銃士と剣士 p.4
昼食時になると、アゲハが真っ先にメリッサの席を訪ね、校舎の屋上で昼食に誘われた。
アゲハに連れられ、メリッサは屋上の真ん中にあるベンチに座った。
「あと少しで友達も来ると思うんです! メリッサさんは、お昼のお弁当持ってきました? それとも学食の予定でした? 私いつもお弁当作り過ぎちゃうから、良かったら半分こしませんか?」
アゲハはメリッサに笑顔を向け、質問を矢継ぎ早に浴びせる。
同時にメリッサの顔へぐいぐいとアゲハの顔が近づき、その分だけメリッサに圧がかかっていく。
メリッサは「そう、ね」とどう返して良いか分からず間を繋ぐように適当に相槌を返す。
「ごめんなさい。まさかさっき助けてくれた人が同学年で、しかも同じクラスになったのが嬉しくて。ちょっと、はしゃいじゃった」
照れた様子でアゲハはもじもじと両手の指を手元で絡める。
「今朝はありがとうございました。変な所見せてしまってごめんなさい。一応あれでも私の彼氏で……」
お礼を言いつつも、アゲハの声はだんだんと小さくなっていく。
「彼氏、ね。カップルという割には穏やかには見えなかったけれど」
「そうですよね……でも私も悪いんです。私があまり良い態度じゃなかったから、怒られても当然だと思いますし」
メリッサは相変わらずの無表情でアゲハの様子を観察し続けるが、アゲハが本心を隠して話しているのを察する。
「あの男とのことは、これから来るお友達は知っているの?」
ふとした疑問を投げると、アゲハは少しだけ肩を震わせ、口をきゅっとつぐんだ。
「付き合っていることは知っていますけれど、いつも私がどうやって彼と接しているかは知らないと思います。今から来る友達には内緒にして欲しい、です」
切実な瞳を向けるアゲハに、メリッサはどうしたものかと思案する。
「……アゲハ、余計なお世話かもしれないけれど……貴方の意思を教えて」
メリッサはまっすぐにアゲハへそう伝えると、アゲハは息を飲んだ。
「私の、意思?」
「えぇ。詳しくは分からないけれど、アゲハはずっと何かに我慢しているように見えるわ。あの彼氏とやらと関係を続けないといけない事情もあるんだと思う。なら、せめて……」
抱え込んでいることを私に話して楽になりなさい、とメリッサが言いかけるが、それを遮るように屋上の入り口である扉が勢いよく開いた。
「おっまたせー!」
元気の良い声が屋上に響き、声の主の女生徒と、それに続いて男生徒が屋上内に入った。
それを聞いたアゲハはぱっと顔を明るくし、入ってきた二人を迎える。
「彩乃、一馬先輩、いらっしゃい」
上級生らしい一馬と呼ばれた男生徒は、高校生にしてはがたいが良く、さわやかな笑顔が良く似合うスポーツマンのような好青年だった。
片や彩乃は明るい印象で、満面の笑みでアゲハへ駆け寄る。
ぴょこぴょこと走るたびに短い髪が揺れ、可愛い印象を振りまく。
「ごめんアゲハ、待ったー?」
彩乃はアゲハに飛びつき、勢いよく抱き着いた。
「悪い、急にクラスの連中に先生へ出すプリント押し付けられて、運ぶのを彩乃に手伝ってもらってた」
ゆっくりと歩いてきた一馬は一言謝ると、和気あいあいとじゃれるアゲハと彩乃の後ろで、ベンチに座るメリッサに気づいた。
「お、見ない顔だな。もしかして噂の転校生か?」
さわやかな笑顔で一馬は「よぉ」とメリッサに挨拶を投げた。
「俺は森杉一馬。三年だが二年のアゲハとは、アゲハの家の道場に通い始めて知り合ったんだ。よろしく」
メリッサに握手を求めようとする一馬に割って入るかのように、彩乃がメリッサの前に飛び込んできた。
「私は柴田彩乃! アゲハとは幼馴染、よろしくね!」
彩乃は言うや否やメリッサの両手を握りしめてぶんぶん振り始める。
「ちょ、おい彩乃」
彩乃は一馬の静止を無視し、笑顔でメリッサの手を振り続ける。
メリッサは力強く手が振り回されているにも関わらず、無表情のまま「よろしく」と一馬と彩乃を観察した。
『騒がしいのが来たな』
鞄にしまったままのルーズが唐突に念話で声をかけてくる。
『こいつらは獣に堕とされていないみたいだな』
メリッサは彩乃の話を聞いているようで聞いておらず、ルーズとの会話に注力する。
『えぇ、柴田彩乃、森杉一馬には転生の兆候は目視した限りはない。ただ、森杉一馬はアゲハの実家が開いている剣道場に通っていて、一年前の刀使いの契約者が使っていた剣術と同じ流派を習っている。彼は監視対象の一人。そして……』
楽しげに話しかけてくる彩乃、そんな無遠慮さに心配の表情を浮かべる一馬を見ながら、メリッサは視界の端に見えるアゲハへ意識を向ける。
『秋月アゲハ。秋月道場の師範、秋月玄寺の娘。本任務の監視対象にして契約者候補の一人』
メリッサの視線に気づかず、アゲハは猪突猛進にメリッサへぐいぐいと話しかける彩乃とそれを止める一馬をどうなだめるか、あわあわと困った様子で立ち尽くしていた。
彩乃の猛烈な歓迎が一通り落ち着き、メリッサ、アゲハ、彩乃、一馬の四人は談笑しながら昼食を取った。
メリッサはアゲハ、一馬、彩乃を観察していたが、三人はまるで仲の良い兄弟のように、絶え間なく喋りながら昼食を楽しんでいた。
メリッサもたまに三人の会話に参加しながらも、黙々と観察を続ける。
すると、ベンチに置いていたアゲハの携帯が鳴り始め、アゲハは少しだけ顔を強張らせた。
彩乃と一馬は気づかない様子だったが、メリッサはアゲハの一瞬の変化を見逃さない。
一瞬だけ見えた携帯画面に映っていた『四楓院明』という名前をメリッサは捉え、同じくその名前を読んだアゲハは「あ、ごめんなさい、ちょっと席を外すね」と何げなしにベンチから離れる。
無言でそれを見ていたメリッサは、ゆっくりと眉をひそめた。