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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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銃士の弾痕 p.8

「海斗くん。これで今月獣になった人の数は?」

「十三人だ」


 海斗の報告を聞いたヒンメルは表情を曇らせ、アゲハへと向き直る。


「……アゲハちゃん」

「はい」

「もう何度もお願いしているけれど、繰り返し頼むわ」


 ヒンメルはアゲハの両肩にそっと手をのせる。


「貴方もここに来てから分かっている通り、契約者にはタイムリミットがある。一度契約者になったが最後。待っているのは獣の祖の生贄になるか、獣に堕ちるか、あるいはスリンガーに狩られるか」


 人間が獣の祖と契約を結ぶパターンは二つ。

 一つは人間側の願いを叶える代わりに契約を交わす。これはかつてアゲハの父が辿り、獣から絶大な力を得ていた。


 もう一つのパターンは獣に脅されるないし、騙されて契約者になるパターン。こちらは楓が陥ったケースであり、アゲハも半ば騙されていた節がある。

 だが、いずれの手にしても、契約者が獣の祖に協力し続ける保証などどこにもない。


 ギブアンドテイクで契約を交わしたところで、途中で契約者側が願いを叶えるなり気が変われば手を切られる可能性は十分にある。

 人間を脅して契約をしても、自滅覚悟で関係を反故にしてもおかしくはない。


 であれば、どうやって契約者との関係を獣の祖は保ち続けるのか。

 答えは単純、人間が契約者になると時限式で獣に堕ちてしまう。


 獣の祖が地中に眠る本体を地上に戻すためには、魂の器となる人間の身体と十分な数の眷属が地上にいることが条件となる。

 いずれは獣になること前提で人間が契約者になるもよし、騙して契約者にした人間は裏切ろうが最後は獣の祖の眷属と変わり果てて本体復活の肥しにするもよしだ。


「財閥は世界中で獣による被害を受けた契約者達を救いたい。そのために、どうしても原典の頁を集めきるための戦力が必要なの。アゲハちゃん、貴方はその先頭に立つ力がある。”契約者のその先に立った”貴方なら」


 アゲハの肩を掴むヒンメルの手が少しだけ強まり、その願いの切実さが直接伝わってくる。


「正式に、財閥に入ってもらえないかしら」 

「……すみません、私の答えも変わりません。まだ考えさせてください」


 自然と足が一歩後退し、ヒンメルの手から離れる。

 どうしても一時的な感情で動いてしまうと、数か月前に起こった出来事が脳裏にフラッシュバックする。


 実父と元門下生の目論見によりどうしようもなく塞がれてしまっていた生活で光を照らしてくれたとあるスリンガーの存在がチラつく。

 辛い状況に陥っていた中、あのスリンガー、メリッサはアゲハを本気で救おうとしてくれていた。


 だが、すれ違いがあったにせよ、最終的にアゲハは契約者としてメリッサに刃を向けてしまった。

 もうあの時のような事は起きてほしくない。


「自分の力の使いどころは慎重に決めたいんです」


 本心をヒンメルに打ち明けると、納得してくれたのかゆっくりとうなづいた。


「いえ、聞いてくれただけでもありがたいわ。でも、覚えていてちょうだい。貴方は人を、契約者すらも超えた存在に変貌した。それは人類の希望と憧れになることを忘れないで」


 そう言ってヒンメルはその場を立ち去っていく。

 海斗も何か言いたげに一度アゲハへ視線を投げるが、すぐに部屋を出て行った。

 残されたアゲハは、ガラスの壁の向こうで泣き崩れる女性と、亡骸となった獣を見てふと思う。


 契約者はいずれ獣に堕ちてしまう。それは契約先の獣の祖が命を落としたとしても契約者は獣堕ちから逃れられるというわけではない。

 だとしたら、元契約者であるはずのメリッサのタイムリミットはいつなのだろうか。



 シャム、ジーク、リーエンの三人とのささやかな再会を終え、メリッサは組織の本部から与えられた自室へとほろ酔い気分で戻ってきた。

 今日はこのまま寝てしまおう。

 緑色のロングコートを雑に脱ぎ、腰のベルトも剝ぎ取って、ルーズを入れたまま机に放る。


『おいおい、今日は随分と適当に寝ようとしてるな』

「気分が良いのよ、邪魔しないで。こういう日はさっさと寝るに限るの」


 そう言って髪を縛ったリボンと首に巻いていたロングマフラーを一緒に解く。

 はらりと、さらさらな長い金髪がカーテンのように揺れる。

 鏡に映った自分の姿を視界の端で捉え、メリッサは鏡を見つめる。


 マフラーを取りのぞいた首には、契約者の証である契約印が刻まれていた。

 それは首輪を模した入れ墨になっているが、契約印はところどころ擦り切れており、その存在の不完全さを物語る。

 不意に、視界が霞み、強烈な眩暈が襲い掛かる。


「っ!」


 思わず壁に手をつけ、距離を縮めた鏡をもう一度見ると、額に汗が浮かんでいる。


『ん、メリッサ?』


 様子がおかしいと気づいたルーズが声をかけてくるが、メリッサは努めていつもの表情を保つ。


「……なんでもないわ。ちょっと飲みすぎたのかも」


 頭を振って無理やり眩暈を振り払う。

 煩わしいインナーとズボンも全て脱ぎ捨て、下着一枚でハンモックに寝そべる。

 あぁ、油断した。少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。


 こんなに楽しい日を過ごしたのはいつ以来か。

 そう逡巡して思い出すのはアゲハと過ごした数週間の同居生活、シャム達との長期任務、そして、遠い日に故郷で家族と暮らしていた日々。

 一連の思い出がメリッサの脳裏を過ると共に、睡魔が彼女を眠りへと誘う。

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