楓が枝を拾ってさっそくアゲハのマネをする様子を見なて笑みが零れた。



 少し遠くからアゲハと楓が話している様子を、海斗は木に背を預けて眺める。


「アラァ、こんな朝から女子高生の覗き見だなんて。思春期ね、海斗くん」


 唐突に隣からヒンメルの声がぬるっと入り込み、背筋を凍らせた海斗はびくりと身を震わせる。


「うぉぉ、びっくりさせるなよヒンメルさん」

「ごめんなさいねぇ! 百合の間に入る男は殺されるらしいから、海斗くんが早まらないように見守ってたのよ」

「あれって百合なのか?」


 少し遠くで何やら練習を始めたアゲハと楓を眺めながら、海斗は頭をかく。


「一応、楓はまだこっちに来たばかりで彼女の情報はほぼない。監視くらいはするさ」

「まぁ、さすが海斗くん! 抜かりないわね。次の作戦準備もしながらそんなことにまで気をまわしてくれるなんて」

「いやそもそも作戦の障害になる可能性があるもの全て対処しろって命令出したのアンタだろ」

「んもう! そうカリカリしないで海斗くん! 全部終わったらお休みあげるから!」

「うぉ!」


 いつもの如く抱き着いて来るヒンメルを海斗は必死の形相で食い止める。


「ともかくっ! 楓の監視は俺がいない間他の人にやってもらう、で、良いな!」

「えぇ。警戒するのは大正解。組織の手の者かもしれないものねぇ~」


 海斗を襲うのを諦めたヒンメルはうふふ、と頬に手を添えて微笑む。

 相変わらず何考えてるか分からない人だな。

 そう心の中で呟きながら海斗は手元のタブレットをいじり始める。


「来たついでに報告だ。一週間後の作戦についてだが、予定通り、アゲハが回収した原典の頁を本部へ移送させる」

「護衛の人数は足りてるのかしら? 私も同行出来るわよ」

「ヒンメルさんはこの拠点の防衛に回った方が良い、何があるか分からない。移送は素早さ重視で、俺と護衛隊で済ませる」

「あーん、残念。代理人エージェントらしいお仕事最近してない気がするわぁ」


 怪しく腰をクネらせるヒンメルだが、一応これでもこの人は財閥の中枢と深く関わっている人物だ。

 そんな人がなぜこんな辺境の地にいるのか、時折疑問に思う。


「その、代理人エージェントて何なんだ? ヒンメルさんはあくまで財閥の協力者で、正式に財閥に所属してる訳じゃないんだよな?」

「うーん、そうね……私”達”は団体の立ち上げから運営までを手助けする便利屋さん、みたいなものよ」

「は、はぁ……」

「ま、要するに、敵じゃないてこと」


 ヒンメルの気持ち悪い笑顔のウィンクで首筋に冷や汗をかかせつつ、海斗は「そっすか」と生返事をして作戦準備と楓の監視を続ける。

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